第2話

 ちょうど、昇りきった太陽が、雲海を茜色に染め上げていて、美しかった。

 二匹を腕に抱えて雲海を見ていると、ルネッタがためらいがちに口を開いた。

「子竜の声も、しっかり聞こえるようになりましたね」

「・・・・・・そうだな。前までただの鳴き声でしかなかった」

「きっと、力が戻り始めているんですよ」

「そうだといいが」

 竜の言葉を聞ける人間は、神竜イグニスを守護する一族の特長だ。

 竜の声を聞き、それを人に伝える重要な役目。

 今となっては、リフロディアに生きる竜と、人間との仲立ちをするだけの力だが、彼らと意志疎通が出来るだけで、日々の暮らしは格段に違う。

 竜は人を助け、人は竜を助ける。

 この国では竜との共存は当たり前だが、他の国では伝説上の生き物になっていると、書物には書かれている。

 竜のいない生活がどんなものなのか分からないが、彼らにとって最後の楽園であるリフロディアを守ることこそ、ヴァレリたちの真の仕事であった。

「来年こそは、父さんと霊山に行きたいな」

「お兄さまなら大丈夫です!」

「ありがとう、ルネッーー」

 幾分か軽くなった胸に、鉛が投下されたような、重い感覚だった。

 ルネッタの背後に広がる空に、複数の黒い影が見えた。

 霊山のある方向から、じょじょに近づいてくるそれは・・・・・・

「戦艦ーー!?」

 他国への侵攻など望まないリフロディアに、兵器は一つとしてない。ましてや戦艦など、書物でしか目にしたことのない代物だ。

 それが今、成熟した竜よりも巨大な戦艦が、黒い煙を上げて飛行していた。

 戦艦の胴体に取り付けられていた細長いものが、リフロディアへ向けられる。

 ヴァレリは嫌な予感がして、ルネッタに向かって叫んだ。

「ルネッタ、警告を!」

「は、はい!」

 ルネッタは両腕を交差させて、糸を巻くように炎を練り上げる。

 できあがった炎の固まりを空に向けて放つと、火球は国の真上で四散した。

 それから間もなく、今まで一度として鳴ったことのない警報が、国中に鳴り響いた。

 警報が発令されて間もなく、国の端から薄い膜がドーム状に広がり、国全体をすっぽりと覆い隠す。

 国の防衛策であるシールドだ。

 完全にシールドが張られたと同時に、謎の戦艦から砲撃を受けた。

 シールドに弾が当たる度、国中が震撼する

 朝の支度をしていたであろう住民たちは、慌てて家から飛び出してくると、揃って空を見上げた。

「ありゃあなんだい!?」

「攻撃を受けてるよ! 逃げよう!」

「地下シェルターへ逃げるんじゃ!」

「そんなもん、どこにあるんだよ!」

 外界と接触を断っていたためか、こういった不測の事態に対して、住民たちの動きが遅い。

 逃げる者もいれば、戦艦を物珍しそうに見上げる者も居た。

 竜達は互いに身を寄せ合い、戦艦を怖々見上げている。

「まずい、竜達を隠さないと・・・・・・!」

 戦艦に乗っている者達が何者であれ、竜の存在を知られるのはまずい。

 彼らを守らなくては。

「ルネッタ、竜達を避難小屋へ! 俺は住民を移動させる!」

「お、お兄さま、あれをご覧ください!」

 ルネッタが悲鳴のような声を上げた。

 彼女の指さす方を見ると、戦艦の後部から、何か吐き出されたのが肉眼で見えた。

 人だ。

 降下してきた彼らは、ある程度の高さで背中で傘を広げ、ゆっくり降りてくる。

 遠くてヴァレリの目ではよく見えないが、何かを手に持って、構えていた。

 何をするつもりなのか、固唾を飲んで見守っていると、彼らの得物がシールドに触れた。

 空に激しい閃光が走る。

 ヴァレリは思わず目を背けたが、自分の前にルネッタが走り込んでくるのが見えた。

 彼女は両腕を広げ、ヴァレリを守るようにして立つ。

 やめろ、と叫ぶより先に、間近にシールドの破片が飛来した。

 ・・・・・・シールドが、破られたのだ。

 砂煙と悲鳴、わずかに血臭がただよう周囲。

 ルネッタは、ヴァレリに覆い被さったまま、動かなかった。

「ルネッタ・・・・・・?」

「・・・・・・っ、ご無事ですか、お兄さま」

 体中擦り傷だらけの彼女は、自分の体よりも先に、ヴァレリの身を案じた。

「俺は平気だ。お前、怪我を・・・・・・!」

「わたくしの事は、お気になさらず。それよりも」

 彼女は背後に視線を向け、周辺の気配を探った。

「大勢の人間が空から降りてきています。殺気を感じます」

「守衛たちは?」

「来ています。ですが・・・・・・」

 彼女の言葉が続かない。

 考えたくないが、恐らく謎の侵入者によって、すでに殺されているのだろう。

 ヴァレリは即座に剣を抜いた。

「ルネッタ、砂煙をどかせ! あと、俺の体を強化しろ!」

「かしこまりました」

 ルネッタは腰を低くし、瞳を閉じる。

 次に開かれたとき、空色だった彼女の瞳は赤く燃え立ち、輝いていた。

 瞳の輝きが増すのに合わせ、風がルネッタを包み込む。

 螺旋を描いていた風が弾け飛ぶと、彼女の姿は一頭の竜へと姿を変えていた。

 エメラルドの鱗が陽光を浴びて輝き、咆哮が砂煙を打ち払う。同時に、ヴァレリには祝福を与えた。

 体の底からわき上がる力を感じ、ヴァレリは駆けだした。

 ルネッタが砂煙を払ってくれたおかげで、中央街の様子がはっきり分かる。

 様子を伺いに外へ出ていたであろう住民たちは、皆血を流して地面に倒れていた。

 それを踏みつけ、黒い甲冑に身を包んだ連中が、見たことのない細長い得物を手に駆け回っていた。

 逃げまどっていた竜達は縄で締め上げられ、連れて行かれようとしている。

 リフロディアの守衛たちも竜にまたがって応戦しているが、連中のもつ得物から発せられる謎の弾丸によって、じょじょに圧され始めていた。

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