第28話 世界

 太陽の光が見えそうになるまで泣いた。

少年はトドと一緒にずっと待ってくれていた。

目は恐らく泣きすぎてパンパンに腫れている。

一匹と一人はなにも言わずに待ってくれていた。


「ありがとう」


 いいよ、という返事の代わりに少年は軽く笑顔を返してきた。

トドは口を開けた。

多分、いいよ、ということだろう。


「ごめん、待たせて!行きましょ!」


 少年は驚いているようだった。


「お腹……空かない?」


 少年はとりあえず休みたいようだった。

確かにお腹は空いていた。

それに、自分の姿を見ると非常にみすぼらしい姿だった。

少年に頼むことにした。


「お腹空いたね、どこかで休もっか!私も服を直したいし……」


 お金はないため、直すしかなかった。


「直すの!?買うとかじゃなくて?」


 じゃあお前が買えよ。

といったかんじだ。


「うん…」


「僕がなんとかするよ!」


 心の中でニヤリと笑った。

思い通りになった。

黒リヴ全開だった。

黒リヴを心にしまい、静かな口調で言う。


「どうするの……?」


「水国の王女様に頼んでみたらなんとかなると思うよ!さぁ、いこう!」


 ニヤニヤが顔に出てしまいそうになる。

まだ、出してはいけない。

もう少し我慢だ。


「本当!?ありがとう‼」


 全力の笑顔を振り撒く。

チョロいもんだな、と黒リヴが言う。


「じゃあいこう!」


「ちょっと待つぼん!ぼんも行くぼん!」


 ボボンも着いてくるようだ。


「なんでついてくるの?」


 不満げに少年がいう。


「ぼんはそなたを案内する身。案内が終わるまでにそなたの身になにかがあってはいけないぼん。どこへでもついていくぼん。」


「わかった。じゃあいこう。マヨネーズ。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 太陽が少し見える時間に水国城門まえに移動した。

本当はリヴと二人で来たかったが、トドもついてきた。

トドは正直邪魔だった。

というのはリヴと二人きりになりたいというわけではない。

地面を擦りながら進むことが嫌だった。

ズズズズ、という音が耳障りだった。

しかし、ついてきてしまったものは仕方ない。

はぁと一息ついて城門前の兵士に声をかける。


「大豪師ロースです。王様に会えますか?」


「あ………あ…はい!分かりました!」


 何かに驚いているようだった。

突然目の前に現れたことか、朝早く訪ねてきたことか、それともこのでかくて邪魔なトドに驚いているのか。

なんにせよ、はやく休みたい。


「ここで待ってたらいいですか?」


 兵士は少しビクビクしながら言う。


「じょ、城内へ…どうぞ…。そちらの方々はお連れ様でしょうか?」


 リヴの美しさになのかトドの大きさになのかは分からなかったが、なにかに怯えているようだ。


「はい。」


「わかりました。玉座の間へ……どうぞ…。」


 玉座の間に行っても良いのかと驚いた。

どこかの部屋で待たされるのが普通だと思ったが、そんなことはいいかと頭の中から消す。


「マヨネーズ」


 玉座には王がすでにいた。

兵士たちも整列している。

王はなにも言えない様子だった。

リヴに見とれたのだろうか。

そう思ったら嫉妬心が湧いてくる。

リヴは誰にも渡さない。

もちろん、今は自分のものではないが、絶対に自分のものになる。

謎の自信があった。

恐らく運命というものだ。


しばらくすると王女が入ってきた。

とりあえず休む部屋を借りたいと申し出ると簡単に了承してくれた。

王は美少女であるリヴに興味を持つと思っていた。

しかし、どうやら王はリヴではなく、トドに興味がある様子だった。

王がトドについて何者か聞いてきたとき、トドは死の神の所まで案内するといった。

これには驚いた。

死の神とできたら戦いたくないというのが本音だ。

というより、ただでかいだけのトドが何をいっているんだというのが本音だった。

 遅れてゴギンが入ってきた。

ゴギンが問う。


「大豪師殿………その横にいる獣は…神獣ではありませんか?」


 そんなわけがない。

こんなオーラもなにもない間抜けそうなトドが。

第一トドは陸にいるものじゃないはずだ。

となりにいるトドを見上げるが全然強そうにも見えない。

否定しようとしたときトドが口を開いた。


「ぼんは今はもう神獣ではないぼん。」


(当たり前じゃん……神獣なわけないじゃん……ん!?!)


 聞き間違えかと思いトドの方を見る。

今はということは昔はそうだったということだ。

絶対嘘だ。

 ゴギンは詳しく聞きたいと、トドに言った。

そして視線をこちらに移した。


「腹は減っていないでしょうか?」


 はい、めちゃくちゃ空いています。


「お腹が空きました!」


 リヴも同時に叫んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 テーブルには肉料理、魚料理、小麦料理、など、さまざまな料理が置かれている。

普段はこんなにも豪華な食事ではないが、今日は違う。

例の少年が来ているからだ。

水国は王と王女、そして自分の三人、あとは兵士たちがテーブルの回りを囲むようにたっている。

一方少年達は、少年と少女、そして神獣と思われる獣の二人と一匹だった。

獣が座れるようなサイズの椅子がないため、用意はできず座ってないが、二人は大人しく座っている。


「やっぱりトンカツは無いんですね。」


 少年が少し残念がっている。

しかし、それ以外はいたって落ち着き払っていた。


「では、食べよ…」


 王がそういいきる前に少年達ははきはきと叫んだ。


「いただきます!!!」


 ありえないほどガツガツ食べる。

少女はきれいな顔立ちであるがその食べ方は決してきれいとは言えなかった。

まるで本能のまま、生きるために食べているかのように貪り食べていた。

王と王女も見とれているようだ。

獣の方は生魚でいいということだったため、生魚を大量に用意したが、それを器用に、鱗が引っ掛からないよう頭から食べていた。

 少し食べ進めると皆の食欲が落ち着いてきた。


「さて、神獣どの、話を伺ってもよろしいかな?」


「さっきの話かぼん?そのまんまぼん。ぼんは神獣だったぼん。ただそれだけぼん。」


 その話を聞き、王女が口を開く。


「神獣が入れ替わるという話は聞いたことがないのですが…なにかあったのでしょうか?」


「死の神…サナトスが本格的に動き出したぼん。サナトスの動きを封じ込めることが本来の神獣の働きなんだぼん。しかし最近突然サナトスの力が強まったぼん。そしてサナトスは自らの加護を受け入れし獣を使い神獣であるぼんを追い出したんだぼん。」


「神獣殿が負けたということか?」


 少し強い口調でいってしまった。

しかし仕方のないことだ。

神獣は生と死の世界の均衡を保つために重要な存在だった。

死の神が死を世界にばらまき、神獣はそれを人に影響のないようにする。

そうやって世界は回っていると聞いたことがある。


「そういうことになるぼん。なんとか生き延びることができたぼん………。今世界には生のエネルギーが足りないぼん。その影響なのか死の神の力も加護を受けた者の力も凄まじいものだぼん。だからこそ、この少年の力が必要だぼん。全てはこの少年次第だぼん。」


 神獣が負けたということ、そして少年が世界を救うということはすぐには受け入れられなかった。

神獣が負けるほど加護を受けた獣は強いのだ。

それを従える死の神はいかほどの力なのだろうか。

その死の神から世界を救うのは目の前にいる少年だという。

服装を除けばただのそこら辺にいる少年と変わらない。

こんな少年にこの世界を救えるのか。


「んぉほんっ……ボボン殿ともうされたかな?…それは世界が滅びるという解釈をして良いのかな?」


 王の質問でハッとした。

そうだ、まだ死の神の力が強くなったからといって世界が滅びるわけではない。


「恐らくサナトスは他の神獣にも同じように仕掛けているはずだぼん。全ての神獣がサナトスの支配下に置かれた場合、そこに生まれる者は『死』だぼん。つまり世界は死ぬ。」


「では、滅びるのですか…」


 王女が希望がなくなったかというような声で残念そうに言う。


「ところで王女様!」


 今まで静かだった少年が突然口を開いた。


「リヴの服がボロボロなので新しいのがほしいのですが……」


 あんな話をされたあとに少年から頼まれたら断れるはずがない。

少年に未来がかかっているのだから。


「わかりました。あとで新しいものを用意しましょう。大きさなどの関係もありますし、休まれた後、いつでも良いので私のところへいらっしゃってください。」


「あ、ありがとうございます!」


 少女は深々とお辞儀をしているくらいの声でお礼を言った。

座っているため深くお辞儀はできないが。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 何かの光に照らされて影ができている。

一つは大きな牙のある象のような影。

もうひとつはゆらゆらと揺れる影。


「サナトス様。あの少年がこの世界の…?」


「そうだ。あの者に恐怖を与え、死を覚悟させよ。さすればこの世界に死が溢れよう。」


「かしこまりました。」


「我の名のもとに死を与えよ。」


「はっ。」

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