第8話 コウガは喧嘩を収めた?
夜の帳の奥に松明の明かりが見える。町の篝火だろう。
夜中の遠目でもわかるが、町は外周を壁で囲んだ要塞のような代物だった。
壁の上には何人かの番兵がいて周囲を警戒しているし、大きな門の所にも番兵がいる。戦争でもしているのか、と言う雰囲気だが「あれが普通ですよ」とツーフォーに言われる。
夜行性の魔獣や野盗集団の強襲に備えるのだという。
日本でコウガがイメージしていた「異世界」とは、ファンタジーな花が咲き乱れ、ファンシーな妖精さんがキャッキャウフフして、フレンドリーな動物たちとダンスを踊る………というものだったが、実際はまるで違った。
生きるので精一杯。
それがこの世界を端的に表す言葉だろう。
「おおい、人間ども~! 門を開けよ~!!」
ドラゴン娘は番兵たちに大声をかけ、翼を大きく広げ、尻尾を振ってみせた。
その姿を確認した夜間警備の門番たちは、なにか大声で叫び合い、慌てふためいているのがわかる。
どう見ても警戒されている。
「………ドラゴン様の存在がある限り町には入れない可能性が。ここは私とコウガちゃんだけで」
ツーフォーはしたり顔だ。
「ううむ………町に入る前にケリを付けておくか。ツーフォーよ」
ドラゴン娘は歩みを止め、ツーフォーに向き直った。
「え、今!? もう町が目の前で、門番があたふた警戒してる今、ここでやるの!?」
ツッコミを入れるコウガを押しのけるようにして、ツーフォーもドラゴン娘と対峙する。
「いいでしょう。女として負けられない戦いです」
「ならば女に誓って手は出さぬ」
「私も女に誓って手は出しません」
やたら「手は」に力が入っている。他のところは繰り出しますよと言わんばかりに。
な、なにが始まるの!?とコウガは戦々恐々としている中、女たちの舌戦が繰り広げられた。
「そなた。どうしてコウガを独占したがる?」
「私のものだから、です」
いやいや、僕は君のものでもないからね!?とツッコミを入れるコウガは完全に無視されている。
「そもそも、じゃ。いつから人間のつがいは男一人に女一人になった? ドラゴンと同じで夫一人をリーダーとして複数の妻を持つのが『群れ』ではないのか?」
「確かに王侯貴族はそうらしいですが、複数の妻を養える収入がないと出来ないことです。つまり庶民は男一人に女一人が1カップルで、そういうカップルがたくさん集まって『群れ』となるのです」
ツーフォーの言葉からすると、独り身は群れに入れてもらえないようにしか聞こえない。離婚後、やむなく独り身を貫いてきたコウガの耳には痛い。
「ほう。で、そなたは庶民だから男と女は一対一であると?」
「………いいえ。正直に言えば、エフェメラの女の立ち位置など、庶民以下かと」
「あぁ、召喚用の人身御供じゃったな。これはすまぬことを掘り返してしもうた。だが、本来の役目に戻って人身御供してきたらどうじゃ」
「ふん。人外の女に何を言われた所で、私は構いま────」
ピキッと空気が凍った。ツーフォーはドラゴン娘の尻尾を踏みつけていた。
「────あら、ごめんなさい。木の根っこかと思いまして。あ、女に誓って手は出しておりません。これは足で………きゃっ!!」
ツーフォーは尻尾に足払いされて派手に転んだ。
「おっと、すまんすまん。我も木の根っこと思っていたが、我の尻尾であった」
倒されて大開脚したツーフォーを見ないように、コウガは目をそらす。
「随分と手なづけられていない尻尾ですね。切り落とします? どうせまた生えてきますよね? トカゲなんですから」
「………人身御供よ。上位ドラゴン全88種族に共通する唯一最大の侮辱は、我らをトカゲ呼ばわりすることだと知っての言葉であろうな?」
「申し訳ございません。エフェメラなもので、ちょっとそのあたりの畜生事情に疎いのです」
「畜生だと!? 使い捨ての生贄如きが言うてくれたな!」
ドラゴン娘の目が元の姿と同じような無感情で無機質なものに変わった。
「使い捨て………エフェメラを侮辱しましたね!」
空気が凍るとかいうレベルではなく、血が凍るような殺意の波動が渦巻き始めた。
ツーフォーの全身からは目に見えない「圧力」がブワッと吹き出し、それに相対するようにドラゴン娘の全身からも、猛烈な「圧力」が吹き上がる。
これは魔力だ。
その魔力に殺気が篭って、無色無臭なそれが、触れると思えるほどの質量を伴って三人の周辺に渦巻く。
コウガはその猛烈な魔力と殺気に嘔吐感を覚えた。
木の葉一つ動かさない波動ではあるが、普通の人間がまともに喰らえば、数秒で衰弱死してもおかしくない負のエネルギーなのだ。
それを正面から受けても吐き気だけで済んでいるコウガは、やはりこう見えて「勇者」なのだ。
勇者はこの世界に召喚された時点で、普通の人間ではあり得ない健康と回復力を有する。それだけは勇者個々の特殊な力とは関係なく、必ず付与されるものなのだ。
後にそれを知ったコウガは「だから内臓の痛みを最近感じなかったのか」とおっさんならではの感想を持つことになる。おっさんは体の外側ではなく内側が痛くなるのだ。
そんな絶大な健康と回復力を持っているコウガにしても、この美女二人から発せられる殺気と魔力は体に悪い。
「も、もう二人とも手を引いてよ」
「ならぬ。この虫けらはドラゴンを冒涜したのじゃ」
「あなたこそ死んでいったエフェメラ達を侮辱したんですよ!」
そんなコウガ達から離れた町側から、衛兵か門番のような鎧を着た男たちが走り寄ってきた。
「あちゃあ、不審に思われたか……」
そりゃそうだよな、とコウガはこめかみを押さえた。
しかし兵たちはコウガたちの10メートルほど手前で、ズサッと滑り込むように土下座した。
「魔女と魔族の方々! どうか! どうかお静まりください! おねがいでございます! 他のことであればなんでも従いますから、どうか町の者たちの命だけは!」
どうやら魔力と殺気だけで災害認定されたらしい。
「魔女?」
ツーフォーは「えー」という顔をした。
この世界の「魔女」とは「女の魔法使い」という意味などではなく「邪悪な呪文を使う厄災の女」という忌み嫌う言葉なのだ。
「魔族?」
ドラゴン娘も自分より遥かに弱い魔族に例えられて不満そうだ。
「町ごと消し飛ばしてくれようか」
「あら、奇遇ですね。私もそんな気分です」
「はいはい、そろそろやめないと、僕も怒るよ」
コウガは拳をパキポキと鳴らしながら淡々と言い放つ。
ツーフォーとドラゴン娘は目を見張った。
あの小柄で愛らしいおっさんであったコウガから、信じられない殺気を感じ取ったのだ。
「わかってる? 王国に復讐したいのはツーフォー。手助けすると言ったのはドラゴンちゃん。二人は一蓮托生なんだよ? どっちかというと必要ないのは僕。それに僕だけなら服も着ているし、いろいろ不安はあるけれど町にも行けるわけだよ? 喧嘩するなら二人を見捨てて一人で何処かに行くことができちゃうんだけど、いいの? あー、おじさん町に行ったら他の女の人に声かけてどうにかしてこうにかしちゃおっかなー。勇者パワーでどうにかなるような気がするんだよねー。どんなパワーか知らないけど」
コウガのウザったい長台詞に、いつもならツーフォーが手刀を打ち込んでいるところだが、コウガの殺気に打ちのめされて近寄ることもできない。
これが、勇者か。
ツーフォーとドラゴン娘は、改めてコウガという男の存在を強く認識できた。
そして、恍惚となった。
小柄で愛らしい体。それなのに包容力があり、自分をも凌駕し得る殺気も発する────自分のつがいになるのは、この男を置いて他にいようか、と。
「コウガちゃん、ごめんなさい」
ツーフォーが片膝を落として頭を下げる。
「旦那様がそれほど言うのであれば我はやぶさかではない」
ドラゴン娘も人間の目に戻って頭を下げた。
『よし、納めた! セーフ!』
内心、二人に襲われたら一瞬で死ねると思っていたコウガは、大きく息を吐いた。
番兵たちは、天変地異でも引き起こしそうな魔力の応酬を繰り広げていた魔女(?)と魔族(?)を、言葉だけで従えたコウガを見て、ただただ驚愕の顔をするしかなかった。
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