第10話 狩猟によって血は潤

「ジルナルドさん。あの積荷は何です? それとリザードマン。あんな凶暴なのがいたんじゃ石なんて取れませんよ!」


 一体の年若きケンタウロスの兵士が苛立ちながら問う。もし相手の数がこちらよりも断然多ければ、ジルナルドの殺気を恐れることなく戦闘になっていたかも知れない。不用意な危険で積荷を奪われたのだ。当然の反応である。

 だが、ジルナルドが返答する前にそのケンタウロスの頭にフラールの拳骨が落ちる。その後フラールはため息混じりに尋ねた。


「お前、戦闘感は良いのにおつむが本当に残念だな……。俺らケンタウロスが加入する前、村や仲間にメッツァルナは攻撃を加えて来たか?」


 答えは否である。アイミーは交渉の過程において武力をちらつかせる事はあれど、武力による服従は求めない。そして、交渉のテーブルの上に相手が求める物をあらかじめ並べ、メリットとこちらの目的を明確にする。つまり、交渉は既に始まっている。ジルナルドが敵にわざと囲まれるようにしたのは、相手に脅威と積荷を与えるため。


「でも、リザードマンが求める物がいまいちピンと来ないです……。生存圏が確立してますし……。俺らみたいに襲われているなら積荷を奪うのではなく殺しに来るでしょ?」


 若きケンタウロスの問いにジルナルドは答えた。


「積荷は全て食べ物です。これが答えですよ。」


 食べ物と言う答えから導き出されるのは"飢え"である。リザードマンが飢えているのだとしたらあの凶暴さも納得がいった。


「アイミー様の知り合いの亜人学者の話では……。」


 ジルナルドが説明するに、リザードマンが多く生息している地域はこの山脈の他にパスタリア東部の国境付近。樹海の中をひっそりと暮らしている。しかし、このパスタリア東部はここ数年隣国との大戦・東方戦争により樹海は焼け野原と化し、住む場所を失ったリザードマン達はこの山脈に住む仲間達の元へと集まっている。急激な人口増加により、じわじわと食料難となっているのだ。リザードマンは狩猟種族であるが、足の速さはヒトよりも遅く弓も不得手であるため大規模での生活をすることはない。扶養数が増えたことも原因と考えられる。


「3日後に追加で食料を積んだ馬車が来ます。それまでは別の仕事に取り掛かりましょうか。」


 キーンがその仕事内容について問う。

 ジルナルドは穏やかに答えた。


「盗賊狩りをしましょうか。商人が出入りするようになって頻繁に出没するようになりましたし。この地域はあまり私達が来ないので拠点がある可能性が高いです」


 "狩り"と言う言葉を聞いてケンタウロス・鳥人・シヴァの目が光る。狩猟種族の血がたぎるのであろう。エルフも一応は狩猟種族なのだが淡白な反応を示す。精神年齢の高さ故であろう。


 敵拠点の把握であるがこれは鳥人に上空から見つけてもらう。先ほどのリザードマンとの接触中に鳥人達には索敵をして貰っており、拠点と思わしきものを2時間程馬を走らせた森の中に発見した。


「シヴァ。お前そんな軽そうな武器でいいのかよ。」


 フラールが道中シヴァに尋ねた。シヴァが腰に据えているのは細剣。刺突用の剣であり、普通の剣と交われば忽ち折れてしまいそうな程細い。これまでは復讐のため、武器を必要としなかったがジルナルドの命により武器を携帯するようになったのである。


「俺らワーウルフは体重は軽いし、腕の筋肉はヒトよりも劣ってる。正直、鉄製武器は普通の剣でもスピード維持して、振り回すのは結構キツイ。」


 シヴァは苦笑いで言った。シヴァの腕は大きさだけなら同身長のヒトや上半身が同じサイズのケンタウロスとそうは変わらない。パワーが無いというのは驚きであった。


「シヴァさん。今回は白兵戦になります。わかっているとは思いますが…… 止まってはいけませんよ。」


 ジルナルドの忠告にコクリとシヴァは頷いた。



 森の中に無数のテントが張り巡らされている。その周りには無数の馬・無数の男達。


「どうだ? 商人供は狙えそうか?」


「それが頭領。メッツァルナが必ず護衛をしてまして…… 馬車1つにつき大体5人〜7人。そこまでは良いんですが、空から鳥人が見てるんで強襲が全くできません。」


 頭領と思わしき男は頭を悩ませる。


「しょうがねぇ。50人全員でやらねぇと意味なさそうだ…… 野郎供に伝えとけ! 明日は……」


「敵だぁあ!!」


 男の叫びが、このテント群全域に響いた。頭領は武器を持ち、慌ててテントから出る。馬が駆ける音。その音のする方向より30の騎馬隊が押し寄せてくる。

 その騎馬隊が掲げる半月と矢の御旗。

 次々と賊を斬りつけ、射抜き蹂躙していく。


「メッツァルナだぁあ!! 野郎供!! 返り討ちにし……。」


 頭領が絶句した理由。それは至って簡単である。兜と鎧の合間を縫って、喉を貫かれたからだ。目の前には不敵な笑みを浮かべたワーウルフ。そしてすぐに視界が空を向いた。



 ジルナルドがシヴァに止まるなと言った理由。それは"攻め手を譲るな"と言うことである。鎧も纏わなければ、武器も細剣であるシヴァに敵の攻撃を防ぐ手段は無い。常に一撃で相手を殺すか無力化をしなければならないのだ。囲まれたら死。神速であるワーウルフの決定的な弱点。シヴァの村のワーウルフが敗北した理由である。


「一人一人にかけられる時間は……3秒くらいか? これ以上は囲まれそうだ。」


 徹底的なまでのヒット&アウェイ。喉・肩・腹・足。貫いては走り、貫いては別の標的を狙う。無数のテントのおかげで賊は直ぐにシヴァを見失い、多大なる混乱を戦場に招いた。シヴァに気を取られていると騎馬隊からの攻撃を受け、騎馬隊だけに集中するとシヴァに貫かれる。それだけでは無い、頭上からは鳥人が鋭い鉤爪で肉をえぐり、また足に持つ槍で貫くのだ。

 過半数以上が倒されると賊は散り散りに恐れをなして逃げていく。


「皆殺しにして下さい。ここで逃しても直ぐに盗賊として戻ってきますよ」


 ジルナルドの指示により、背中を向けた賊を尽く殺害していく。シヴァやフラール・チュリーはとてつもなく楽しげな表情である。やはり逃げる敵を追う方が"狩り"として楽しいのだろう。森の四方八方から断末魔が響く。

 武器を捨て降伏する者・涙を流し命乞いする者もいるが、表情変えることなく殺害。賊に対し無慈悲である事はアイミーからの指示であるが、幼い子供が賊となっていた場合、少しの慈悲が与えられる。

 キーンの目の前に1人の少年が涙を流しガクガクと震え身を縮こませていた。少年に剣を向けキーンは声に抑揚なく問う。


「お前はどうして盗賊になった? 」


 少年は恐怖のあまり、声が出ていない。口をひたすらにパクパクしている。

 そんな少年の顔を1発。キーンは殴った。そして、もう一度問うと少年は声を震わせながら答えた。


「お、俺は盗賊になんて、盗賊になんてなってな、ない…… お、親父が盗賊だったんだ! お、俺は……。」


 キーンは少年の目を真っ直ぐに見て話を続けた。


「お前の息子も同じ事を思うだろうな。」


 その冷たい一言により少年はガクッとこうべを垂れる。もし仮にここで殺されなくても自分は相変わらず盗賊として生きていくのだろうと言われたのだ。それは少年の心に強く響いた。自身でもそう思うからだ。少年は拳を強く握りしめている。歯を食いしばり否定できない自分がただ悔しくて、地面に拳を叩きつける。少年は盗賊以外の生き方を知らない。


「……。殺さないでおいてやる。その代わり、こっからはお前が道を決めるんだ……。」


 そう言うとキーンは踵を返し、自身の馬まで歩いていく。

 ''自分で決めろ"。言葉とは全く違う意味が込められている。それは……。


「お、お願いします! 俺を仲間にして下さい! なんでもしますっ! 死ぬ気で頑張りますからぁ!!」


 少年は泣きながらに土下座した。頭を地面につけ懇願する。キーンのくれた"チャンス"を無駄にはしたくないとひたすらに願った。


「弱いお前が仲間になれるほどこの組織は安くねぇよ。だが、子供の"本気"を捻り潰すほど俺らのボスは悪魔じゃない。俺らが与えるのは一回のチャンスだ。死ぬ気でって言葉忘れるなよ……。」


 キーンはそう言うと少年を馬に乗せた。



 3日後、同じく8台の馬車がジルナルド達の野営地に到着する。


「お待たせしましたジルナルドさんって、何ですかこの馬の量⁉︎」


 盗賊達の馬を回収したのだ。


「お土産ですよ。他にも武器だったり鎧だったり」


 ジルナルドが言う。兵士達はアイミーさんが喜びますね。と笑っている。


「すまないが、この少年を例の所に送ってくれないか?」


 キーンが新しく来たヒトの兵士に頼むと、その兵士は快く応じてくれた。そして、彼らはすぐにお土産と無数の馬。1人の少年を連れて地平線に消えていった。


「3日前のあれ、子供にあんな言い方酷くないか?」


 フラールがキーンに若干引いたような目で言った。引いたような目をしているのは他の亜人もである。が、それに反してヒトの兵士達は目を丸くして何が酷いのかまるでわからないと言うような顔をしている。その様子に亜人達も目を丸くした。互いに理解が及ばす沈黙する。その静寂を破るようにジルナルドが手を二回叩いた。


「それではみなさん。行きましょう」



 3日前にリザードマンに襲われた地点と全く同じ場所に馬を止めた。同じ場所であれば前回と同個体のリザードマンと出会えると踏んだからである。

 数分を待たずしてシヴァの耳がピクリと動いた。


「来ました。正面の山1km先。一体です。」


 山から降りて来たリザードマンは頭に2つ突起物があり、丁度顔の中心に横一直線の切創が見られた。3日前に接触した個体の一体である。1つだけ違う点。それは目であった。少しではあるが生物としての余裕を感じるのだ。


「食べ物はお口に合いましたかな?」


 ジルナルドは穏やかに尋ねる。


「……。感謝の意だけ私から述べさせて頂く。私は案内人。多くは語りません。族長の元までご案内致します。」


 そう言うとリザードマンは踵を返し急な勾配の斜面を登っていく。ジルナルドはキーン・シヴァ・ネルに付いてくるよう指示し、他の者には待機するよう言った。空からはチュリー達が見ている。異変があれば直ぐに撤退しろと言い残す。そして、地獄の入り口へと入っていった。

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