第169話

 ・・・顔が見えないからなんとも言えなかった。

 けれど、無言のままでいるのは私にもキツくて。何を言えばいいのかさえも、全然わからなくて。

「……うん。」

 小さく、私は頷くだけだった。頷いて、また俯いてしまった。

 そしてまた、無言が続いた。




 ・・・少しして口を開いたのは―――

「っあのさ!」

 やっぱり翔君だった。私も言おうとしたけれど、その前に先を越されてしまった。

「はっはい!」

 いきなりの大声に、私の背筋がピン!と伸びた。それから、何を言われても狼狽えないようにと、身を固めて待った。

 でも、翔君はまたなにも言わなかった。

 私は恐る恐る目線をあげて、翔君のほうを向いた。



 そこには―――とても真剣な表情をしている翔君がいた。

 弾けた笑顔でも、照れた赤い顔でも、ましてやふざけたような表情でもない。

 なにかを決意した、そんな男の人の顔をた翔君がいた。




 その表情に――なぜか私の方がドキドキと緊張してきた。胸が、ギュッと紐で結ばれたように締め付けられた。

 どうしてかわからないけれど―――ただ。


 もっとその表情かおをした彼を見ていたくて。


 もっと他の表情かおをした彼を見たくて。


 私は翔君をじっと見つめていた。手を胸の前でギュッと握り締め、しっかりと声を聞き漏らすまいとしながら。

 ドキドキと、胸が音をたてる。緊張で、体が強張った。





 彼は言った。

「俺は、紅さんが………いや、桃香さんが好きです。友人としての『好き』ではなく、一人の女性として、貴女が好きです。」

 ―――と。


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