第18話 コウガは敵将を倒した?

 冒険者ギルド・アップレチ王国ファルヨシの町支店・ギルド長。


 それが彼女の肩書である。


 小さな町のギルドなので、ギルド長自ら受付から雑務まで全てをこなす。


 彼女がギルド長だということは、馴染みの冒険者なら誰でも知っている。知らないのはコウガ達だけだと言っても過言ではなかった。


 そして、彼女が現役時代にどれだけの有名を馳せたのかもコウガは知らなかった。


『柔らかなエリール』という二つ名を聞けば、アップレチ王国内の冒険者たちは戦慄するだろう。


 ランクBにして、嘗てその拳だけで邪悪なる魔神を打ち倒したという伝説の拳闘士だ。


 若くして大金を稼いだ彼女は現役引退後、寂れた地方に身を寄せて日々大人しく暮らしていた。


 人間相手なら王国軍が押し寄せてきても勝つ自信があった彼女だが、魔王軍が攻めてきたとなれば別だ。


 それに新参者の冒険者が、大して愛着もないだろうファルヨシの町のために大金を出してまで冒険者を雇って救おうとしているのに、自分が動かないという選択肢はなかった。


「お前ら、どんどん押し込んでいけ!!」

「うおおおお!!」


 数でも質でも劣るはずの冒険者たちが、訓練された魔族たちをじりじりと追い込んでいく。


「こうしてる間にがなんとかしてくれる! みんな、踏ん張りな!!」

「うおおおお!!」











「大将の勇者コウガです」


 小さなおっさんはふんぞり返るようなドヤ顔をしてみせた。


 敵陣でこれほど余裕をぶっこいているのには理由がある。


 ツーフォーから身体強化魔法をもらったので、自分でもびっくりするほど強くなっているからだ。


 道端の石ころを素手で粉砕できるくらい強くなったので「これ、僕最強なんじゃね!?」と過剰なまでの自信に満ちたのだ。


 実際、他の冒険者達より魔法の効きが良かった。


 だからコウガによる敵陣単身突入という作戦を許したのだ。そうでなければツーフォーやジルが認めるはずのない愚策なのだから。


「外の音は聞こえてる? 僕の仲間たちがお前ら魔族の軍を押しているみたいだよ」


「ふっ、勇者やドラゴンならいざしらず、人間ごときに………なにっ!?」


 ちらっと外を見たイーサビットは驚いてバルコニーまで駆け寄った。


 眼下の町では本当に魔王軍が押されてこの館近くまで撤退していたのだ。


 数は魔王軍のほうが上だと一目瞭然………それなのに、わずかな冒険者たちだけで、魔王軍の精鋭たちは押されていたのだ。


「ば、ばかな」


 俄然となりながらも、そうだこちらにはガーベルドがいる!と振り返ったイーサビットは更に愕然となった。


 イーサビットが離れたので、コウガは椅子代わりにされていた女たちを救い出し、裸に剥いた身体にテーブルクロスを掛けて「大丈夫ですか」とやっていたのだ。


「き、貴様、私の椅子に触れるな!!」


「おい魔族の若造!!」


 コウガは怒鳴り声で応じた。


「古今東西、老若、異世界問わず! 男子たるものどんな女も愛せよ! そんなこともできないようなガキが偉そうに色道を語るな!!」


「色道は語ってないが………」


「おっさんに口答えするな!」


「理不尽!?」


「理不尽の限りを尽くしてきたお前に言われたくないな」


 コウガが怒りの視線を向けるとイーサビットはビクッと震えた。


『こやつが勇者……これが勇者の気迫か!? ま、まさかもう力に目覚めているのではなかろうな!?』


「ガ、ガーベルド!! 勇者の首がやってきたぞ! お前の出番だ!」


「………」


 天位の剣聖ソードマスターは二刀のショートソードを抜いた。


「!!」


 イーサビットは剣閃を手甲で弾き飛ばして青ざめた。


 ガーベルドが目にも留まらぬ速さで打ち込んできたのだ。


「さすが上位魔族……ガーベルド殿の打ち込みを見切って弾くなど………」


 今まで裸で椅子にされるという屈辱にまみれていた女騎士は、コウガに救われてテーブルクロスで身体を隠すことができたので、少し冷静に観察できていた。


 コウガは「ほえー」と驚くばかりだ。


「私の婚約者は王国、いえ、三大国家最強の剣士なのです、勇者様」


「あぁ、あの人がソードマスター? なるほど、いろいろ理解したわ」


 婚約者と名乗る女性が今こうしているということは、人質に取られていたから止むを得ず魔族に従ったのだろう。


「馬鹿め。人間風情が!」


 イーサビットはその剣聖を上回る身体能力だった。


 まるで瞬間移動するかのような動きと、手が何本にも増えて見えるほどのスピードで殴りつけ、ガーベルドは血を吐いて床に倒れ伏した。


 二本のショートソードは主を失い、虚しく床を滑っていく。


「ガーベルド!!」


 女騎士が悲鳴を上げて駆け寄る。


「ふん、出来損ないの猟犬め」


「させるか!」


 コウガが飛び込むのと同時に、イーサビットの長い足が小さなおっさんの腹に決まっていた。


「ぐふっ」


 鳩尾に脚が入り、コウガは痛みと嘔吐感に襲われながらその場に倒れた。


『………私の蹴りを食らって吹っ飛びもせずうずくまるだけ、だと………普通の人間なら身体がはじけ飛ぶか穴が空くはずだぞ!?』


 やはりこの小さなおっさんが勇者だ。


 間違いない。


 だが戦闘の素人であることも間違いない。


 ならば、まずは邪魔者を排除する。


「犬ども。二人まとめて死────」


 ガーベルドを殺すために前に出たイーサビットの脇腹に、ショートソードが食い込んだ。


「あ、刺さった」


 コウガは腹を抑えながら、自分でも驚いていた。


 床に転がっていたガーベルドのショートソードを、威嚇のために投げつけたつもりだったが、さっくり刺さるとは思っていなかったのだ。


 これは身体強化の影響と、イーサビットの死角からだったという偶然により、生まれた「強運」だ。


「痛……痛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 今までの威厳はどこに行ったのか、イーサビットは号泣しながら崩れ落ち、ひぃぃぃぃと叫びながらのたうち回った。


 蹴ったお返しに、まさか脇腹をグサっとやられるとは思ってもいなかったようだ。


「ラッキー、かな?」


 コウガはのたうち回って戦意喪失している魔族を見下ろし、ふぅと安堵した。


 そう。


 コウガはすでに勇者としての力を発揮している。


 ほんの僅かな痛みや苦しみを受けることや、数十倍の強運を得る能力………日本人に馴染みのある言葉で言うなら「苦あれば楽あり」だ。


 ただ、「楽」の比率が異常にでかい。


 しかも「とても気が付きにくい」能力だ。


 今までは、結果的に大きな不幸に見舞われなかったというだけで、強運なのかと言われたら首を傾げたくなる人生だったが、この異世界に召喚された時、絶大な強運力を得たのだ。


 強運の勇者コウガ。


 彼がそう呼ばれるまで、もうしばらく時間を必要とする。











「まさかイーサビット様が負けるとは」


「しかし負けるとわかっていたから先に逃げたのだろう? クリストファー」


 敗走する魔王軍の中で、クリストファーと呼ばれた若い魔族は苦笑した。


 占術師クリストファー。


 コウガの召喚を言い当て、ガーベルドの弱点を見抜いた稀代の占術師は、手にした水晶玉を大事そうに懐に入れ直した。


 イーサビットの周辺にいた本当の親衛隊以外、精鋭とされた魔族たちは「はじめから撤退する」つもりだったのだ。


 いくら身体強化されていようと、相手はたかが人間である。


 堕天使の血脈でもあり、人間とは次元の違う強さを持つ魔族が、そう簡単に破れるはずがないのだ。


 彼らは「人間が攻めてきたら負けるふりして撤収する」と初めから打ち合わせてあった。


 まず、魔族の矜持として、たとえ敵といえ軍属でもなく武器も持たない平民相手にこのような傍若無人な振る舞いをするのは、勘弁ならなかった。


「広場に集めた子どもたちはどうした」

「名前を書いた札をつけさせて安全な場所に隠した。外が静かになったら自分たちで出ていけるだろう」


「女たちは?」

「いや、あの肌色の女を抱く気にはなれない。やはり女は魔族が一番だろ」

「そんなことは聞いてない。どうしたんだ、と聞いたんだ」

「なにもしちゃいないさ。キャーキャーうるさかったから沈黙と眠りの魔法をかけて安全なところに転がしておいた」


「抵抗してきた者たちは?」

「気絶させて縄で縛って町の外壁に並べておいた。すぐ気づかれるだろう」


 彼らは一般人には殆ど手を出していなかったのだ。


 ただ、将であるイーサビットがうるさいので、いくつかの廃屋に火をつけて「この町を破壊しているぞー」感は出した。


「あいつ嫌いだったんだよ、俺」

「俺も。あいつ本当に魔族かって思うくらい下種で下品でさぁ」

「人質とか一般人に手を出すとか、最低すぎる」

「いやぁ、クリストファーがいてくれてよかった」


 この離脱劇。その首謀者は占術師クリストファーだった。


 彼は占術で「勇者は目覚めている」と出たので、魔王軍の爪弾き者であるイーサビットをぶつけて倒してもらおうと思っていた。


 人間のふりをしてファルヨシの街に行き、水晶玉で見た勇者にすがりつくまではよかった。だが、その勇者自身が「なんの力もない」と言い出したので困った。


 占いでは目覚めていると出る。本人は気がついていない。


 イーサビットは出撃してしまった。


 こうなったらぶつけるしかない。


 結果的にはうまくいったが、危険な賭けだった。


「なぁ、俺たち勇者の片棒担いだことにならないか?」

「魔王にはバレバレだろうな」

「あぁ……勇者は魔族を皆殺しにしちゃうんだろうな……」


「それはない」


 クリストファーは笑った。


「占術で見えた未来は明るい。人も魔族も、な」

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