第199話 幕間 エレインの現在

 私の名はエレイン。

 一月程前に、ここセラン荒野に赴任してきた内政官だ。

 この領地の状況は、一言で言えば、異常だった。


 新興の領主ということなので、期待はしていなかった。

 さぞ内政状況は酷いものなのだろうと、予測はしていたのだ。

 しかし――。


 私がこの領地で目にしたのは、内政と呼べるものですらなかった。

 まず領主が働かない。

 それなのに、妙な畑が無限に食料を生み出す。

 そのせいで、この領地の豊かさは王国随一と言っても良かった。

 肝心の領主は、放蕩三昧を繰り返しているというのに。

 本当にクズ野郎だと思う、のだが……。



 私は今、自宅兼執務室で、領主の代わりに戸籍の作成に追われていた。

 まずは何をするにしても、戸籍がないと話にならないのだ。


 昨日も遅くまで作業していたせいで、疲れが溜まっていた。

 凝った肩をほぐしながら、窓の外に目をやる。

 もう昼過ぎだった。

 仕事に没頭していると時間が経つのが早い。

 そろそろ領主がやって来る時間ではないか。

 後少しだから、頑張ろう。

 そう気を引き締め直して机に向かう。


「…………」


 そして、私はある違和感に気づく。

 ちょっと待って欲しい。

 後少しだから頑張ろうって何!?

 これではまるで、あの男が来るのを楽しみにしているみたいではないか。

 そんな事は断じてないのに。

 いや、疲れているのだろう。

 私がさっき思ったのは、もうすぐ彼が来るので説教してやろうという意味だ。

 いやいや「彼」って!!

 仮にも上司にその呼び方はないだろう。

 だって、それではまるで……。

 私は悶々としながら頭を抱えた。

 そんな時。


「よぉーす、エレイン!」


 例の領主が呑気な顔でやってきた。


「……閣下」


 その男は、いつ見ても凡庸そうな顔をしていた。

 黒髪黒目の自分よりだいぶ年下の男。

 中肉中背で、正直異性としての魅力は感じない、けど。


「また仕事してんのか?」


 ええ、本来ならあなたがやるべき仕事を。

 そう皮肉交じりに答えようとした時だった。

 光の加減だろうか。

 不意に男の凡庸な顔が凛々しく見えてしまった。

 そうなのだ。

 この男は、近くで見ると結構は顔立ちは整っているような気がしなくも――。

 いやいや、これではどこかの頭空っぽエルフと同じではないか!

 私は違う。私は違う。

 必死に自分に言い聞かせながら、何故か脈打つ心臓を抑え込む。


 思わず領主から、視線を反らせていると机の下がゴソゴソ言い出した。

 え、何?

 不審に思って、覗き込もうとすると、突然、ふとともに手が添えられた。

 ガバっと開かれる両脚。

 履いていたスカートが捲れ上がる。


「ちょ、ちょっと! 閣下!?」


 なぜか領主が私の股の間にいた。

 嬉しそうに笑っている。

 身の毛のよだつような……気がしたのに。


「まあまあ、エレインはそのまま仕事を続けてくれればいいからさ」


 そう言いながら、領主が私の内ももに舌を這わせる。

 思わず腰が引けた。

 生暖かくて、湿った感触。

 じわじわとした弱い刺激。

 だというのに、じんわりと身体の奥が熱くなっていく。


「ん……んあっ! か、かっか」


 自分から出た媚びきった声に愕然とした。

 こんな声を出すつもりじゃなかったのに。

 誤魔化すように、机の書類に目を落とす。

 そうだ。

 こんな変態は無視して仕事に没頭すればいいのだ。


「気持ちいいか?」


「……いえ、全く」


 先程作成した書類の確認に集中しながら、冷たくあしらう。

 気持ちいいわけなんてないのだ。

 ももを舐められたくらいで。

 彼は、私の返答にものすごくがっかりとした表情を浮かべていた。

 いい気味だと思いつつも、ちょっとがっかりし過ぎな気もする。

 そんな顔をしないで欲しい。

 私が意地を張ったのが悪いみたいで、切なくなってしまう。

 い、いや意地なんて張ってないのだが。


 その時、股間に熱い吐息がかけられた。

 男が私のパンツにキスを繰り返している。

 反則だった。

 そんなところにキスをして良い訳がない。

 弱いながらも鮮烈な刺激が私を襲う。


「ちゅばっ! ちゅばっ!」


 卑猥な音を立てて股間を舐められ出すと、私は書類の束を床にばらまいてしまった。

 だって、仕方ない。

 恥ずかしさで顔から火を吹きそうだった。

 こんな事をされたらバレてしまう。

 湿ってきつつあった事が。

 パンツを濡らすのが、閣下の唾液のせいだけではない事が。


 とても仕事なんかできる状態じゃなかった。


「い、いい加減にしてくださいっ!」


 本当に叫びたいの別の言葉なのだけれども。

 そう大きな声を出しただけでも、少し気が紛れた。


 しかし、素直に聞く男ではないのは分かっていた。

 それどころか、男は私のパンツをずらして、直接秘所に舌を這わせる。

 もう何も考えれなかった。

 心臓が激しく脈打っている。

 さっきから聞こえる荒い呼吸は本当に私のものなのだろうか。

 意識が勝手に、男の舌に集中されていく。


 秘所の外周をなぞるように、ゆっくりと這う舌。

 粘膜の滴りをすする卑猥な音が響く。

 徐々に前方へと向かっていく舌。

 その先にあるものに思いを馳せて、胸が狂おしいほどに高鳴っていく。


「……かっか」


 遅々として進まない男の舌がもどかくして。

 その後頭部に手を添えてしまった。


「…………え?」


 不意に男の頭が股間から離れる。

 濡れた秘所に、冷ややかな風が当たった。

 まだあそこを舐めてもらっていないのに。

 一体私が何をしたというのだろう。

 せつなすぎて泣きそうになってしまう。

 なぜこんな理不尽な事をするのか。

 期待に膨らんだ陰核がは、痛いほどに腫れているというのに。


 ってええええええええええ!?


 思わず頭を抱えて蹲りそうになった。

 陰核クリトリスとか!?

 何を言っているの私は!?

 流されやすいにも程がある。

 突然、上司に痴漢されたんだから、このクズをひっぱたくべきでしょうが!!


 なんとか踏みとどまって思い直す。

 自我が残っていて良かったわ。

 今ならまだ大丈夫。

 さっさとクズを説教して――。


「エレイン……」


 突然、閣下に抱きしめられた。

 ものすごく優しく。

 安心する温もりが、私の怒りを和らげる。

 いやいや!

 これくらいで騙されてはダメだ。

 さっきあそこを舐めてくれなかったのに。

 あ、あれ、それで怒ってたんだったっけ??


「続きはベッドでしようか?」


 耳元で囁かれた。

 なんだ……そういうつもりだったの。

 心の底から安心してしまう。

 続きをしてくれる気があって良かっ――。

 いやいやいや!

 ふざけるなとひっぱたくべきなのだが。


「べ、別にいいですけど」


 口からは勝手にそんなセリフが漏れていた。

 えええええ!?

 自分に絶望した。

 別にいい訳ないわよね?



 あとはされるがままだった。


 瞬く間に服を脱がされて、ベッドの上で年下の男に良いようにされた。

 先程の愛撫で、私の身体は悲しいくらい出来上がっていたのだ。


 男の手練手管は、抗いようのないものだった。

 私がキスして欲しい時に、唇を重ね、触れて欲しい場所に触れてくれる。

 中に入ってきて欲しい時も、絶妙だった。


 為す術もなく快楽が膨れ上がっていく。

 坂を転がっていく雪玉のように。


 私の身体に夢中で貪りつく男。

 おぞましい光景のはずなのに……。


 この男はずるいのだ。

 やっていることも言っていることも全てがクズなのに。


「……エレイン」


 その声は誰よりも暖かくて。

 私を見つめる瞳は、底抜けに優しい。

 レイプをしているくせに、慈愛に溢れている。

 その手付きも、唇も、腰使いも。

 愛情に溢れている。


 そもそもこれはレイプなの?

 …………。

 それだけは考えちゃいけないと、私は行為に没頭する。

 軽蔑していた娼婦のようなだらしない嬌声を叫びながら。



 最近は、こんな事が毎日だった。

 ただクズ野郎のはずなのに、どうしても嫌いになれない。

 いえ、嫌いだけれども。

 男に抱かれていると、全てがどうでも良くなっていく。


 今、目の前で腰を振っている男の瞳。

 そこに写っているのは、エルフでも吸血鬼でもなく私で。

 私の瞳にも同様に男しか写っていないだろう。

 その事に、どうしようもない幸福を覚えてしまう。


 この気持ちに、私はどう応えれば良いのだろう。

 内政官としてこの男の下で働くだけで足りるのだろうか。

 いや、そんなのは当たり前の事をしているだけだ。

 もっと何か。


「そろそろ出すぞ、エレイン」


「は、はい! 私もお供します」


 抱きしめてくれる男の背中に手を回しながら、私の頭は真っ白になっていく。

 信じられない程の大声で鳴きながら、満たされていく幸福感に浸る。


 もっと何か。

 この男を至高の存在にしたい。

 私にとっての至高であるだけではなく、あまねく全て人間にとっての至高の存在に。

 男の出世を願ってしまうのは、私が女だからだろうか。

 かすれゆく意識の中で、私はぼんやりとそんな事を考えた。



「どうだ? 気持ちよかったか?」


 私の乳房を弄びながら、男が聞いてくる。

 私は全力で砕け散っていた理性の欠片をかき集めた。

 負けるな、私!

 今が正念場だ。


「……………………いえ、全然」


 よし、言った!

 言ってやったわ!!

 私の勝――。


「なら、もう一回やらないとな!」


 再び男が抱きついてくる。

 何を言っているのだろう、この男は。

 もう一回なんてされたら……。


 私、イキすぎておかしくなっちゃうよ、閣下……。


 こうして私のセラン荒野での日々は進んでいく。

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