第10話 おっさんたちはかつての仲間たちと戦う(後編)。

 リザリアン族の若き戦士トトと、骸骨淑女のクラーラは、移動要塞ファラリスの艦橋から戦いを見守っていた。


 コイオスとジューンは圧勝。相手も怪我一つなく無事。非常に良いパターンだ。


 だが、トトとクラーラは自分たちの置かれている状況に「うーん」と唸っていた。


 ファルヨシの町から放浪してきた、ただの町民たちとカイリーの街の大多数を占める商人たちが、武装してファラリスを囲んでいるのだ。


 正直に言えば、トトが一人で外に出て槍をぶん回せば、非戦闘員である町人たちなど一人残らず殺せる自信がある。が、それは師匠たるおっさんたちの望むところではないだろう、という忖度くらいはできた。


 どうしたものか。


「私がしゃしゃり出ると余計なことにしかならないんで、ここでじっとしてますね」


 なにやら意味深なことを言いながら、クラーラは全身包帯姿で艦橋の壁にもたれかかる。


 すると、そこには「押してはいけない」「絶対押すなよ」「いいな、押すんじゃないぞ」と前振りのように注意書きが書かれたレバーがあり、当然のようにグイッと下げられた。


「あ」


 振動がトトとクラーラを襲う。


 左右から迫り出したのは巨大な腕で、その指先に当たる部分には合計10門の大弓砲が備わっている。


 艦橋から自動装填と発射がすべてコントロールできるそれは、セイヤーの「銃はこの世界に不要」というこだわりから、巨大な矢を飛ばすだけの装置になっている。


 だが弓とは言えバカにしたものではない。なんせ連射が可能で、やじりはオリハルコン並みの強度を持ち、その一斉射は殆どの城壁を瓦礫の山に変えてしまうはずだが「使用することは一度もないだろうな」と作り出した張本人セイヤーが断言していた。


 次に艦橋が後ろにずれて大きな頭部が迫り出し、あとは大方の想像通りで足が生える。


 その造形はおっさんたちが中学生の頃に見ていた「Zなんたら」というロボットアニメに出てくる黒くて巨大な『サイコなんたら』に似ている。いや、似せようと頑張ったらしい。


 そう。ファラリスは男のロマンと夢を具現化させた巨大ロボットだ……が、実はそう真面目に取り組んだものではない。


 セイヤーもこの異世界の原始的にして魔法的な戦争において、ロボットなんてものが実用的でないことは十分理解していたし、ロボットがピョンピョン飛び跳ねるような複雑な構造を思いつくようなタイプの天才でもない。だからこれは、虚仮威こけおどしに使うだけの「お遊び」だ。


 立ち上がった所で動きはしない。


 歩きもしないし、ジャンプしたりビームを放つこともない。頭など空洞だ。


 腕を前に上げる以外の関節もないので、昭和初期のブリキのおもちゃでも、もう少し動きそうに思えるほどだ。


 なんでこんなものを作ってしまったのか。


 ただ単純に「巨大な人型のなにかが現れたら、相手がビビって逃げ出してくれて、無用な戦いが避けられるかな?」というセイヤーの思いつきだ。


「思いつきのわりに、変形させるために使ってる活用されてない空間デッドスペースが半端ないんだけどwwwww」


 と、コウガが爆笑したことがあるが、ファラリスの巨大さはこのロボット変形ギミックのせいだと言っても過言ではない。


 おっさんたちだからこそ許せる仕掛けだが、現実主義の女性陣がいれば「意味がない、邪魔、取り外しては居住スペースを拡大して!」と怒られるところだろう。


 なんせ変形しないでカプセルホテルの居住区を作れば、余裕で数百人が寝泊まりできるスペースがあるのだから。


 そんな「虚仮威しロボット・ファラリス」を囲んでいた町民たちは、腰を抜かし、その場にへたり込む。なんせ彼らの持つ武器で足を攻撃しても、アダマンタイトと同質の装甲には傷一つつかないし、よじ登れるような代物でもない。圧倒的に「どうすることもできない」のだ。


 この時点でセイヤーにとっては「大成功」と言える結果がでた。十分に虚仮威しは効いたと言えるだろう。


 ファルヨシの町民も、武装したカイリーの商人も、全員が同時に「無理」とばかりに武器を放棄し、両膝をついて「負けを認めた」とアピールする。


 その中には、宿の店主ダヤンと服飾屋のジョルジョもいた。二人とも以前ファルヨシの町で、コウガ達一行に良くした者たちだ。


「完全に戦意喪失しちまったなぁジョルジョ」


「んあ? ああ。ま、俺達が勇者様たちに歯向かうなんてこと自体に無理があるってこったな」


「仲間内は誰も怪我してないし、勇者様たちも追撃してくる様子もないみたいだ。こりゃ平和的に終わったってことかな」


「だな。つぅか、カイリーの商人たちも何しに来たんだかなぁ」


「おいおい、あっち見てみろよジョルジョ」


「んあ?」


 二人の視線の先ではセイヤーVSツーフォーの死闘が繰り広げられていた。


 二人とも周辺に被害を出さないように配慮しているのか、円球の魔法障壁の中で魔法を打ち合っている。


 伝説の火系統魔法「エターナルインフィニットバーニングフレイム(笑)」なんぞ足元にも及ばないような爆炎、獄炎、極炎が円球の中で暴れ狂っている。


 ツーフォーはエフェメラの魔女としてのプライドからか、セイヤーに負けじと魔法を繰り出しているが、何をしても簡単に打ち消される。さらに、その返礼とばかりにもっと強い魔法を打ち込まれてくるので必死に消す作業に追われる。


 ツーフォーはわかっていた。


 魔法合戦をしているが、セイヤーにはまるで殺意がないということを。


「なんなんですか、あなたは!」


 ツーフォーは褐色の肌を炎で照らしながら吠えた。


「なにと言われても。元勇者だ。覚えていないか?」


「知りません! 初めて会いました!」


「私と積極的に関わったことはなかったがな。君はコウガにベッタベタだったから」


「………コ………ウ………ガ………」


 ツーフォーの瞳に明らかな動揺が走った。


「あっちにいるだろ────って、あいつはなにをしているんだ」


 セイヤーが呆れるのも仕方がない。


 冒険者ランクCにして、冒険者ギルドの試験官として知り合いコウガの仲間になった猫頭人身族ネコタウロスの美女(?)ミュシャは、コウガの膝枕の上に頭を載せ、ゴロロロゴロロロロと喉を鳴らしているではないか。


「いや、なんか懷かれたんだけど」


 コウガも困っているようだ。


「ハッ! すいません。なにか懐かしくて心地よくて気持ちいい匂いと体温で、つい」


 ミッシャはガバッと起きたが、またトロンと猫目を閉じ、へにゃへにゃと膝枕に戻っていく。


「ちょっと! ミュシャ! コウガちゃんは私の────え?」


 突然叫んだツーフォーは自分の言葉が信じられないといった顔になった。


「どうして私はコウガちゃん、なんて言葉を!?」


「どうしたんだツーフォー、ミュシャ。我は負けてしまったが………」


 ブラックドラゴンのジルが聖竜リィンに連れられてやってきた。


「む、その男は………なんだ、この胸の高鳴りは!」


 ジルはコウガを見て胸元に手をやる。興奮しているらしい。


 その様子を見たセイヤーは天を仰いだ。


「………案外ポンコツな呪いだな」


 闇の勇者と堕天使が共同作業で作り出した「勇者のことをすべて忘れる呪い」は、記憶すべてを完全に消し去ったわけではないようだ。


 おそらく「勇者の部分だけを黒塗りした写真」みたいなもので「なんだっけ、この黒塗り」となる程度には記憶が残っていたのだ。


 最悪、元仲間たちの記憶が戻らなくても今が幸せならそれでいいし、幸せでなければ幸せになるように陰ながら助けようと思っていたが、これなら簡単に解けそうな気がした。











「じゃあ私達以外はこの方々を覚えているのですか?」


 ツーフォーが驚いて仲間に尋ねると、ガーベルドたちは頷いた。


「………私達が呪いで勇者に関する記憶を失っているというのは、本当のことだったんですか」


 ミュシャは何度もエリールからそう言われていたが「なんのことやら」と気にも止めていなかった。


「十色ドラゴンである我が、人間に記憶をいじられるとは情けない」


 ブラックドラゴンのジルはげんなりしているようだ。


「さて。どうしたもんかな」


 ジューンはコウガと目を合わせたが、明確な答えは二人にはない。


 この「どうしたものか」というのは、ツーフォー、ミュシャ、ジルの記憶を取り戻すべきか、否か、ということだ。


 エリールやシルビアたちは「戻すべき」と言うが、記憶を失った当人たちは「別に戻らなくても困っていないし」という態度だ。


 むしろツーフォーが「もし記憶を失っているとして、いきなり今までの心持ちが蘇ったら現在の心持ちとの差異で、精神が崩壊しませんか?」と言ってきた。


 ジューンは「俺はどっちでも」と言う。


 セイヤーは「彼女たちから失われたものは戻すべきだ」と言う。


 コウガは「戻すと僕に襲いかかってきて子種搾り取られそうで怖いからこのままで!」と懇願する。


 いつものように意見はまとまらない。


「「「 三蔵法師! 若者の忌憚なき意見を! 」」」


 三人のおっさんがトトを見る。


「サンゾーホーシってなんすか………」


 トトは焦って退く。


 その退いた背中がたゆ~んというなにかに当たった。


 振り返るとそこには会頭の秘書、ランクA冒険者のグウィネスが立っていた。

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