第3話
一ノ瀬たちはいつものように部活のために校庭に出て、準備を始めていた。
着替えを済ませ、ハードルなどの器具を出し、そうこうしてる時だった。蜷川が何かを見つけ、そちらに歩き出す。
「どうした、蜷川」
「ボール、落ちてる」
それは別に珍しいことでもなんでもなかった。サッカー部もあったし、バレー部もハンドボール部もテニス部も、色とりどりの部活がグランド内にひしめき合っていたからだ。
そして、蜷川が拾い上げ、持ってきたのは古ぼけたサッカーボールだった。
「まだ時間あるし、サッカーやろうぜ」
それには健も賛同し、仕方なくといった具合で一ノ瀬も参加することにした。それ以外にも、部活の仲間数人を引き連れてそれは始まるのだった。
サッカーといってもゴールポストなんてないから、適当に足でラインを引いて、申し訳程度のサッカーといった感じだった。
そして、彼らは夢中になってそれに没頭し、誰もそのことを疑うものはいなかった。それが起こるまで。
「お前ら!」
突然の怒鳴り声に、びくりとなるサッカーグループ。その主は、僕ら陸上部の顧問の先生だった。
「練習やる気ないのか!」
彼らは、直ちにサッカーを中断し、顧問の先生の下に深刻な顔で寄っていく。
「今日はメニュー作らないからな。お前たちがそんなつもりなら仕方ない」
「先生、そんなつもりは」
「言い訳するな!お前たちは今何をしてた!」
その言葉に、もはや言い訳をできるものはいなかった。皆口を閉じ、ただただそれに従うことしかできなかった。
ちなみに、メニューというのは、その日の練習スケジュールのことだ。
それは決して楽な内容ではなかった。そのメニューのおかげで、皆は毎日くたくたになり、終わればぐったりと倒れこむのだった。
楽観的に考えれば、メニューをもらえないというのは喜ぶところだったのかもしれない。
だけど、メニューがもらえないことで喜ぶ者は一人としていなかった。
皆、一様に俯き、自分たちのしたことを後悔しているようだった。
顧問の先生が立ち去った後、話し合いが始まる。
「サッカーやってたの男子でしょ。謝ってきなさいよ」
女子の言うことはもっともだった。そのサッカーには女子は混ざっておらず、彼女らはまじめに練習の準備をしていた。
だから、誰もその意見には反対することができず、皆で話し合い、代表を決めて謝りに行くことにするのだった。
けっきょく蜷川たち、主犯格はその謝罪班は免れ、先輩たちが行くことになった。その中にはなぜか女子の先輩も私も行くと言って混ざり、僕らは先輩たちに頭が上がらない思いすることとなった。
しばらくして先輩たちが戻り、経緯を話してはくれたけど、結局その日は先生がメニューを作ってくれることはなかった。
◇
その日、一ノ瀬たちは神妙な面持ちで帰ることとなる。
「あんなに言うことないよな」
「けど、悪いのは俺たちだ」
3人からはいつもの笑顔は消え、口数も少なくなっていた。そんな3人の目に映ったのは、風船配りのおじさんの姿だった。
それは、店先の宣伝のために配っていたようだけど、3人は先ほどのこともあり、その姿に惹かれ、立ち止まり茫然と眺めるのだった。
その人は、しなびた風船の元のようなものを取り出すと、プシュート空気を風船に込め、たちまち膨らんだ風船はふわふわと宙に浮いていくのだった。
健がいつの間にか歩き出し、その人の下に向かっていた。一ノ瀬たちも、ちょっと恥ずかしいと思いつつもそれに続いた。
「あんたら、近くの高校の学生さんか。ぱっとしない顔をしているな。これで少しは元気出せ」
「俺はな、こうして風船を配って皆の笑顔が見れればそれが幸せなのさ」
3人は風船を受け取ると、確かに少し元気が出たように思えた。あの頃の思い出、母の手に惹かれてもらった風船。そんな思いがこのふわふわと揺れる風船には詰まっていた。
「なぁ、一ノ瀬、これ使ったら俺たちも飛べるのかな?」
「急になんだ、この程度で飛べるわけないだろ」
「そうだよな」
「一ノ瀬、健、ちょっと話があるんだ」
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