第85話 深淵魔法

 気が付くと家の前に立っていた。

 ノリコさんからは開放されたらしい。

 時間帯は夜更けのままで、辺りからは虫の鳴く声が聴こえる。


「ひいいっ!」


 突然、女の悲鳴が聞こえた。

 見れば、ミレイが腰を抜かしている。


「何をしている?」


「……突然、何もないところからコウさんが出現したので、びっくりして」


 ノリコさんの部屋から帰ってきた瞬間を丁度見られてしまったらしい。

 かなりのタイミングな気がするが。

 というか、今は恐らく午前2時とか3時だ。


「それは悪かったけど、こんな時間に何をしているんだ?」


 若い女性が一人で出歩くような時間ではない。

 別に繁華街を歩き回っているわけではないし、というかむしろ周りに人なんて住んでいないので、モンスターに襲われる危険しかないのだが。

 それはそれで危険だ。


「え? ええと、眠れなかったので、ちょっとお散歩を……」


 なぜか気まずそうに目線を反らせながら、ミレイは言う。

 夜中に散歩するのは感心しないが、まあミレイの自由だし。


「そうか。早めに帰ってよく寝ろよ?」


 深夜徘徊癖でもあるのだろうか。

 気持ちは少しわかるが。

 夜中は人が少なくて気が楽だ。

 引きこもりでも、安心して外出できる。

 若い頃は、夜中に深夜営業のラーメン屋とかによく行ったものだ。

 昼間は絶対に行かないけど。

 そういえば、久しぶりにラーメン食べたい。

 最近は歳のせいか、こってりしたものは受け付けなくなったが。

 身体が若返っているので、今ラーメン食べたら美味しそうだ。


 そんな事を考えながら、立ち去ろうとした。


「……はい。あ、あの」


 しかし、ミレイに呼び止められてしまう。


「す、少しお茶でも飲んでいきませんか? その、相談したいこともありますし」


 ミレイは恥ずかしそうに、そんな事を言い出した。

 深夜に自宅に男を誘うとか。

 これでは、何をされても文句は言えない。

 なんと不謹慎な。

 しめしめ、と思わなかったと言ったら嘘になるが、俺はミレイに、夜中に男を招くことの危険性を判って貰いたくて心を鬼にする。

 なので、ミレイの細い腰に手を回して、軽いセクハラをするのも仕方ないのだ。


「わかった。行こうか」


「……はい」


 ミレイの腰を撫で回しながら、その場を後にする。

 うーむ、良いくびれだ。

 ミレイは恥ずかしそうにしながらも、抵抗しなかった。

 セクハラに寛容な所は、ミレイの美点の1つだと思う。


 そのまま、俺たちはミレイの家に向かった。

 といっても数メートルしか離れていないが。


 ついさっきノリコさんに怒られた気がしたが、この時の俺はミレイをどうやって押し倒すかしか考えていなかった。




「……それで、あの、相談なのですが、そ、その、夜中に」


 数分後、俺はミレイん家で相談を受けていた。

 ミレイの相談は物凄く曖昧でまどろっこしく、要領を得なかった。

 ただ、要約すると。


「つまり、毎晩ルーナのあえぎ声がうるさくて、眠れないと?」


 ミレイは恥ずかしそうに頷いている。

 物凄く端的に言ってみると、ミレイの相談とはそういうことだった。

 なるほどなるほど。

 いつのまにか、深刻なご近所トラブルが発生していたらしい。

 ミレイの様子からすると、かなり困っていたけど、恥ずかしくてなかなか相談できなったっぽい。

 そりゃそうだ。


 というか、睡眠を妨げるレベルとか。

 慰謝料どのくらいとられるのだろうか。


 そういえば、以前、ヴァンダレイジジイにも怒られた気がする。

 あの時は、次の日からルーナに声を抑えさせてみたが、くぐもった感じのあえぎ声を出すルーナは、なんというかエロさ3割増で、俺が一層燃えてしまって、結局声を抑えきれなくなるという二次災害が発生した。

 あれは楽しかったので、ぜひまたやりたい。


 とはいえ、どうしよう。

 そばで聞いている俺としては、特にうるさいとは思わないし、むしろ録音して一人の時に聞き入りたいくらいなのだが。


 解決策が全然思いつかない。

 ちなみに、ルーナを抱くのを控えるという選択肢はない。


「……困らせてしまってごめんなさい。お二人はご夫婦なので、そ、その、そういう事をしていても全然問題なのは、わかっているんですが……、な、なんというか、ルーナさんの幸せそうな声を聞いていると、その、さみしいというか、せつないというか」


 ミレイはもじもじしながら、顔を赤らめている。

 なんだろう、この反応は。

 騒音問題に怒り心頭で、訴えてやる! 的な雰囲気ではない気がする。

 むしろ、なんというか……。

 いやいや、さすがにそれは口に出してはいけない気がする。

 女性に対してあまりに失礼だ。

 俺にも最低限の礼儀というものは――。


「つまり、ルーナの声に当てられて、欲求不満になっていると?」


 とかなんとか、思いつつも思い切り声に出していた。

 己の会話スキルの低さにびっくりである。

 俺に腹芸なんてできないのだ。


「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですかっ!」


 ミレイは煙が出そうな程、顔を真赤にして叫んでいた。

 さすがに、言葉に出したのを申し訳なくなってしまう。


「……ただ、そ、その、出発前に、帰ってきたら抱いてやるって、言ってたのに、いつになっても、その、抱きに来てくれないのは、ちょっと……。毎日、身体を綺麗にして、待ってるんですけど……」


 ミレイは顔を真赤にしながら、視線をちょろちょろと彷徨わせている。

 その声は物凄く小さくて聞きづらかったが、難聴ではない俺にははっきり聞こえた。


 俺は目を瞑って、ミレイの言葉を反芻してみる。

 そして、思ったのだ。


 今ここに、誰にも疑われようのない同意が成立した。


 もうこうなったら、実行あるのみである。

 脳裏に怒ったノリコさんの顔が浮かぶが、ノリコさんが怒るのはよくあることなので気にしないことにする。


 俺は勢いよく席を立つと、戸惑うミレイを抱き寄せた。

 その柔らかさを全身で味わう。

 そのまま、唇を吸うと、ミレイの身体は小刻みに震えていた。


「緊張しているのか?」


「……初めてではないですけど、ちょっと、まだ、恐くて」


 ミレイは山賊たちに純血を奪われたと言っていた。

 その時のことを思い出しているんだろうか。

 というか、こういうことにロクな思い出はないだろう。

 俺の日々のセクハラでそういった思い出を塗りつぶせたら良かったのだが。

 あれはただのセクハラにしかならなかったらしい。

 残念だ。


「なるべく優しくするから安心しろ」



 そんなわけで、俺は可能な限り優しくミレイを抱いた。

 いつもより前戯を多めに。

 ルーナやセレナを抱く時のように、己の欲望をぶつけまくるのではなく。

 繊細なガラス細工を扱うように丁寧に。


 先日、取得したばかりの房中術スキルの本領の真価を見よ!


 まあ、ただねっとりとミレイを味わっただけだが。


「……すごく良かったです」


 一戦を終えた後、ミレイは満足そうに言ってくれた。

 なかなかの達成感である。

 今俺たちは、ミレイのベッドの上で抱き合っている。

 ミレイは幸せそうな笑みを浮かべて、俺の胸板に頭を乗せていた。


 お分かりいただけただろうか。

 事後の女が、正気を保っている事実に。


「初めてもコウさんが良かったです」


 ミレイははっきりとした声で、そんな嬉しい事を言ってくれる。

 普段だったら、俺が抱いた後の女はだいたいアヘ顔で意識を失う。

 カンナさんは例外だが。

 ミレイは全くアヘっていない。

 優しく抱いたせいもあるが、これはルーナへの気遣いだった。

 俺は今、浮気をしているわけではないのだ。

 俺の定義では浮気とは女をアヘらせるまで抱いて、初めて浮気が成立する。

 以前、ルーナが浮気の定義について、ギャーギャー言ってた気がするが、アレは世の中を知らないのだ。

 とにかく、今、俺は浮気をしているわけではないのである。

 ちなみに、セレナは思い切りアヘっている気がするが、時間を止めてもらっているのでノーカンとする。

 まったく、自分の貞操観の高潔さに驚くぜ!


 そんな事を考えながら、俺はミレイの後頭部を優しく撫でいた。

 ミレイの栗色の癖っ毛は触り心地が良い。


「……コウさんって何者なんですか?」


 不意にそんな哲学的な事を聞かれた。

 自分が何者か、それは人生の命題であって――。


「若いのに、魔法もたくさん使えてすごく強いし、簡単に女を魅了するし、神聖な雰囲気を漂わせながら、何もない場所に突然出現するし」


 あーそういうことか。

 そういえば、ミレイにはまだ俺が異世界から来たということを言っていなかった。

 ルーナが頑なに隠そうとするので、乗っかっていたのだが。


「だいたい、見た目は若いですけど、なんか年下って感じがしないです」


 ミレイに出会ってから、今までで、だいぶ怪しまれるような行動をとってきた気がする。

 ミレイは聡明だ。

 さすがにもう誤魔化しきれないだろう。

 というか、もう俺の女なので、誤魔化す必要はないのである。


「実はな――」


 そんなわけで、ミレイに一切合切全て話た。

 本当は32歳であること、異世界から来たこと、ノリコさんのお陰で色んな恩恵を受けていること等を。

 かなり荒唐無稽な話だとは思うが、ミレイは疑いもせずに黙って聞いてくれた。


「――英霊エインヘリヤル」


 全てを聞きえると、ミレイは俺の顔を見つめながら、そんな事を呟いた。


「ああ、そうそう」


 ノリコさんもそんなことを言っていたので、頷いておく。

 エインなんとかは、多分英語ではないので、なんとなく覚えにくい。


 ミレイはゆっくりと身体を起こすと、片膝をついて、神に祈るようなポーズをした。


「……おお、神よ」


 というか、本当に祈っているらしい。

 窓から差し込む、僅かな月明かりに照らされて、幻想的な光景だった。

 ただ、裸のミレイがそんな事をしていると、背徳的なエロさが漂ってきて、俺はぐっと来てしまう。

 裁縫スキルが上がったら、ミレイにシスターさんの格好をさせて押し倒そうと決意した。


「……今、ようやくわかりました。全ては神のお導きだったのですね」


 そう言いながら、ミレイが俺を見つめる。

 俺には全然わからないのだが。


「なぜこの私が、あなたのような年下の男の子に惹かれるのだろうと、ずっと疑問だったのです」


 それはいつかの河原で俺のキステクにやられただけの気がするのだが……。

 さすがにそれは口に出さなかった。


「あなたが神から遣わされた英霊エインヘリヤルなのであれば、私があなたのものになるのは自明の理です。なんでも致します。ですので、どうか人々をお導き下さい」


 そう言って、ミレイに跪かれてしまった。

 え、何この展開。


「う、うむ」


 とりあえず、ベッドに横になったまま、片手を上げて頷いてみた。

 というか、なんでもするって言った?


「じゃあ、もう1回やらせてくれない?」


「ええ!? い、いえ、いいですけど。さっきしたばかりじゃないですか?」


 さっきは1回しかしていない。

 1回なんて四捨五入すれば0だ。

 していないのと同じなのである。


 俺はミレイの手を引いて抱き寄せた。

 そして、そのまま2回目に突入した。


 ミレイはさっきよりも必死に俺に応えようとしてくれた。

 ややぎこちなかったが、その仕草が健気で。

 俺はちょっぴりだけ本気を出してしまった。

 ムチッとしたミレイの身体は、物凄く魅力的だったのだ。

 気づけば、3回目、4回目と続き――。


「あ、あへぇ」


 気づけばミレイは白目を向いていた。

 なんかそれっぽいセリフを口にしているし、目も虚ろだが、これはアヘっているわけではない。

 まだ涎を垂らしていない。

 俺のアヘり定義では涎を垂らしていなければ、アヘっているとは言わないのである。

 なんか口元が濡れている気がするが、あれはさっき俺が舐め回したからだ。

 つまり、ミレイはアヘっているわけではない。

 よって、俺が浮気したわけではないのである。

 セーフ、誰が見てもセーフだ。


 とりあえず、脱力したミレイに別れを告げて、俺は家に帰ることにした。

 なんか何も解決していない気がするが、気のせいだろう。


 外に出ると、空が白んじて来ていた。

 そろそろ夜明けだろうか。


 しかし、俺の戦いはここから始まるのである。

 今から、ルーナにバレない完全犯罪を成し遂げ無くてはならない。

 いや、別に浮気したわけではないのだが。

 ルーナは匂いに敏感だ。

 俺が誰かとやった後に帰ると、擦り寄ってきてくんくん匂いを嗅ぎ、他の女の匂いがするとか言うのである。犬かよ。

 多分、今ルーナは寝ているのだろうが、起きたら匂いを嗅がれてしまうかもしれない。

 普段、セレナやカンナさんとやった後は、セレナ邸の風呂に入ってから帰るのだが、さすがにこの時間にミレイん家の風呂に入るのは失礼だろう。

 あとでミレイが起きた後に、風呂を立ててやろうとは思うが。


 とりあえず、俺は外で水浴びをした。

 コソコソと身体を洗って、ミレイの匂いを落とす。

 ちょっともったいない気がした。


 身体を洗い終えて気づいた。

 タオルがない。

 このままでは風邪を引いてしまうが、家に帰ってタオルを探していたらルーナが気付いて起きてしまうかもしれない。

 それだけは避けなくてはならなない。


 そして、俺はルーナがよく風魔法で髪を乾かしているのを思い出した。

 魔法は戦いの道具だとか言ってるくせに、風魔法をドライヤーみたいに使っている件について、小一時間くらい問いただしたいが、今はそんな事はどうでもいい。

 俺は風魔法で身体を乾かそうと思った。

 スキルポイントは余っているし、そのうち風魔法も取ろうと思っていたし。


 そんなわけで早速、風魔法を取得してみる。


『スキルポイントを1ポイント消費しました。』

『風魔法LV1を取得しました。』

『風魔法LV1:《風生成》が使用可能になりました。』

『使用可能スキルポイントは8ポイントです。』


 判ってはいたが、風魔法レベル1は《風生成》だった。

 《風生成》と念じてみると、手の平から生暖かい風が流れる。

 うん。ドライヤーだ。

 その風力はかなり身体に優しい感じで、殺傷能力とかは無さそうだ。

 むしろ、ドライヤー以外になんの使いみちがあるのかわからない。

 それにしても、どの魔法もレベル1はしょぼいな。


 そんな事を考えていた時だった。


『エクストラスキル解放条件を達成しました。』

『解放条件:全ての属性魔法を習得する。』

『解放スキル:深淵魔法スキル 時間魔法』

『解放スキル:深淵魔法スキル 空間魔法』

『解放スキル:深淵魔法スキル 精神魔法』

『解放スキル:深淵魔法スキル 重力魔法』

『取得に必要なスキルポイントはそれぞれ10です。』


 おおおおおお。

 なんかヤバイの開放された。

 火魔法や水魔法等の属性魔法コンプで、深淵魔法が取得できるようになるのか。

 というか、10ポイントも消費するのかよ。

 今残っているスキルポイントは8なので、少し足りない。

 とはいえ、あと2つレベルを上げればいいだけだ。

 ぜひ、深淵魔法は取得したい。

 特に時間魔法。

 時間魔法をとれば、セレナ以外との浮気もし放題だ。

 ミレイも思う存分抱けることだろう。


 いや、10ポイント消費はかなり痛いので、もう少しちゃんと考えるが。


 そんな事を考えながら、俺は《風生成》を発動させて、ぶおーっと身体を乾かした。

 というか、浮気を隠すために深淵魔法の扉を開けてしまうとは……。

 そこになにか深い意味があるのだろうか。

 いや、絶対にないが。



 身体を乾かし終わると、俺はこっそりと我が家のドアを開けた。

 息を殺して、そろそろと階段を上がる。


「う~ん、う~ん、コウ……」


 ルーナは空いてしまったベッドの隣をさすさすしながらうなされている。

 ちょっと罪悪感が込み上げてくる。

 静かにベッドに上がると、そっとルーナを抱き寄せた。

 すると、うなされて苦しそうだったルーナの顔は穏やかになり、くーくーと静かな寝息を立て始める。

 よかった、安心してくれたみたいだ。

 穏やかなルーナの寝顔を見ていると、俺も自然と目蓋が重くなり――。


 俺は少しだけだが、眠ることが出来た。

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