第17話 進んだ道は


「父上! どう言う事ですか⁉︎ サラディアを滅ぼさずに飼いならすなど! それでは帝国の名に傷が付きます!」


 煌びやかな玉座の間に入るや否や、金髪の20代ほどの青年は皇帝に言い寄った。その傲慢な視線は皇帝を真っ直ぐに見据えている。この青年の名はギャレット。この帝国の第一王子である。


「ギャレット……。いつになればその頭を使う? 兵士は有限なのだぞ?」


 ギャレットはその瞳に怒りの色を見せる。


「その弱気な姿勢が兵を殺すのだ! 俺が言いたいのはそれだけではない! 何故、よりによってその役目を下等供に任せているのですか⁉︎」


 ギャレットの問いに皇帝はため息混じりに答える。


「マルゲルークとブレッディーにはサラディア系の民族がいるのだ……。潜入にはこれ以上の適任はいない。」


 ギャレットは怒号する。


「あなたにはッ!! パスタリア人のプライドは無いのですかッ!!」


 先程まで呆れていた皇帝の瞳にも怒りを見せる。


「先程からやれ名が傷付くだの、やれプライドだの……。その程度で傷付くプライドッ!! 掲げる方が恥ずかしい!! 部屋の中にでも大切にしまっていろ!!」


 2人は睨み合う。だがすぐに皇帝はギャレットに退出の命令を出した。ギャレットは苛立ち混じりに踵を返す。そして、大きな足音を立て玉座を後にするのだった。


「うつけが……。同年のミルタとマザックは大役を任されているというのに……。まだ幼い第二王子に期待するしかあるまい……。」


 皇帝は呟いた。


 ギャレットは怒りに身を任せ、長い廊下を急かすように歩いている。その足音は威圧的であり、廊下の中央を堂々と威張るように歩みを進めている。


「何故ああも弱気なのだ! 戦争を早期に終わらせたい理由はわかる。なら手早く滅ぼしてしまえば良いのだ! 帝国ならば容易なはずだ。」


 そんなギャレットに1人の老人が話しかける。毛髪は全て抜け落ちていて、シワだらけの垂れたまぶたの奥からは黄色い瞳が薄っすらと覗いている。


「陛下はあなたに継がせるまでに帝国を万全な状態に戻したいのですよ。ギャレット様なら周辺諸国を容易く落とせる。だが、それには兵が多く必要になりますから。」


 老人はうすら笑みを浮かべながら諭すようにギャレットに語りかける。


「なんと! そう言うことか……。それならば父上には悪いことをした……。ん? では下等供に大役を任せたのは何故だ?」


「増えすぎたネズミやゴキブリを使い潰しているだけですよ。パスタリアの勇敢な兵士を易々と死なせるわけには行きません」


 老人は笑う。


「さすが、セロル家の主。マケローナ公爵だ! 賢者とはよく言ったものだ!」


 廊下にはギャレットの高らかな笑い声が果てしなく響く。


 日は暮れていき暗くなっていく廊下には影が長く伸びるのであった。


 *


「アイミーさん。2週間ほどだが世話になった。そして、これからの御助力に感謝する。」


 屋敷の門の前。レタシー公爵は質素な衣服を身に纏い、中小商人に偽装していた。背後には馬車と数人の団員達。


「ご武運を。何かあればすぐに鳥人で知らせてください。」



 2人は握手をすると、すぐにレタシー公爵は馬車へと乗り込み動き出す。


「キーン! 指揮は任せたぞ。」


 走り出そうとしたキーンに一声かける。そして右腕の親指を立て、拳を左に捻る。これを3回。


「へぇーい」


 キーンは力無く返事をした後にそっと誰にも聞かれないように呟いた。


「信用させろ……。信用するな……。」



 これはレタシー公爵に対してでは無い。サラディアの民全体に向けての指令である。キーンは大きくため息を吐いた。


 馬車はクロワスの賑やかな街並みを抜け、門を潜り外に出た。警備のリザードマン達から幸運を祈るとシグナルを貰う。団員達はありがとうと返した。


「シヴァ君だったかな? 今回はケンタウロスやリザードマンは同行していないようだけど……。」


 シヴァはレタシー公爵と同じ馬車に乗り込んでいた。


「今回の主任務がレタシー公爵様を領内に無事ご帰還させる事。秘密裏の他貴族との接触等ですので。目立つあの二種は連れていけないのです。」


 そのためシヴァも馬車内で待機である。編成もヒトに偽装しやすいエルフとサラディア系のエルキス。数体の鳥人。合計30人程度。

 エルフとエルキスは顔が隠れるようにフードを深く被っていた。合計3台の馬車。その周りを騎馬が囲うように護衛する。


「たしかに事成す前に目を付けられてはかなわんか。」


 レタシー公爵はワーウルフと2人きりの空間にどうにも居心地が悪そうであった。2人が乗っているのは3台中2つ目の馬車。シヴァは情報の中継役を担う為にこの馬車に乗っている。その事を理解しつつも肉食獣の見た目の者と接近するのはやはり抵抗がある。


「……。おッ! シヴァ君! その細剣を見せてくれないか?」


 シヴァは快く細剣をレタシー公爵に渡す。他人に自身の武器を渡す事に抵抗がないということでは無い。何かあってもこの至近距離なら武器よりも己の牙や爪を使った方が早いからだ。


「おお〜! 軽い! それに刃先も恐ろしく綺麗だ……。亜人がこれほどの武器を持つとは、帝国は武器生産のレベルが高いのだな。」


 刃先に映るレタシー公爵の黒色の瞳は自身でもわかる程にうっとりとしていた。


「あ、すまない。亜人を貶しているわけでは無いぞ! これほどの良い武器が広く浸透していると言う意味だ!」


 レタシー公爵の弁明にシヴァは微笑する。


「いえ、確かにパスタリア人が作ったのならパスタリア人兵士の手中にあった事でしょう。」


 シヴァの言葉にレタシー公爵は驚きを見せる。


「亜人が作ったのか⁉︎ サラディアならこれほどの名工は100年に1人の逸材だぞ⁉︎」


「ドワーフが生産しています。彼らは普段はガサツで粗暴なのですが、生産・建築などを任せると普段が嘘のように集中し、手先が器用になるのです。ドワーフ製の武器・防具はクロワスでなら普通に買えますよ」


 レタシー公爵は"サラディアを救った後、クロワスに商人を派遣しよう"などとブツブツ小言を言っている。


 アイミーはクロワスでの商売を領民なら自由に行えるようにしていた。それにより、お金の動きが活発となり地方の商人を引き寄せる。その商人から商いの認可料を徴収。領民達は税の一部分が領内の警備も行なっているメッツァルナの活動資金や団員の給料となる事を知っている為、定期納税を快く払ってくれる。

 結果的に莫大な金がアイミーの手元に入ってくる。

 そして、生産職のドワーフ達にアイミーは業物ができた際はメッツァルナに優先して流すように頼んである。これもドワーフ達は団員達の命を守る為と快く引き受けてくれている。

 そのため、メッツァルナの武装やその他諸々は他の軍とは比べものにならないほどに質が高い。

 このように、領民達は種のために戦う傭兵達を尊敬し、また傭兵達も惜しみなく支援してくれる領民を尊敬している。相互にとても良い関係をアイミーは作り上げたのだ。


 *


 3週間が過ぎた。国境付近。薄っすらと緑ある渓谷を一団は越えようと、馬を走らせる。車輪が小石に乗りガタガタと揺れている。

 ——ピシッ

 木の割れる音をシヴァは耳にした。


「キーン! 一時停止だ!!」



 シヴァの言葉を耳にするとキーンは近くの拓けた場所に一団を止めた。そこは河原であった。川と山に挟まれたような土地。山側には大きな岩がゴロゴロと転がっている。風が心地よく吹き抜け休憩には丁度良い場所であった。


「キーン。シヴァの言う通りだ、車輪にヒビが入ってる。」


「わかった。替えを積んでる。交換しよう」


 キーンは車輪交換の間、他の者に休憩を指示した。

 レタシー公爵は馬車から降りると大きく背伸びをする。

 チュリー含む鳥人達も地に降りる。


「私も空を飛んで見たいものだなぁ。」


 レタシー公爵は半ば冗談に笑いながら言った。


「飛んでみる?♪ シヴァやネルは経験あるよー?」


 チュリーの言葉にレタシー公爵は驚いた様子である。


「そうなのか? どんな感じだった?」


 シヴァと丁度近くにいたネルに問うが2体は返答に困っている。


「そういえば、2人が飛んだのは公爵さんを誘拐した時だったね♪」


 満面の笑みで言うチュリー。シヴァは気まずさから頭をぽりぽりと掻く。


「やはりシヴァ君だったか! 全く気配を感じなかったぞ!あれには恐れ入った。」


 2体の気まずさとは裏腹に公爵は平然としていた。


「だが、私が気を失ったのは何故だ? 魔法にしては詠唱等はなかった気がするが……。」


「ネルの力です。一部のエルフは触れると強い催眠作用を与えられるらしいんですよ」


 シヴァの言葉にネルは頷く。


「なるほどな。亜人とは本当に面白い。それとまたサラディアの掲げる神が偽りである証拠が見つかった。」


 三体が疑問を口にしようとする前にシヴァの耳がピクリと動く。


 シヴァは指笛を吹いた。甲高い音が団員達の耳に届く。それを聞いてキーンは即座に振り向いた。他の者はシヴァが視線に入る位置で目線だけを向ける。何事も無いように談笑しながらだ。

 シヴァは顔の前で右手人差し指を突き上げた後、同じ位置で掌を地面と平行にする。そして、ゆっくりとその手を腹にまで下げた。

 皆はその後、態勢を自然にしキーンに視線だけを向ける。

 キーンは胸の前で右拳を左手で覆っている。それを見て団員達は休憩が終わったかのように馬車の中を確認したり、馬の世話を始めた。


「ネルさん。敵かい?」


 レタシー公爵は声を潜めネルに尋ねた。


「どうやら、山の上方でこちらを見ている者達がいるようです。距離は少しあるようなので安心して下さい。」


「戦うのか? もしそうなら私も武器を持たねば……。」


 レタシー公爵は商人に偽装しているため剣などは持っていない。


「気づいていないフリをしろとの指示です。敵が近づき次第これを撃滅します。ある程度の所でシヴァが報告するので、それまではご遠慮下さい。」


 ネルは淡々と言う。レタシー公爵は頷くと先ほどと同じようにリラックスした状態に戻る。軍の指揮官であっただけに落ち着いており、自分の取るべき行動の判断も早い。

 ネルやシヴァ・チュリーは一瞬この男が見せた怖れ無き覚悟を決めた表情に、ミルタまでとはいかないが優秀な指揮官であったのだと認識した。


 そして20分ほど時を経て、またシヴァの耳が反応を示す。同様に指笛を吹いた後、左手の親指で山側の岩場を背中越しに指差し、そのままぐるぐると親指を回す。その間に右拳は口につけている。


「敵は岩場に潜んでいるようです。数は…… 約60。」



 ネルが小さく言うとレタシー公爵は自然に立ち上がり、馬車まで歩いて行くと指示を出すフリをしながら荷馬車の中の槍にそっと手を触れるのだった。



 *


「気配はなるべく消せよ……。数は倍の差がある。慎重にな……。」


 岩陰に身を潜めながら、ゆっくりと歩み寄る鎧を着た男達。その目はギラついている。


「奴ら、全く気づいてねぇな。警戒すらしてねぇ。一気に行っちまおうぜ……!」


 男達はニタニタと不敵な笑みを浮かべ腰の剣を抜いた。


 1人の男が右手を小さく降ると、男達は一斉に立ち上がり、突撃するために前傾姿勢となる。

 男達が開戦の雄叫びを上げようとした瞬間。

 ——シュビンッ!

 と木がしなりから解き放たれた音がした。

 岩から飛び出した数人の男がその音のすぐ後に倒れる。その男達全て、叫ぶために開けた口に矢が突き刺さっていたのだ。矢尻が喉を貫き、血が地面に広がって行く。


「ひ、怯むなっ! 突撃ー!!」


 先手を取られた事実に頭が混乱していた他の男達はこの言葉に目を覚ました。立ち止まっていればただの的。彼らの脳裏に死がよぎる。

 自信気な雄叫びを上げようとしていた彼らの声は震えていた。強引に絞り出した声は予想とは遥かに弱々しい。


 彼らが突撃する先の川辺、馬車の上から弓を引いたエルフ達が狙っているのに気が付いた。その矢に貫かれ1人。また1人と地に伏して行く。敵前までたどり着いたのは40人であった。その40人の前には剣や槍を構えた10人ばかりのヒト。


 乱戦となれば矢はこちらを狙えない。数的有利の状況に彼らは勝機を見た。

 だが、その瞬間一陣の突風が彼らを襲う。気色の悪い冷風。彼らは全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。

 その風は目の前の10人から吹き荒れている。

 いつの日かジルナルドが放ったそれと同じ。

 そう、彼らは風と錯覚するほどに強力な殺気を浴びているのだ。


「うわぁぁ!!」


 1人の男が震えながらに襲いかかる。それが合図となり、男達は投げやりに飛び込んでいくのだった。



 最初に襲いかかった男はキーンに向かっていく。剣を構えながら5mほどの距離を一気に詰め寄る。残り3mの地点。迎え撃つかのように剣を構えるキーンの姿。だが、次の瞬間。その姿は視界から消えた。

 脳の処理が終わる前に新たな情報が入ってくる。それは腹部の違和感。火を当てられたのかと思うほどに内側が熱く、そしてじわじわと腹を砕かれたかのような痛みが込み上げてくる。そんな感覚に隠れて微かに感じるのは大きな異物がゆっくりと腹から出て行く感触。

 声は出なかった。何かが喉を逆流してくるのだ。すぐにその何かは男の口から吐き出される。口内に広がる鉄の味、見なくともそれが何なのかを理解する。膝から崩れ落ちた男は二度と立ち上がらない。仲間の断末魔も届くことはない。


 賊達は戦慄した。目の前の男たちの技術・速度は桁違いに上であった。まるでヒトではないかのように剣を自在に扱う。手足のように振り回すのだ。賊達が斬りかかると当然のように剣で防ぎ、その力を受け流すように身体を翻しては即座に攻撃に転ずる。また、格闘術を用い、殴る・蹴るなど時には鞘をすらも手段として使っていた。これは攻撃というよりも敵のペース・バランスを崩す目的で用いられており、致死性のダメージは無いものの自身の隙を埋め、相手の隙を大きくしている。まるで全て読まれているかのように攻撃は通らず賊達は死んでいった。そして、囲まれることを恐れてか、5秒以上の対峙をしない。必ずサポートできる位置に味方がいる。故に孤立する者がおらず数的有利を利用できない。回り込もうとすれば弓兵に軒並み狩られる。




「恐ろしいな……。あの者はキーンと言ったか。敵の視線が外れた瞬間に動き出したのだ……。故に最初に飛び出した男が反応できていなかった……!」


 レタシー公爵は目を見開き一瞬たりとも見逃すまいと見ていた。


「そして、見事な剣術と格闘術の併用。隙が全くない……。が、それ以上に恐ろしいのはあの連携……。掛け声もない合図もない……。息をするかのごとく自然な連携。余程厳しい訓練を積まねば到達し得ないはずだ!」


 レタシー公爵は圧感している。その姿を1人の敵が驚愕して見ていた。最後の1人。指示を出していた男である。その男は周りのエルキスには目もくれずレタシー公爵を注視する。


「レ、レタシー公爵様……?」


 レタシー公爵はハッと我に帰る。そして、視線を地に逸らす。

 レタシー公爵は気づいていた。賊がサラディアの鎧を身に纏っている事に。つまり、彼らは一カ月前の戦争の敗残兵。故郷に帰るために必要な食料もなく。精神的損傷により賊に堕ちたのだとすぐに理解できた。そして、今の国王であれば負けて帰ってきた無能な兵士どもを処刑してもおかしくはない。敗戦以来、時の止まった者達なのだと。


 賊の目に映るのはシヴァやエルフの姿。ここに来て初めて亜人の存在と目の前に立つのが魔人であると認識した。余程信じられなかったのか声が震えている。


「何故、悪魔なんかと……⁉︎ お前…… 我らが神を裏切ったなァッ! あの戦争も全てお前が仕組んだのかッ! 」


 男はその目に涙を浮かべる。すぐにその瞳は憎しみと激昂の色へと変わる。


「外道めが……。俺は必ず! 神にお前の裏切りを申告するぞ……! 地獄で悔いろ! クソ野郎がァッ!」


 男が叫び終えるとキーンは男の首を一振りではねた。コロコロと地に転がり、血と土で汚れていく生首にキーンは呟いた。


「俺たち軍人が天国なんかに行けるわけがねぇだろうが……。救いのねぇこの世界で少しでも愛する者がマシな世界に生きれるようにって、俺たちは戦ってんじゃねぇのかよ……? 他者を殺してんじゃねぇのかよ……?」


 救われる事を諦めた亜人と魔人の覚悟。救う為には命を削る以外に方法はなく。それ故に彼らは殺す事に躊躇しなければ、この命を削りきる前に死ぬ事を拒む。自己犠牲の終着点。未来の奴隷に彼らは喜んでなったのだ。


 "進んだ道は死体で出来ている"


 道となるために彼らは生きている。


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