第7話 灯火を夜風が攫う
戦士長の案内の元、一団は集落の中へと通された。家々は木の骨組みを動物の皮で覆ったテントの様なものである。
他の物より一回り大きい家から一体の年老いたケンタウロスが姿を現した。頭や腰回りに骨や石などで出来た装飾品を身につけており、族長であると皆理解した。
「鳥人の方々より伺っておりました。お初にお目にかかります。この集落の族長。ヒヒと申します。」
ヒヒが言うと、右腕の拳を顔の前に置き頭を下げた。ケンタウロスの挨拶なのだろう。
「メッツァルナの団長アイミーだ。」
そう言うとアイミーも作法を同じくして挨拶をする。そして話を続けた。
「族長ヒヒ殿。本題に入る前に、失礼を承知で再度、直に問わせていただきたい……。今年は…… 何体攫われた?」
アイミーがそれを口にした途端、空気が淀む。周囲にいたケンタウロスの戦士達が一斉にドス黒い殺気を放ったのだ。それを感じたメッツァルナの一団はそっと手を剣や矢に添える。
「今朝方2人攫われて、13人になります……。」
族長は悔しそうに言った。戦士長も拳を強く握り締めている。
「ひと月前からたった2体か、対策は取っているようで安心しました。」
アイミーの煽るような物言いに更に殺気が強くなっていく。
「他の集落と合併し、数を増やして対抗していますが……。いつ来るかもわからない敵を警戒するのと同時にその日の狩も行わなくてはいけない。昼夜問わず戦士達は働いていました。そして今日、時間が経って緊張が緩んだところを奴らに襲れて……。」
「それでなお2体のみとは。仲間を救いには行かないのですか?」
アイミーが言うと散々な物言いに只々耐えるばかりであった戦士長が口を開いた。
「奴らは森を拠点とし、騎馬用に罠を張って我々を待ち構えている……。行けば我々は殺される。我々が殺されれば妻や子供も殺される!! 助けたくてもできないんだ……。」
「森……。あの大河の真横の森ですか?」
アイミーが尋ねると族長はそうだと言った。族長の話によるとケンタウロスを襲ったヒトは大河に船を停泊させ行き来している。森に囲まれた場所を船着場としているため、ケンタウロス達は手出しができないのだ。
「どうして…… 我々は何もしていないのにヒトに襲われるのですか……? 」
族長の悲痛の叫びにアイミーは冷酷な答えを出した。
キーンに目配せをするとアイミーの元にとある物を手渡す。そしてそれを族長に見せつけた。それは細長い木の棒に糸がピンと張ってある道具。
「これは弦楽器に用いる弓です。この糸にケンタウロスの尾毛が使われている。」
アイミーの答えに数秒の間を置いて、先程まで殺気に満たされた空気は一瞬で悲痛と絶望に切り替わった。自分達が殺される理由が楽器の一部品。それも尾の毛だけを必要とした物であると知った彼らの目には涙が浮かんでいた。そのあまりの不条理さから世界に存在そのものを否定されたかのような衝撃を受けているのだ。
「ヒトはあなた達にに音色以上の価値を付けていないんだ。だが、私は違う。そして、私が付けた価値を他のヒトが理解すれば…… きっとこの不条理は消える。」
アイミーは先程とは打って変わって力強く、諭すように言った。真っ直ぐにヒヒの目を見つめている。
ヒヒは何かを諦めたかのようにそっと目を閉じる。
「わかりました……。貴方の傭兵団、もとい領民となりましょう。ただその前に1つだけ…… 依頼をしてもよろしいか?」
涙を浮かべた族長の頼みにアイミーはコクリと頷いた。
「はい。今朝攫われた2人の"亡骸"の回収…… ですね?」
族長はよろしくお願いしますと泣きながらに頭を下げた。他の戦士達も大粒の涙を流している。
「任せてください。加えて奴らを皆殺しにして差し上げましょう。」
アイミーは言うとシヴァを見る。シヴァの目はとても冷たく暗く。いつの日かの如く、心に夜が這い上がっていた。
*
日は沈み、半月が照らす森をシヴァはネルと2人の男のエルフと共に駆けていた。敵はチュリーの偵察により船を拠点としている事が分かったのだ。罠に警戒しながら素早く動く。
「アイミーさん…… クズにもほどがあるだろ……。」
1人のエルフが呟いた。アイミーが言うにまだ攫われたケンタウロスは生きているらしい。その根拠は敵がケンタウロスをあまり捕らえることができていない事と、切ればまた生えて来るであろう毛を欲している事。ケンタウロスと毎度戦闘するよりも半永久的に搾取する事を選ぶはずだという判断である。
「理由を聞けば納得でしょ?」
ネルが言うとエルフは不満ながらも頷いた。
アイミーが生存の可能性を言わなかった理由はケンタウロスの戦士達に恩を感じさせるためである。死んだと思い込んだ仲間を生きて救出してくれた。この恩により傭兵団に加わった後、容易に信頼関係を築くことができると考えたのだ。
「敵拠点を目視。大型帆船。チュリーの報告と一致。」
森が終わってすぐにシヴァが呟いた。既に気配は薄くしており、少しでも気を抜けば見失ってしまいそうな程に夜と同化している。
「見張りは?」
ネルが尋ねた。エルフからすれば拓けた土地にうっすらと灯火が見える程度。目前は暗闇である。
「現状にして3。だが、もっといるだろうな…… 近づこうか。」
河岸には背の高い草が茂っている。それを利用し距離にして200メートルのところまで近づくことができた。灯の影となっている部分に更に2人の見張りを発見する。
「見張りは5人。反対側にも同数いると思っていいな……。 河…… 風が強い。この距離で射ぬけるか?」
シヴァの問いにネルは何をバカな事をと言いたげな顔をする。
「奥の3人は任せた。殺り方はわかってるな?」
3人のエルフがコクリと頷くとシヴァは風と共に走り抜けた。見張りからは草が強風になびいた様にしか感じなかったであろう。シヴァはその勢いのまま左舷に爪を立てよじ登っていく。
そして、音もなく甲板に降り立った。1人の兵士の背後にゆっくりと歩み寄ると、腰につけた矢筒から一方の矢を抜き取り、喉に突き刺した。矢からポツポツと血が滴り落ちる。兵士は目をひん剥きピクピクと痙攣、そしてすぐに動かなくなった。そっと床に死体を寝かせる。残る4人は見張っている間隔が近いため1人ずつの暗殺は不可能。シヴァが左拳を突き上げる。それが振り下ろされる瞬間、シヴァから遠い3人の兵士の喉に、矢が吸い込まれる様に突き刺さった。残る1人は何が起こったのか理解できぬまま、シヴァに喉を突き刺され瞳は闇へと沈んでいった。
文化として断罪の方法が種族や部族ごとに定められていることは珍しくない。それは宗教観・死生観などに左右され、殺し方に意味を持たせているのだ。
シヴァの部族は咎人の腹部に刃物を突き刺す。これは刃物を杭に見立て「魂を永久に地面に縛り付ける」
つまり、魂は楽園に行けず死後永遠の苦しみを味わうと言う意味である。さらにシヴァは敵自身の剣で殺すことによって
「己が罪を泣き悔いて永遠の苦痛を受け入れろ」
という意味を持たせたのだ。
だが今回は喉に矢を突き刺している。これはケンタウロスの習わしであり、彼らの宗教では死後、全ての悪を知る神により裁判が開かれるとされている。その裁判では死者は自身が行った善行を神に申告する場が設けられ、申告した善行と神の知る死者の悪行とを比べ判決を言い渡されるのだ。つまり、喉に穴を開けるという事は申告することが不可能であるという事。
「お前に弁解の余地はない。地獄で悔いろ。」
という意味なのである。
こう言った宗教観から、ケンタウロスは感謝を「あなたの魂に刻みます。(訳:あなたが忘れても神はこの善行を知り得ます。)」という言葉で伝えるのだ。
シヴァは右拳を突き上げ腕を回す。エルフ達に侵入可能の合図を出したのだ。矢に縄を結んで放ち、シヴァが抑え、エルフはそれを静かに登り甲板に降り立った。数十秒後、甲板の上に生者の姿はない。転がるのは骸の数々。
月が雲に隠れる。シヴァ達は音もなく船の内部へと侵入していった。
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