第9話 意志を持って山脈を望む

「何?石材が足りないだと?」


 マルゲルーク辺境伯邸のとある一室。拠点移動のため書類の整理をしていたアイミーの元に1体の鳥人が建設状況を報告しにきたのだ。


「建設速度が予想をはるかに上回ってしまった事と、連日悪天候が続いたようで、長距離の重荷の運搬に色々と消耗が激しい事が原因だと……」


 石材は他の地域から買っている。運搬に2ヵ月。石材使用を後回しにして他の業務に移っても1ヵ月も経たないうちに建設がストップしてしまうらしい。アイミーが運搬費用等をケチった事が裏目に出ているのだ。今から間に合わせるには想定を大幅に上回る支出になる。


「1ヵ月でなんとかするとジェイドに伝えてくれ……」


 アイミーはそう言うとすぐにジルナルドを呼んだ。



「すんげぇな……」


 フラールは小さく心の底からの本音を口にした。眼前にはマルゲルーク伯の屋敷。移住生活をするケンタウロスは家を小さく軽く移動させやすくしているため、定住生活を基本とするヒトの木造建築・石材建築は自身の常識を覆すようなものなのだ。

 その横でエルフ・ドワーフ・鳥人やケンタウロスの幼い子供達は目を輝かせている。こちらも屋敷を見ての反応であるがフラールとは胸中にある感情は全くの別物だ。

 辺境伯邸の敷地内には旧館があり、そこに亜人達を住まわせている。だがそれも続々と亜人達が集まるため入りきらず、ほとんどを新拠点に向かわせているのだ。この子供達も明日にはブレッディーに向かう手はずである。

 子供達ははしゃぎながら敷地内を駆けていく。

 異種間でも仲良くしている子供達を見てシヴァの頬が緩んだ。あの輪の中にワーウルフの子供もいつの日か…… と思いを馳せる。フラールは多くの亜人にこの光景を見せてやりたいと心から強く願った。


「シヴァさん・フラールさん仕事ですよ」


 後方からの呼び声に2体は振り向くとそこには穏やかに笑うジルナルドと面倒くさそうにするキーン。そしてネルとチュリーがいた。

 他にもエルフ・ケンタウロス・ヒトの兵士もいる。数は30程度。シヴァとフラールは返事をすると仲間の元に歩いていく。その目は確かな決意によって、いつになく異種族の戦士達をより一層輝かせて見せた。


 *


 彼らは馬を走らせ、ブレッディーの平野をかけていた。後ろには8台の馬車が連なる。途中盗賊に狙われたが、鉄器と鎧を新たに身につけたケンタウロスとの騎馬戦に手も足もでず、逃げ帰っていった。真の意味で人馬一体。さらにマルゲルークの元正規兵とエルフの援護を受けた彼らに見晴らしの良い平野は敵無しである。当然敵影はチュリーとシヴァにより、敵がこちらを視認するよりも早く把握している。

 傭兵団のケンタウロス・エルフ・鳥人による護衛が今爆発的に人気であり、多大なる利益を上げてるのだと言う。


「なぁ、ネル。エルフってなんであんな弓うまいんだ?しかも全員。魔法か?」


 休憩中、フラールはネルに尋ねた。ネルには骨折を回復させて貰った事がある。完治に4日を要したが、その不思議な力に驚愕していたのだ。それ故にエルフの強さに興味が尽きない。それは他の兵士もそうである。


「もちろんタネはありますよ。ですが、厳密には回復も弓術も魔法など使ってはいないです。たしかにエルフにも魔法を使える者は存在しますが、極一部なんですよ。」


 皆、ネルの話に耳を傾ける。狩猟民族であるケンタウロスと鳥人のチュリー。そしてシヴァも興味深々だ。ヒト屈指の強さと言われるマルゲルークの兵士もエルフの弓術に興味があるようでネルの周りに集まって来ている。


「私達は他種族が視えないモノを視ることができるのです。」


 ネルは周りの好奇心をよそに淡々と語る。

 チュリーは焦れったくなったのか、急かすようにネルにそれが何なのか尋ねた。


「私達は精霊と呼んでいます。説明が難しいのですが……。万象の直前にアクションを起こすのです。例えば風でしたら、風の軌道と同様に精霊が流れ、火でしたら発火点に固まり、色を赤くする。強さは規模でおおよそが把握できます。ですから当然矢の軌道も放つ直前に精霊の動きで把握できますし、幼い頃から訓練を受けますから精霊の動きは感覚でわかるんですよ」


 とネルは説明する。エルフにはその精霊というものが光の粒子のような物体として視えていると他のエルフが付け加える。だが、エルフは視えるだけで根本的にそれが何かまではわからないらしい。


「傷を治せるのはどう言う原理なんだ?」


 シヴァが尋ねる。これに関してただ視えるだけなら説明がつかない。


「精霊は生物にも宿っています。私達エルフはその生物に触れる事でその精霊に干渉でき、動きを活性化させることができるのですよ。自然治癒力の活性化だと思えば良いかと。」


 さらにネルは精霊への干渉は得意・不得意がはっきりと別れること。そして得意なエルフのことを"精霊に愛される"と表現すること。鎮静化もできるが、その生物を眠気に誘うくらいのものだと語った。


「休憩はお終いですよ。皆さん準備してください。」


 ジルナルドがパンパンと手を叩く。

 その合図と共に解散し、一団は馬を走らせた。目前には山脈。その山脈こそ今回の目的地である。


 ——ブレッディーの最南端にあるこの山脈は草木の生えない黒灰色の山脈である。標高は最高1500m。延長は500km。

 馬を連れての登頂は足場が悪く不可能であり、そのためこの山脈を越えて敵が侵入したことは一度もない。一団は新拠点から最短距離にある山脈の根元に来ていた。根元には草木が生い茂り、まるでここからは地獄であると錯覚するほど、くっきりと山の麓から色が変わっている。


「ジルナルドさん……。退路を塞がれましたが、本当にこれで良いんですね?」


「はい。もちろんです」


 シヴァはこの根元に来る前からこちらを狙う何かに気づいていた。わざと敵に囲まれたということ。当然他の者にも敵の存在は伝えてある。自然と手は武器に添えられ、迎え撃つようにゆっくりと一団は馬を止め、地に足をつける。

 敵は徐々に近づいてくる。草の揺れる音。砂利を踏みしめる音は四方から鳴り大きくなっていく。

 そして、数秒の間をおいて敵はその姿を現した。黒い赤や濃緑が混じった鱗が全身を覆い、長い尻尾を持った。言うなればトカゲ。二足歩行。尻尾を除けば体長2mない程のオオトカゲ。亜人の一種。リザードマンである。ノコギリのような細かい歯をむき出しにし、長い舌をだらりと垂らし、眼は血をたぎらせている。数は20体。だが、正気ではないようだ。


「……コセ。 ヨ……。……セロ。寄越せぇえ!!」


 リザードマン達は一斉に飛びかかってきた。と思ったその瞬間。一陣の風が吹く。身も心も凍てつくような冷風。おろし風かと思ったが風向き・季節が全く異なる。そう、これは風などではない。草木の1つさえもその身を揺らしてはいないのだ。その現象から間を置いてジルナルドが穏やかな口調で口を開く。その時、いつもは線の如く細い目が見開かれ群青色の瞳を覗かせていた。


「皆さん。私に剣先を向けないでください。敵はあっちですよ」


 この言葉にシヴァはふと我に帰る。気づくとシヴァは体をジルナルドに向け、戦闘態勢。警戒心を剥き出しにしていたのだ。周りを見てみるとヒト以外の兵士は皆一様に警戒心を露わにして武器を構えていた。そして、すぐに信じられないと言うような顔をする。


「ジルナルドさん…… "殺気"を出すなら言ってくださいよ…… 心拍数跳ね上がって、全身の毛穴から冷や汗ダラダラ」


 キーンは微笑しながら言った。

 亜人達は仲間とは言えど心の奥底ではヒトは敵であると認識をしている。そのヒトから発せらた尖鋭な殺気に当てられて本能が体を動かしたのだ。

 ジルナルドも優しく微笑する。目はいつも通りに戻っていた。


「積荷は置いていきます。それなら帰路は開けてくれますよね……? お互いの利害は一致しています。穏便にいきましょう……。」


 リザードマン達は殺気に当てられてか、反応を示さない。ジルナルドはこれを肯定と受け取り、馬車8台の中にぎっしりと詰め込まれた木箱を団員達に降ろさせた。それを終えるとリザードマン達は包囲を解き、路を開ける。だが依然眼は血走り、本能を抑え込んでいるように見えた。

 一団は空の馬車8台と共に撤退した。


「皆さん、まだまだですね」


 ジルナルドは笑顔で言う。

 その言葉に返す言葉が見つからず、亜人達は胸の鼓動を抑えながら苦笑いするので精一杯だった。

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