第42話 襲撃

 俺は、恐る恐る家の入口から外を覗きこもうとした。


「馬鹿! 危ない!」


 突然、ルーナに首根っこを掴まれる。

 そして、たった今まで俺の頭部があった場所に矢が飛んできた。

 矢は家の壁に当たって、カランと音を立てて落ちる。

 カラン、カランと同じような音が何度かした。


「多分、野盗だ」


 ルーナはまだ鼻をグズグズさせながらも、荷物から弓矢を素早く取り出して身を低くする。

 俺もとりあえず、剣を生成して同じように身を低くしながら、ルーナに問いかける。


「野盗って家を焼いたり、物を強奪したりするアレか?」


「うん」


「うちに強奪するものなんてないだろう?」


 本気で金目の物なんてうちにはない。

 野盗が来る意味がわからない。


「そうだけど、あいつらがそういう事を考えるのは、住人を殺した後だ。だから、あいつらに襲われたら、まず戦わないと」


 なにそれ怖い。

 俺とルーナはこそこそ会話しながら、外を警戒する。


「……そろそろ来るぞ」


「じゃあ、いつもみたいに俺が前に出るから、お前は後ろから援護してくれ」


「うん。……気をつけろよ?」


「ああ」


 ルーナと簡単な打ち合わせを終えた時、家の入口から突然、数人の男が踏み込んできた。

 踏み込んできた男達は皆薄汚れていて、半裸に近い格好だった。

 錆びた剣やナタなどを手に持っている。

 なんというか、想像通りの世紀末でヒャッハーな感じの男たちだった。

 というか、こいつらが入ってきた瞬間に何とも言えない酸っぱい臭いが立ち込める。

 男たちは物凄く臭かった。

 風呂に入っていないのだろうか。


「……へへっ、大人しくしな」


 そんなテンプレ丸出しの事を言う野盗に向かって、踏み込む。

 軽く切りつけただけで、野盗の持っていた剣を弾き飛ばしていた。

 剣の腕は大したことないようだ。


「な、なんだお前」


 俺は返す刃で、野盗の首を飛ばそうと――して、剣の腹で顔を打ち付けていた。

 さすがに人間を殺すのは躊躇われる。


 続けざまに、他の野盗たちも剣の腹で昏倒させる。

 最初の一人だけは、顔に手を当てて、呻いていたが、ルーナに蹴り飛ばされて気を失っていた。


 これで家の中に入ってきた奴らは全員倒したが、外からはまだ人の声が聞こえてくる。


「外に出る。お前は家の中から援護しろ」


「うん。わかった!」


 俺は剣を構えたまま、家から出る。

 そして、愕然とした。

 そこには、すごい数の野盗がいたのだ。

 半裸でむさ苦しい男たちが10人、いや20人はいる。

 俺は思わず悲鳴を上げそうになった。

 男たちの醸し出すアウトロー感は、なんというかヤ○ザを連想させる。

 ここが日本だったら、絶対に近づかない。

 対人恐怖症も合わさって、俺は身体が小刻みに震えだしそうだった。

 今すぐルーナにしがみつきたい。


「ああん!? なんだお前!? やんのか、コラァ!」


 野盗の一人が、物凄く大きな声で、物凄いガンを飛ばしてくる。

 顔面の酷く歪めながら、顔中にビキビキと青筋が浮かんでいた。

 どうしよう。

 すごく怖い。

 ああ、俺がサイフを持っていたら、間違いなく万札を取り出して謝るのに。


 しかし、そんな野盗の額に、ターンと矢が突き刺さる。

 いつか見た光景だった。


 俺の背後でルーナが矢を放ったのだ。

 相変わらず容赦がない。


「ケ、ケイン!?」


「おい! ケインがやられたぞ!」


 野盗達が突然、ざわめき出す。

 皆それぞれの武器を構えて、怒声を張り上げながら威嚇を開始しだした。


「……あのう、一応言っておきますけど、うちにはみなさんが欲しがるような物はありませんよ?」


 俺はとりあえずなんとか諦めて帰ってくれないだろうかと思いながら、小さく声を上げてみた。

 自分で言うのもなんだが、俺の声はかすれている上に、少し震えていて、小物感が半端ない。


「トボけた事言ってんじゃねえよ」


 その時、野盗達の中から、ズシンという大きな足音がして、筋骨隆々の大男が現れた。

 大男は他の男達と同じように半裸で、手には大きな斧を持っていた。

 やっぱりこういう感じの人間は、斧を使うらしい。

 大男は人間というよりオークに近い感じがする。


「そこいるじゃねえかよ。俺達が欲しがるものがよ」


 大男は、下卑た笑みを浮かべて、俺の背後に目を向けた。


「……え?」


 そこには怯えた表情を浮かべたルーナがいた。

 ルーナは弓を構えながらも、わずかに後ずさる。


「あの女の言った通りだったぜ。こんな所にこんな上玉のエルフがいたとはな」


 大男の声に反応するように、周りの野盗達が下品な歓声を上げる。


「俺達の目的はそのエルフだよ、小僧。そこをどきな。怪我するぜ?」


 野盗達の目的はルーナだったらしい。

 もっと早く追い出しておけばよかった。

 美人はこれだからめんどくさい。

 そんな事を考えながら、俺は目の前が真っ赤になっていくのを感じていた。


「……なんで俺が、どかなきゃいけないんですか?」


「はあ? お前は馬鹿か? この人数を相手に、お前みたいな小僧が敵うわけないだろうが。怪我したくなかったら、俺がそのエルフを犯すのをその辺で見てろって言ってんだよ」


 その言葉にカチンと来た。

 剣を握る手に力がこもる。


「いい子にしてたら、俺達が満足した後にヤラしてやってもいいぞ? それまでそのエルフが耐えられたらの話だがな」


「その前に、奴隷商人に売り飛ばしましょうや。このエルフならすげえ値段で売れますぜ」


「ああ、それもいいな。ガハッ、ガハハハ!」


 野盗達がゲラゲラと下品な笑い声を上げる。


「……お、おい。私の事は気にしなくていいから、落ち着けよ?」


 後ろでルーナの心配そうな声が聞こえる。

 気にしなくていい?

 ……そんなわけにいくか。


「ナメたこと言ってんじゃねえぞ、このオーク野郎が!」


 自分でも驚く程、大きくて粗野な声が出た。

 笑っていた野盗達が、驚いたように静まり返る。

 俺は完全にブチ切れていた。


 斧を持った大男に飛びかかる。

 剣を思い切り振りかぶった。


「死ぬ気か、小僧」


 金属音を響かせて、俺の剣と、大男の斧がぶつかる。

 大男は、斧で俺の剣が受け止めれると思ったのだろう。

 しかし、俺の筋力はブーストがかかっている。

 俺の剣は、メキメキと大男の斧を押しつぶすと、そのまま大男を両断した。


 おびただしい血を撒き散らせながら、大男は肉の塊となって崩れ落ちていく。


『36ポイントの経験値を獲得しました。』


 驚いた事に、野盗を倒しても経験値が貰えた。


 辺りは、水を打ったように静まり返っていた。

 野盗達は、目の前で起きたことが理解できないような顔をしている。


 無理やり大男を両断したせいか、俺の剣はボロボロと崩れ落ちていった。

 俺は新しい剣を生成すると、野盗達を見渡した。


「……おら、お前らもかかってこいよ? 殺してやるから」


 俺の挑発に、沈黙していた野盗達が色めき出す。


「こ、こいつなんなんだ!? よくも仲間を……!」


「おい、やっちまおうぜ!」


 俺は、そんな野盗達に剣を向けると、静かに歩きだす。

 こんな奴ら、火魔法で一瞬で消し炭にしてやれる。

 それでも、魔法は使わない。

 散々ナメた事をほざいたこいつらは、剣で皆殺しにしてやるのだ。


「ちょっと待てって! 囲まれているんだぞ」


 ルーナに手を引かれるが、強引に振り払った。

 俺の邪魔をしないでほしい。


 俺は両手に剣を構えると、全力で振り回した。


 一瞬で野盗達の首が3つ飛んだ。

 一人は、咄嗟に持っていた剣でガードしようとしたみたいだが、その剣ごと切り飛ばしていた。


『20ポイントの経験値を獲得しました。』

『12ポイントの経験値を獲得しました。』

『25ポイントの経験値を獲得しました。』


 倒した野盗によってもらえる経験値が違うらしい。


「ひ、ひい!」


 さすがに野盗達に怯えが走り出す。

 自分たちが雑魚だということに気づいたのだろうか。

 だが、もう遅い。

 逃がす気はない。



 その時だった。

 俺は、その時の事を一生忘れないと思う。


 そこは完全に俺の死角だった。

 全く見えない斜め後方から、わずかな気配がした。


「馬鹿、何やってるんだ!」


 どん、と突然ルーナが体当りしてきた。

 わずかに身体がよろける。


「あう!」


 短いルーナの悲鳴が聞こえた。


 そして、俺が振り返った時。


 俺の目は、限界まで見開かれていた。


 ゆっくりと崩れ落ちるルーナ。


 その背後には剣を振り下ろした野盗が見えた。


 野盗の剣からは、鮮血が滴っている。


 そして、ルーナの背中から血が吹き出ている。


 俺は何が起きたのか理解できなかった。


 咄嗟に、ルーナの背後にいた野盗を火魔法で消滅させる。


 そして、俺は崩れ落ちるルーナを抱き止めた。


 握っていた剣が、カランと地面に落ちる。


 冷水を浴びせられたように、全身が冷えていく。


 え、何が起きたんだ。


「め、魔法使い(メイジ)だ!」


 俺の火魔法にビビったのか、盗賊たちが逃げていく。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「……ルーナ?」


 呼びかけても、ルーナはわずかにピクリとするだけで答えない。

 ルーナの背中は無残に切り裂かれ、服が血で黒く染まっていた。

 そして、傷口からはドクドクとどんどん血が流れ出ていく。


 え、ちょっと待て。

 人間の血ってどれだけあるんだったか。

 こんなに流していいのか。


 俺は混乱する頭でそんな事を考えて、愕然とする。


 このままじゃ、ルーナが死ぬ。


 俺はルーナを抱えたまま、静かに地面に膝をついた。

 そのままルーナの傷口に手を当てて、血を止めようとした。

 しかし、傷口は大きく、俺の手では抑えきれない。

 ルーナの血は嫌に温かくて、生々しかった。

 救急車。

 そうだ、救急車を。

 そこまで考えて、ここが異世界である事を思い出した。

 ここには救急車なんてない。

 病院すらない。


「……なんでこんな事」


 俺は漏れそうになる嗚咽を抑える。

 手で口を抑えると、ルーナの血の味がした。


「…………コウ?」


 その時、今にも消え入りそうなルーナの声が聞こえた。

 ルーナはわずかに目を開いて、俺を見上げている。

 その顔は真っ白で、口からは血が漏れている。


 ルーナが弱々しく手をあげようとするので、俺は咄嗟にその手を握っていた。


「……お前、なんで」


 情けなくも手がガクガク震える。


「……なんで、俺なんかをかばった?」


 思わずそう聞いていた。

 ルーナは、わずかに青い瞳を揺らせると、そこから涙が溢れた。


「……愛して、いるからに、決まっているだろう、ばか」


 胸が。

 締め付けられる。

 痛いくらいに。


「……だから、なんで俺なんかを!」


 絞り出すように、そんなセリフを口走っていた。


 俺の言葉に、ルーナは悲しそうな笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じた。


 ダメだ。

 俺はルーナを抱きしめていた。

 頭が混乱していて、よくまとまらない。

 ただ。

 ルーナの最後がこんな所であっていいわけがない。

 絶対に。


 俺は決意を込めて、回復魔法を発動させた。

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