第9話 コウガは安らかに眠る?

 町の兵たちが全面降伏したのは、町長の指示によるものだった。


 「壁の外でとんでもない魔力を吹き上げている魔女と魔族がいる!」と、番兵たちから真夜中に叩き起こされた町長は「こんな辺鄙な町に? んな阿呆な」と、最初は信じていなかった。


 だが、外壁に登って外の様子を見るや否や「命乞いしよう」と即断決断した。


 町長は多少魔法が使えるからこそ、全裸の美女二人が膨大な魔力の渦を巻き上げ、それが星々の煌めく夜空まで歪めているのが見て取れたのだ。


 そして三人を町の門で出迎える。


 町長以下、町の重鎮全員が死ぬ直前のような形相で待っていると、全裸の魔女ツーフォーと全裸の魔族ドラゴン娘、そしてその全裸美女二人を両腕に絡めて従えてる小柄なおっさんコウガがやってきた。


 一同は頭を下げて、この三人の来訪者たちが出すであろう「要求」を待った。


「えーと、夜分にすいません。僕達は旅の者ですが、宿をお借りできませんかね? あ、お金がないんで先に物を売れる店があれば教えていただきたいのですが」


 コウガがペコペコと頭を下げながらサラリーマンスキルを駆使すると、全員が呆気にとられた。


「あ、あの、こんな夜更けでは店は開いておりません……小さな町でして、商売人たちはだいたい他所の村からここに出勤してくるのです」


 町長がおずおずと答える。


「あー、そうなんですか。どうしよっか。朝まで待つか………」


「い、いえ、滅相もない! 宿にはすぐお泊りいただけます! そうだな、ダヤン!」


 ダヤンと呼ばれたおっさんはしかめっ面をした。


「え、町長の屋敷じゃなくてうちですかい!?」


「宿と申されておいでなのだから!(こんな化物ども、わしの屋敷に入れたくないんだよ、分かれバカ!)」


「へ、へぇ。うちの宿で、ど、ど、どうぞ!(覚えてろよ、クソ町長!)」


「じゃあ、後払いでお願いできますか?」


 コウガが中年オヤジに似つかわしくない童顔スマイルを浮かべると、宿屋店主のダヤンは「へ、へぇ!」と額を何度も下げた。


「いやぁ、こんな夜更けに来たのに優しく迎えてくれるんだなんて、優しい人たちだなぁ」


 コウガは本気でそう思っていた。


 困ってる旅人がいればほっとけないような、善人ばかりの世界なんだろう、と。


「あ! あと、夜が明けたら服屋さん行かなきゃなぁ。二人ともこれだし………」


「ご婦人方をそのような姿で街に出して辱めるわけには参りません! 服屋のジョルジョが宿までお持ちします! いくつか見繕ってくれるよな、ジョルジョ!(いいか! さからうなよ! 街のみんなの命がかかってる!)」


「はい、ご婦人方の衣装をお持ち致します!(マジふさげんなよ町長! あとで別料金をテメェに請求すっからな!)」


「ほんと優しい世界だ。僕のいた世界もこうであれば戦争なんかないのにね」


 しみじみとコウガが頷く。


「童話の中」にいるつもりなのだろうが、この世界の文化文明は、地球で言うところの中世時代に近い。それは現実の日本より相当に過酷な「生きることで精一杯な世界」なのだが、それが理解できていない。


 この勘違いは暫く先まで続くことになるのであった。











 ここは南の大国「アップレチ王国」の首都から南に300キロほどの地点にある「ファルヨシの町」で、実はエフェメラの隠れ里や水晶洞窟からは、案外近い所にある。


 と、いってもエフェメラの隠れ里自体が、魔法の結界で外部からの侵入や外部への外出を容易く許さない仕掛けになっていたので、ツーフォーも来たことはない。


「よくその厳重な結界から抜け出して、召喚の塔?に来れたよねぇ」


 宿で用意してもらったお湯を使って足を拭きながらコウガが言うと、同じくタオルで体を抜いていたツーフォーは「結界を作っていたエフェメラたちが死に絶えましたから」と、別に気にした風もなく返した。


「あぁ………」


 余計なことを言ってしまった、とコウガは別の会話に切り替えようと思った。


 ドラゴン娘はベッドが気に入らないらしく、床で自分の尻尾を抱えるようにして丸まっている。


「ねぇ、ドラゴン娘には名前ないの?」


「おぉ、やっと聞きおったか旦那様。このまま名を聞かれぬかと思っておったぞ」


 少しブスくれている。


「う………ごめん」


「よい。我がブラックドラゴンの一族内では、我が祖父Zirnitraツィルニトラより名の一部をいただき『Zirジル』と呼ばれておる」


「ジルちゃん、ね」


「ちゃん!?」


「人間年齢18歳なんでしょ? 僕より年下なんだし」


「いや、実年齢は1800……まぁ、ジルちゃんでもよいわ」


「ジルちゃん」


 聞いていたツーフォーがにやにやしながら言うと「そなたには許可しておらんわ!」と牙を剥き出す。


「こらこら。夜中なんだし、他のお客さんにも迷惑だから静かに」


 コウガが大人サイドから注意すると、ツーフォーとドラゴン娘………ジルは、無言で頷いた。


 ベッドにコウガ。


 ソファベッドにツーフォー。


 床に敷いたブランケットの上にジル。


 ベッドは女性に譲ろうとしたコウガだったが「ずっと、良い寝床で眠りたいと仰っていたではないですか」とツーフォーが頑ななまでに、コウガを寝かせた。


 決して良いベッドではない。


 床板の上にマットレスがあるわけではなく、薄い布団が敷かれているだけ。つまり木板の上と大差ない。違うのは脚とサイドフレーム分の高さがあることだけだ。


『寝にくい!』


 コウガは不満だった。


 だが、ここまで歩いてきた疲れもあったので、睡魔はすぐに舞い降りた。


 夢現ゆめうつつの最中にコウガが見たのは、暖かい布団と、柔らかな毛布、安らかな眠りだった。











 安らかな眠りなんてなかった。


 ドラゴン娘のジル。


 その凄まじい寝相の悪さとイビキと歯ぎしりは、コウガから「安眠」という言葉を引剥ひっぺがしてくれた。


 ジルは最初こそ丸まって可愛く寝ていたが、熟睡と同時に大の字に。そしてゴロゴロと床の上を転げ回り、壁にドン、ベッドにドン、ソファにドン、備え付けのタンスにドン……部屋中のありとあらゆる場所にぶつかりまくる。それも、体全体、両手両足、尻尾、羽根……あらゆる部位で、だ。


 さらにイビキと歯ぎしりの絶妙な不協和音たるや、水晶洞窟のどんな悪所でも寝ていたツーフォーですら、寝ていられずに起き上がり「このクソトカゲ!!」と悪態をつくほどである。


 それでなくとも、おっさんは眠りが浅いというのに、完全に眠気は覚めてしまった。


 そうしているうちに朝日がカーテンのない窓から射し込み、名も知らぬ鳥がチュンチュンと目覚めを告げる。


 外で町の人々が活動を始め、静寂の夜から生活音のする朝に舞台は切り替わった。


 もう寝ていられる時間ではない。


 コウガは残念なことに二度寝できない性分なのだ。


「あかん………」


 茫洋とベッドの上で目を細める。


 ソファの上でもツーフォーが力なく項垂れている。


「んー! 朝か。良い眠りじゃった!!」


 がばっとジルが起き上がり、羽根と尻尾と両手を伸ばし、清々しく深呼吸する。


『今夜から部屋を分けてもらおう』


 コウガはぐったりしながら心に誓った。

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