第7話 コウガは美女たちに挟まれた?
「ははは」
両肩の骨を外された激痛は、ドラゴン娘とツーフォーの同時治癒魔法で何もなかったことにされたが、そこで食らった激痛という「苦」のおかげか、すぐに「楽」が舞い込んできた。
肩外しの犯人であるツーフォーとドラゴン娘は、コウガの前で正座して『仲直りの握手』をしていた。
「コウガちゃんの姉として」
「旦那様の嫁として」
「ここにドラゴンとの和平を結ぶと誓います」
「ここにツーフォーとの和平を結ぶと誓う」
コウガは『両肩外しの対価にしてはお粗末だけど、喧嘩されるよりマシか』と思っているが、かつてこの世界の人類歴史上、上位ドラゴンと和平を結んだことはない。
走竜などの知能の低いドラゴンではなく、人間以上の知徳と魔力を持ち、魔族ですら足元にも及ばない「すべての生命の頂点」たる上位ドラゴンは、人にとっては神にも久しい。
あまりにも高位な存在なのでドラゴンと人は意志を通わすことも難しい。
人が蟻と意思疎通できないのと同じだ。
つまり人にとってドラゴンとは「蹂躙されるがまま、為す術もない相手」であり、ドラゴンにとって人は「路傍の石」に等しい存在なのだ。
それが和平である。これは快挙どころの話ではなく、奇跡だ。
両肩を外した程度でこの結果が得られるのであれば、全人類が肩を外すであろうことを、コウガは意図せず成し得たのだ。
そんな類まれなる強運を得たことを知る由もないコウガは、美女二人を左右に置いて、森を抜け、街道に出た。
『僕、囚われた宇宙人みたいな状態じゃね?』
160センチの自分より遥かに身長と腰の位置が高い西洋風美女二人の間にいると、日本人体型が恨めしくなる。
だが、そんなことはお構いなしに、二人の美女はコウガの腕を組んだり頭を撫でたりと、ベタベタと触ってくる。
『僕の立ち位置は愛玩具かな?』
まぁ、もう、それでもいいやとコウガは諦めた。
こんなおっさんでも愛されるのであれば、こんなに嬉しいことはないはずだ、と。
それにしても、街道は歩きやすい。
舗装されているわけではないが、行き交う人や馬車のお陰で道が踏み固められて平坦なのだ。
堂々と街道を行けるのはありがたい。
人の姿になっても力加減はドラゴンのままだという「歩く最終兵器」であるドラゴン娘が旅の仲間に加わったことは大きい。
もしアップレチ王国の追手が来たとしても、こちらには最強のドラゴン様がいる。ドラゴン当人からも「隠れてコソコソする必要はあるまい」と言われ、今に至るのだ。
それに、王都から離れようという計画も「国を滅ぼすのに王都に行かずしてどうする」と言われたので、王都を目指す前提でまずは一番近い町に向かって情報を集めることになった。
『人生、何が起きるのかわからないなぁ』
異世界に呼び出されたらヤンデレに飼われることになり、巨大プレーリードッグから逃げ回っていたら、ドラゴンが仲間になる。そんな展開を想像できる地球人などいないだろう。
てくてくと真夜中の街道を進んでいく。
ドラゴン娘によると「この先30キロほどのところに小さな町があったはず」というので、そこを目指している。
ただ、夜中はどこの町も防犯のために門を閉めるので、中に入れてもらえない可能性が高いそうだ。
「今のようなペースで歩いていけば、着くのは明け方近くになるじゃろうて」
ドラゴン娘はそう言いながら、歩くコウガの頭を抱き寄せて自分の胸に押し付けつつ、おっさんの(一週間洗ってないから)脂ぎった髪の毛をさすりさすりと撫でる。
「本当に。こうして堂々と歩けるのはドラゴン様のおかげです」
コウガの頭を奪い取るようにしてツーフォーも自分の胸に押し付ける。
「よいぞ。我がこの王国の破滅に力を貸すというのが、旦那様との盟約じゃからの」
ドラゴン娘が奪い取る。
「ありがとうございますドラゴン様。ですがコウガちゃんはあなたの旦那様ではありません。私 の も の です」
また奪い取る。
いい加減頭をブンブン振り回されて気持ちが悪くなってきたコウガは「歩きにくい!」と文句を言う。
だが、二人はシラッとそっぽを向く。
「だいたい君ら、和平を結んだんじゃないの?」
「「それとこれとは別」」
「えー………」
なんのための和平だよ、とコウガは目頭を押さえた。
「ツーフォー。そなた、ただの人身御供であろうが。旦那様を召喚し終わったのだから死んでよいぞ」
ドラゴンにとっては虫けらに等しい「人間」相手に、対等に喧嘩しているドラゴン娘は、そういうプレイを楽しんでいるようでもある。
「そうですね! コウガちゃん。こんな人外と旅するくらいなら一緒に死にましょう」
死のうとか軽口で言ってはいるが、ツーフォーはドラゴン娘と違って、実は必死だ。
神の如き力を持つドラゴン相手に怯まず食って掛かるには、相当な胆力が必要なのだ。
「ねぇ、せっかく和平結んだんだから、仲良くなる努力してくれないかな。それと冗談でも死のうとか死ねとかいうもんじゃないよ?」
いい加減、辟易としてきたコウガが文句を言うと、二人の美女は眉を寄せた。
「旦那様よ。努力とはなんじゃ? 生まれてこの方、そんなことをした覚えがないし、まさか、努力すればなんでも出来るなどという阿呆な考えは持っておるまいな?」
「そうですよ。けど、努力すれば仲良く慣れるなんて幻想を持つコウガちゃん、かわいい………。あのねコウガちゃん。努力したって大地は割れないし、空は落とせないのですよ?」
仲良くしろという話が大地を割る話に発展する思考回路に、コウガは目眩を覚えた。
────ちなみにこの時点で、とある国の勇者が努力に努力を重ね、さらに阿呆のように努力し、そこから呆れるほどの努力も積み上げていくことによって、素手で大地を割り、雄叫びで空をも落とせる力を得ているのだが、当然ここにいる者たちには知るすべもない。
コウガは仲裁を諦め、とにかくおとなしく歩こうと提案した。
それを了承した長身美女二人は、夜風を浴びながら黙々と街道を歩く。
「それにしてもさ」
コウガは沈黙を続ける175センチと180センチの美女を見上げて困り顔をした。
おっさんが表情豊かにそれをやると「あざとすぎる」「きもい」と不評なのだが、若い頃から培ってきたパリピスキルからはなかなか逃れられなかった。
「なんですかコウガちゃん」
「なんじゃ旦那様」
喋ることを許されたと知り、急に二人は顔色良くなってコウガを見る。
「いやぁ、二人ともほぼ裸だよね。町に入れてもらえるのかな、って」
ツーフォーのマントは、タオル代わりにするため自分で切ってしまったので、ほぼ布の役目を果たしていない。長い黒髪で隠していた乳房も、今は髪が短くなったので丸出しだ。
ドラゴン娘はその裸体を隠す気もないご様子だし、それよりも翼と尻尾は隠せないのかとコウガは心配になっていた。
「僕はさ、この世界に来て会ったのがツーフォーだけだからよくわかんないんだけど、その格好でも他の人たちはなんとも思わないものなの?」
地球でも少数民族は全裸に近い恰好をしているので「そういうものだ」と言われたら納得するしかないが、ツーフォーはハッと気がついたような顔をして「確かにこのままではまずいですね」と唸りだした。
「あ、やっぱりまずいんだ。………いやまてよ? まずいのにそんな恰好のまま僕と一緒にいたってことは、実はずっとツーフォーは恥ずかしかったんじゃないの?」
「いえ、コウガちゃんには何を見られても問題ないです。私も見てますし」
そうだった、とコウガは膝から崩れ落ちそうになった。
洞窟のトイレ後は、必ず見られたくない部分を洗浄される羞恥プレイをされていたことを思い出したのだ。
「しかし、私の体はコウガちゃんのものですから、余人に見せるわけには………服など簡単に手に入るものではありませんし………誰かここを通れば追い剥ぎするのですが………仕方ないのでもう、私の体を見た者すべて殺しましょう」
「平和的にいこうねツーフォー!」
「では、コウガちゃんは奴隷商ということにして、私たちを奴隷に見立てて紐をつけて四つん這いで歩かせるのはどうでしょう。それなら裸でも大丈夫かと」
「どうでしょうじゃないよね? 大丈夫じゃないよね? 服を着る方向で知恵絞ってくれない? あ、魔法でぽいぽい作れたりしないの?」
ドラゴン娘は「服くらいなんだというのじゃ」と呆れ顔だ。
「旦那様よ。異世界人であるそなたは知らぬだろうが、魔法とて万能ではない。無から有を作り出すような究極魔法を使える神のような者など、そうそうおらぬぞ」
────ちなみにこの時点で、とある国の勇者がそんな神のような魔法を有り難みもなくバンバン使いまくっているのだが、当然ここにいる者たちには知るすべもない。
「じゃあさ………追い剥ぎにあって服も剥ぎ取られた!って嘘つくとか」
「エフェメラの女として、そのような下衆な真似はちょっと………」
「そうじゃぞ旦那様。それはドラゴン族の沽券に関わる。嘘はいかん」
「え………、え~………」
この世界の常識とはなにか。コウガは頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます