第8話 百の馬。率いるは希望

「敵。出現まで3…… 2…… 1…… 今。」


 船内の暗く細い廊下の先のT字路。徐々に徐々にと灯りが大きくなっていく。そこには人影。シヴァの合図と寸分の狂い無く2人の兵士が姿を現した。エルフ達がそれを目視すると同時に矢は放たれ、兵士の喉に吸い込まれていく。兵士は倒れ、手にしていたランタンが床に落ち、小さくパリンッと音がすると廊下は再び暗闇へと帰る。

 目が暗闇に慣れている4人にとって、この状況はとても望ましいものである。変に船内に灯りがあれば見つかりやすくなり、暗ければ敵の灯りが目印となる。難易度が格段に下がるのだ。

 そして、片っ端から船室に入っては暗殺するだけの事。ケンタウロスを相手にしている敵は船内に巡回する兵士など配置するわけがない。先ほどの2人は外の見張りの交代だと推測できる。静かな船内。音はシヴァが拾うため遭遇戦には絶対にならない。



 階を1つ下に進むと先程とは一変して1つの広い空間となっていった。そこには100人あまりの男達がハンモックなどに吊るされ、いびきをかき深く眠っている。

 誰1人として目を覚まさない。そして、1つ。また1つと命の鼓動が消えていく。それに合わせ4人の持つ矢の数も減っていき、先程まで聞こえていた呼吸音は血がポタポタと垂れる音に変化しては、木製の床を紅に染めていく。誰もその目を開けることは無い。


「次に進もうか。」


 シヴァが静かに言うと4人は更に階を降りる。

 そこは船の高さから最下層であると判断できた。無数の木箱と木樽を抜け進んでいくとエルフ達は鉄が擦れたり、他の物にぶつけたような音を耳にする。その音は決して1つではない。


「さすが団長。けど収穫は予想以上らしい。」


 シヴァの目が晴れていく。気配も隠すことをやめ、足音すら堂々と立てている。心底安堵したような表情だ。エルフ達も同様に気配を解放すると奥の物音も静かになった。

 歩みを進めると明かりの灯った空間に、手足を鎖に繋がれたケンタウロスの姿が目に入る。その数14体。その内の10体は幼い子供で、3体は成体の女性。残りの1体は20歳くらいの青年であった。彼らはシヴァ達を見るや否や目を丸くする。その青年は栃栗毛色の馬で髪も同色。その髪を後ろで短く束ね長く細い前髪を右上から斜めに左へと垂らし、八重歯を口から覗かせたやんちゃそうなケンタウロスであった。


「ケンタウロス・ナクロ族族長ヒヒより救出の依頼を受けてきた。あなたがヒヒの息子。フラールか?」


 ネルが言うとケンタウロスの男は状況が理解できたのだろう。安堵の表情をした。だが、表情とは逆に目はどこか悲しそうに見える。


「ああ。俺がフラールだ。ナクロ族はヒトの配下になっちまったか……。」


 見た目に反した深刻な表情を彼らに向けた。

 ネルは身元の確認が取れるとフラールに尋ねる。


「こちらの把握していた情報より数が多いのですが…… 。」


「ああ、他の部族の者達だ。」


 なるほどとネルが呟くとエルフの男2人が鍵を見つけたらしく、鎖を解いていく。女性達は子供達に寄り添い抱きしめていた。


「夜の内に脱出したいだろうが…… すまない。大人は奴らに足を一本折られてしまっている。子供達を連れて逃げてくれ。」


 フラールの右後ろ足はあらぬ方向に曲がっていた。そして、他の女性のケンタウロス達も同じくどこか一箇所の足が折られている。そのためかどこか弱々しい。


「いえ、別に急いではいないです。治療を行いますのでしばらくじっとしていてください。」


 その言葉にフラールは再度目を丸くした。



 夜が明けて、草原を朝日が優しく照らす。風になびく緑が輝いていた。

 アイミーはヒヒの元を訪ねた。メッツァルナの一団は集落と少し離れたところで野宿をしていたのだ。


「おはようございます。ヒヒ殿。先程鳥人より報告がありまして…… 」


 ヒヒの元にはケンタウロスの戦士達も集まっていた。


「依頼は失敗のようです。」


 アイミーの言葉にケンタウロス達は騒然としている。


「そうですか…… わかりました。」


 ヒヒは悲しげな表情を見せたと思うと勇ましく手に持つ槍を空に掲げた。

 それに続けて他のケンタウロス達も槍を空に掲げる。


「では、本来通り私たちで奴らを討ちます。このまま惨めに生きるより、全滅しようとも戦って死のうと決めました。」


 ヒヒの言葉を聞いたアイミーは笑い出した。場の雰囲気が一変する。


「申し訳ありません。言葉足らずでした。我々が失敗したのは遺体の回収のみです。更に詳しく言えば遺体などどこにもありませんでした。」


 アイミーは年相応の可愛らしい笑顔を見せる。


「そ、それはつまり……」


「はい! 攫われた子供とそれを単独で救出しに行ったヒヒ殿の息子さん。それと他部族の女、子供も保護したようです。」


 ケンタウロスの男達から喜びの歓声が上がる。ヒヒは嬉し涙を浮かべていた。


「アイミーさん……。あなたの魂に刻みます。」


その様子を見てアイミーは計算通りだとニヤリと笑う。


「ですが、成体のケンタウロスは足を折られていたそうで治療はしましたが、まだ走れません。私たちは今から迎えに行きます。あなた方はこちらで待っていてください」


 そう言ってアイミーは馬車へと乗り込んでいく。他の団員達も出発の準備をしている。


「私達もついて行きます!」


 戦士長が言った。他のケンタウロスも行く気満々といった表情である。

 それに答えたのはキーンであった。覇気のない眠そうな声で言う。


「アミスが待ってろと言った理由は依頼人だからってことじゃない。もし俺らが奴らとグルで、全員を罠にはめるために森に向かわせる算段だったら? つまり、突っ走るのはほどほどにってこと。これからあんたらは種の未来を率いるんだぜ?」


 キーンは馬車を走らせる。

 ヒヒは笑顔で叫んだ。


「では、私たちは宴の用意をしておきましょう!! あなた達の歓迎と仲間の帰還を祝して!! そして侍従の盃を交わすために!! 」



 宴が終わり、数日すると他部族の集落へとケンタウロス達は向かって行った。攫われた子供を返すため、そしてメッツァルナに勧誘するためである。どの集落も状況は厳しいものであったため、帰ってくる回答は渋々ながらも嬉しいものばかり。1週間が経つ頃には7の部族。約700体ものケンタウロスが集まった。最初こそ警戒を見せたもののナクロ族の接し方、団員達の分け隔てない反応を見ていると次第に警戒も薄れていき、ドワーフ達が建設中の拠点に着いた頃にはヒトと談笑できるまでになっていた。


「シドー。紹介しようこちらはケンタウロスの種族長に任命したヒヒ殿だ。」


「ヒヒです。シドーさん。我々ケンタウロスをよろしくお願いします。」


 ヒヒとシドーは握手を交わす。


「ヒト種傭兵長のシドーです。よろしくお願いします。」


 傭兵長とはそれぞれの種の傭兵をまとめる立場の者である。その種の個体数に関係なく一名が任命される。当然ケンタウロスからも、七の部族の七の戦士長より話し合いで決定された。それはナクロ族の戦士長である。

 他の部族にとって彼らが救いの手を差し伸べてくれたに等しい。当然の選定であった。


「この度、人馬種傭兵長に任命されたバサスです。シドーさんよろしくお願い致します。」


 バサスは剣を抜き先端を上に向け、シドーとの間に構える。その剣にシドーも自身の剣を重ねた。互いの目をまっすぐに見合う。目で会話をしているのだ。そして、2人は剣を鞘に納める。


「バサス殿。戦士の誇りしかと感じました。あなた方部族にとって、これより慣れないことが続くでしょう。何かあればお尋ね下さい。」


 そして、固い握手を交わす。


「シドーがこのような態度を取るとは珍しい……。」


 アイミーの言葉に周りの団員達も強く頷いている。本来口数の少ないシドーは挨拶など一言で終わらせることがほとんどである。更に他者を思いやる発言などを付け加えるのは余程稀有なのだ。


「ありがとうございます。これからも他部族のケンタウロス達が続々と集まるでしょう。大多数の戦士の統率をどう取るか…… 早速助言を賜りたく。今夜飲みながらでもどうでしょう?」


 おっさん2人は戦士論に熱くなって朝まで飲み明かし、後日アイミーから陰湿な説教をくらったのはまた別の話である。


 数日後、アイミーは建設状況をシドーに確認した。命令を出してから1ヶ月が経過している。新たに50体のドワーフを作業に当たらせているため建造物はちらほら出来上がってきていた。職人の技を狂ったように吸収しようとしているらしく、予定よりだいぶ進行は早い。ドワーフの仕事ぶりを見て回るアイミーの元に1体の男の鳥人が降りてきた。


「アイミー様。ジルナルド様より文書のお届けものです」


 アイミーは鳥人から1つの巻紙を受け取ると内容を読む。そして、アイミーはニヤリと笑う。

 そこに書かれていた内容。それは新たにエルフが5部族。ドワーフが7部族。鳥人が4部族加わると言うものであった。これは領主となった次の日、チュリーに頼んで手紙を送った部族たちである。彼らは信用に欠けると言う理由から当初より参加を拒否していたが、アイミーが領主となった事で首を縦に振ったのである。これを機にさらなる規模拡大を図ることができたのだ。

 アイミーは鳥人に"こちらの仕事も成功した手筈通りに頼む"と伝言を申付けるとウキウキと朗らかに歩き、既に建設が完了した小屋に入るやいなやペンと紙を取り出した。


「ケンタウロスも芋づる式で、あと400体は手に入るとして…… エルフとパッケージを組んで…… 。いや、馬車の護衛として商人に5体1セットで……。 将来的には騎馬隊としても……。」


 アイミーの目は$マークになり高らかに笑う。その笑い声はトンカチの音よりも高く遠く空へと響いていった。

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