超えろよ恋の二度音程、向日葵は海を越え咲く
「やっぱりだ。凄い報道陣の数。まぁ昨日の今日ですもんね」
「そりゃあな。しかしまだ朝の七時半だぞ。学校が始まるのって確か八時半とかだろ? 皆、揃いも揃ってご苦労なこって」
「そのご苦労な一部ですよ、僕達は」
「一緒にすんじゃねぇよ。しかしこの調子じゃ朝の取材は無理そうだな。何処もかしこも彼達を狙っていやがる」
「あの洛真に勝ちましたからね。でも良かったですね。僕達だけですよ、練習中に密着取材ができるのは。悠花ちゃんさまざまだなー」
「何で急にちゃん付けなんだよ、お前は」
「だって可愛いじゃないですか。年も僕と近いですし」
「お前いくつなんだっけ?」
「今年で“二十八”ですよ。悠花ちゃんは確か僕の“一個下”ですね」
「お前さ、もしかしてちょっと狙ってるだろ?」
「え、まぁ少しだけ。だって可愛いですし、気も強いじゃないですか。タイプなんですよねーそういう子が」
熱戦一夜明けた七月の朝。洛中北端に位置する田舎の公立高校である洛連高校の校門前には多数の報道陣が彼等を待ち構えていた。何時もは静かでのどかな校門前は夏休みが始まるその一日前、終業式を迎える田舎の高校は朝からちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。理由は昨日の“熱戦”である。正にそう呼ぶに相応しい試合内容であった。インターハイ最多出場、最多優勝、そして今年は歴代最強とも謳われた京都洛真高校。誰もが洛真の全国出場を疑わなければ信じていた。そして誰もが、秋田明島川高校との対戦を待ち望んでいた。誰もが
だが大番狂わせがあった。その歴代最強の洛真はまさかの予選決勝で敗退。破ったのは誰もが見向きもしなかった、無名の公立高校であった。『絶対王者の陥落』。メディアは大きくその文字を前面に出した。そして続く『新世の躍進』と『黄金世代』。無名の高校と思われてはいたが、五年前には予選決勝まで勝ち進んだ高校でもあると調べ上げた報道社もいた。その悲劇の内容と廃部から復活に至る迄の軌跡に辿り着く者も。いや普通に調べ上げれば、そこに辿り着くには至極当然なのかも知れない。
「お前じゃあの子は絶対に落とせん。断言しとく。だからやめとけ」
「何ですかそれ、やってみないと分からないじゃないですか」
「“やってみない”とかぁ。確かにそうなのかも知れないなぁ」
「……桐村さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ああ? なんだ急にかしこまって」
「何故、言わないのです。何故、記事にしないのです。言えば大きな話題を呼ぶし、その言ったらなんですけど売り上げも……それ程のドラマですよ今回の事は。悠花ちゃんも洛真に勝ったら記事にしてもいいと――」
「なぁ矢部。お前はもう“悠花ちゃん”がどんな人間だったかは知っているんだろう?」
「え、そりゃあまぁ。十五歳にしてバドミントンのオリンピック代表選手に選ばれた天才少女ですよね……?」
「そうだ。若干十五歳にして彼女は選ばれ、そして彼女の才は他者を寄せ付けなかった。それは彼女が小学生の頃からだ。だが、彼女が夢の舞台に立つ事は無かった」
「足の怪我ですよね、確か足首の靭帯損傷」
「それは大した事ではない。事実、昨日の“件のヒーロー”も中学の時に足首の靭帯を損傷しているだろう? 問題は心だ」
「精神的な部分ですか。中学生に挫折とかしたら立ち直れないのかも知れないですね」
「その挫折も、俺達凡人からしたら段違いな物になるんだよ。天才は繊細であまりにも脆い。周りの期待と羨望の眼差し、同等に起こる批判の嵐。それらを同時に受け止め、耐えてこその天才なんだ。だから天才なんだよ。でもその心が何処かで崩れてしまったら……」
「ガラスのハートってやつですか。最先端を行く者にとっての宿命なのかも知れませんね」
「分かってきてるじゃないか、矢部。そうだよ、その通り何だよ。あいつら天才は何時だって完璧を求めやがる。自分の中の完璧をな。多少のズレもそのうちに許せなくなってくる。――最先端を行く覚悟、それは俺等には決して分からない覚悟の世界だ。……バドミントンのスマッシュの速さを知ってるか?」
「いや知らないです。でも速そうですよね。野球よりは速い?」
「世界記録が時速490キロメートルくらい。初速の速さだがな」
「490って、それはもう半分マッハじゃないですか!」
「そうだ。バドミントンが球技に於いてこの世で最速のスポーツなんだよ。そして彼女は、
「ええ、あんな華奢なのに? 結婚したらカカア天下ですか」
「お前は何を言っているんだ。速さに、力はさほど関係ない。必要なのは持って生まれた全身の体のバネだ。彼女は日本人離れした体のバネを持っていたんだよ」
「それって、昨日の件のヒーローみたいですね」
「……まぁな」
「でも悠花ちゃんは戻れなかった」
「“戻らなかった”んだ。周りの期待が、
「なるほど……悠花ちゃんにそんな過去が。それより桐村さん、僕の質問に答えてくれていません。何故、言わないのですか」
「言ったろ、世界に立つべき芽を“もう潰さない為”だと。洛連高校の十番は、
「レーンアップですか。それでも果たして、彼に届くかどうかです」
「あいつは最後に跳んで見事なダンクシュートを決めた。それまでそんな素振りを一切見せずにだ」
「ディフェンスだけが目立っていた選手だったはずですよね。そこが凄いと言うか、周りの目線を集めると言うか、攻めには積極的な素振りも見せなかったのに……あっ、そうか!」
「そう言う事だ」
「案外、抜け目ないですね、彼」
「だから天才なんだよ」
「実はディフェンス特化ではなく、オフェンス得意マンですか」
「恐らくな」
「でも……何故レーンアップなのです? 彼の最後のダンクは確かに観客の度肝を抜きましたが、僕が見るには程遠いと思ったんですけど。跳んだのもほぼゴール真下ですよ?」
「矢部なぁ、お前は馬鹿なのか? 何年バスケットの取材やってんだよ、ああまだ四年かそこらだったか。いいか、あいつはな、あいつは、ほぼ真下で跳んで“届いている”んだ。それも余裕にでだ。垂直飛び百センチは優に超えている。でも最後は本気じゃなかった……お前も見たろ? 第二クォーター最後の“アレ”を」
「“アレ”って明後日の方向に飛んで行ったボールですか」
「ちげぇよ馬鹿が。殴るぞてめぇ」
「怖い、パワハラだ」
「あの状況で何故そうしようと思ったのかは、誰にも分らん。本人しかな。だけども俺は思う。あいつはあの瞬間わざとフリースローラインから跳んだ。スピードが乗れば、入射角が完璧なれば、届くんだよ。届いたんだよ、アレは。一秒以上の滞空時間であればだ」
「なるほど。それより桐村さん、僕の質問に相変わらず答えてくれていません」
「ああ、なんだよ?」
「何回も言いますけどね。だから、何故言わないのです? 今回の事を。折角掴んだ僕達にしか得られなかった情報ですよ。芽を潰さないは今の僕が納得出来る理由にならないですよ、そしたらならば“僕達の理念”に反しますから。その理念に反する理由を聞かして下さいよ」
「人の道を守りたいと思ったからだ」
「人の道? 記者じゃなくて?」
「“記者としての矜持”も大切だがな、それを保てるのは“人としての矜持”があるからだ」
「んー……。今の僕には分かりません」
「いつかはお前にも分かる様になる日が来る。“たった二人の男の約束”。俺達部外者が、あーだこーだ言うほうが可笑しい。それを今のあの子達にも言うのも可笑しいだろう。言わなくて言いんだよ、こういうのは。だからこその男の約束なんだよ」
「やっぱり分からないぁ。あ、それからもう一つ! なんで僕が悠花ちゃんを落とせないって決めつけるんですか! 分からないでしょう、やってみないと!」
「それこそ、やってみないと分からないけれどな。そうだな、確かに可能性は零ではない。それでも凡人に天才の哀しみのあわれは解らないんだよ。だから天才は天才を好きになる。それがこの世の道理だ、
「それじゃあ天才は一生孤独じゃないですか。天才なんてそうそういないでしょう」
「でも、お前が狙っている悠花ちゃんのすぐそばに天才がいるぞ? それもすごく身近に」
「ああ、件のレーンアップ洋介ですか! ああチクショウ、しねばいいのに、本当に!」
「諦めろってこった。次探せ、次を」
「僕も天才になる、記者の天才だ。何時か必ずなってやる」
「おおう、まぁ頑張れや。それよりもう朝は諦めよう。あいつらが来た瞬間あの人だかりだ。ま、俺らはゆっくり昼にだな。そうしたら悠花ちゃんともゆっくり喋れる」
「と言うか、桐村さんも悠花ちゃんの事を好きでしょ」
「ああ、そうだな。好きだよ。可愛いしな。嫁がいなけりゃ、とっくに口説いている。それより、蕎麦にするか? 何でもこの近くに上手い蕎麦屋があるらしい。名前なんだっけな、最近できたらしいんだけど――」
「ラーメンでお願いします」
「お前なぁ……」
何時だって幾つになっても、決まって校長先生の話は長い。それが終業式というやつの醍醐味なのかもしれないが。いいや、長い話の後に待ち構える夏休み程楽しいものはないのかもしれない。
高校生最後の一学期が終わろうとしていた。終業式、これが終われば明日からは夏休みだ。長い長い夏休みだ。そういえば、去年の夏休みはずっとシドニーに行ってたなぁ、良い所だったな。水は美味しくなかったけど、食べ物もあまり口には合わなかったけど、金髪のねぇーちゃんが沢山いたな。一度でいいから抱きたかった。金髪を抱きたかった。今年はいけるかな? いや無理か、インターハイに行かなくちゃならないしな。大忙しだしなぁ。また来年行けるかなぁ? ああ、しかし長いし暑い。でもこれが夏の体育館だ。ああ、……良い匂いだ。
「見てみてほら、あそこ!
「本当、凄い格好良い。何であんなに整った顔をしているの? まつ毛も見てよ凄い長いし綺麗だし、完璧」
「もう別世界の人間だよね、インターハイ勝ったらしいよ? しかも何だかとても強い高校に!」
「村川君って3Pシュートが凄いらしいよ! 大会MVPなんだって!」
「ええーなにそれスゴイー! あ、あっちは
「ちょっと見た目が怖い処が良いのよね! あの目付きで睨まれたら、私は速攻で落ちる自信がある!」
「鷹峰君もMVPらしいよ、それもバスケットが一番上手いんだって! バスケ部のエースらしいよ!」
「なにそれ、完璧じゃない! 村川君と鷹峰君はやっぱりツートップね、この洛連高校不動のツートップよ」
「いいえ、二人はもう“全国のツートップ”よ。ああ、何かしらこの胸の感じ。追いかけていた売れないアイドルが徐々に成長して、自分の手から巣立っていくこのわびさび……。あれ、私泣いてる? おかしいな、“何で”だろう?」
「
「そうだよ、私たちにも中学の二人の思い出を共有してほしいな?」
「ごめんね、私ったら。これからは皆であの二人を応援しようね?」
「いやいやいや、お前ら可笑しいだろ。此処にもいるだろうが。目の前に真のエースがよ。いいんだぜ、褒め称えてくれてもよ」
「あ、
「本当だ、気付かなかった」
「いいよ、気付かなくて。アレは昔からバカなんだ。無視しとこう」
「誰がバカだこら! てめぇ
「本当に関わらない方がいい、アレはバカの塊だから」
「沙也は上代君とは小学校からの知り合い何だっけ?」
「知り合いじゃないよ、向こうが勝手に私の名前を何時も呼んでるだけ」
「幼馴染じゃんー。無視したら可哀想だよ?」
「いや、無視するのも気が疲れるからね。本当にアレはいない物だと思った方がいいよ。あいつと
「えっなにそれ。気持悪っ」
「部活中にトイレとか行くじゃん? そしたら“あいつら三人”速攻で男子トイレに入るんだよね……。多分聞いてたんだと思う、個室の壁に耳張り付けて……」
「いや、それマジ犯罪じゃん。マジで気持ち悪いんだけど」
「ええー、上代君と山岸君は分かるけど、島君もそうなの? 最低じゃん、島君は
「昔からあの三人は、バスケ部の三馬鹿トリオって嘲笑されていたわ。その筆頭が関わっちゃいけない目の前の“アレ”」
「おいおいおい、俺を他の二人と一緒にすんじゃねーよ。ってか沙村さんー? それ以上中学の頃を話さないでくれる?」
「性病が移る……アレにはそんな都市伝説もあるから気を付けてね。それに極めつけは、あの三人。中学の時に女子更衣室を覗いたの。プール開きの日に待ち構えて……最低最悪の三人よ」
「信じられない、今から警察に突き出そう?」
「本当だよ、三人が原因でバスケ部がインターハイに行けなくなるかもしれないし」
「迷惑だよね、村川君と鷹峰君に。それに絶対に島君は見てないよ、あんなに良い人なんだよ?」
「うん、やっぱりそうだよね。今から通報しようかな……通報してみるよ」
「ちょいちょいちょい、沙村さん? マジで電話を掛けるのやめてくれない? って聞いてる? おい沙村、マジでやめろって! あの時は俺は見てないんだって、一切見てないんだって!」
「嘘を吐くな、このバカが」
「マジだから、俺はあの時は見てない! 泉先生にすぐ見付かって見られなかったんだ! “ずっと見てたのは島と洋介”なんだって! 俺は女子更衣室なんて見た事がないんだよ! いや見たかったけど! あ、いやそうじゃなくて、本当に見てないから!」
「おいそこ、うるさいぞ上代! ちょっとこっち来い! お前は終業式に何を馬鹿な事を大声言っているんだ! しかも校長先生はお前達の、バスケ部の話を、今回の名誉ある話と大切な軌跡の話をしていたんだぞ! 大きい声でこの大馬鹿者が! 自ら株を下げる事を言うんじゃない!」
「黙れこのビール腹二世が! さては、お前古藤先生の親戚だな! 腹がそっくりだ! じゃなきゃ従兄弟か何かだ!」
「誰だよそれ、俺は
「やっぱり“似てる”じゃねーか! とうはどうせ藤って漢字だろうだが! ちょっと韻を踏んでんじゃねーよ! “サンフラワーズ”が人気出てるからって!」
「訳の分からん事を……いい加減黙らしたる。今日は名誉あるバスケ部の為の終業式でもあったんぞ。自ら仲間の面を汚しやがって。俺が指導したる」
「ああ? ちょっと訛りやがってよぉ、このビール腹二世如きが。それにこのご時世に竹刀かぁ? 来いよ二世が、格の違いを手前に叩き込んでやる!」
あいつは馬鹿だ。口も高校三年生にもなったのに、まるでなっていない。本当に馬鹿なのだ。中学から一緒の
「いってぇ! マジで痛い! 何だてめぇこの野郎、俺はまだ負けてはいねぇぞ!」
「黙れ、来い。根性を叩き直してやる」
「もうそれは叩き直されてるから! ってか俺は見てねーんだよ! あの日女子更衣室を除いてのは山岸洋介と島雄一郎何だって! いやこれマジだから! 俺は見てないんだー! 俺も見たかったんだよー!」
大声で馬鹿がそう叫んでいた。そして体育館から川藤先生に連れ出そうとされていた。なんて情けない捨て台詞だろうか、と俺は思った。だがそのバカの捨て台詞はこの広い“本体育館中”に響き渡った。つまり全校生徒に響き渡った。そして余計な事にバカのアレは捨て台詞を吐くかの如しと、こう叫びやがった。
『俺は女子の下着を、沙村の下着が欲しかっただけなんだよぉ! 島は美代ちゃんの裸だろう? 洋介は香澄さんの乳房だろうがよぉ! あいつらの方が変態なんだよぉ!』
違う。俺は香澄さんのふとももである。つまり足、そしてその先である、この俺はそうなんだ。だがしかし、今はそれ所ではない。それ所ではない、それ所ではないのだ。さすが馬鹿で阿保だ。今日ほどこの日ほどあいつを恨んだ事はない。全くの事実無根だ。あいつは確かに見てはいなかっただろう。だが、それはこの俺もだ。俺も見ていないのだ。見ていたのは唯として一人なのだ。
「雄一君、うそ……だよね。雄一郎君はそんな事はしないよね?」
「うん見てないよ、美代ちゃん。俺がそんな事をするはずがないだろう。あの“二人”は本当にバカで馬鹿なんだ。被害妄想も凄いんだよ、とくに洋介は――」
目が良いと豪語している俺だが、何も目の良さと身体能力だけで一試合(決勝戦のみ)のスティール率が八割と言う数字を支えているだけではない。無論耳も良い。いいや、耳がいいからこその相手のリズム何ぞが分かるのだ。そしてこの時の二人の会話も、もちろんながら俺の耳には聞こえていた。この反響する体育館で俺に聞こえぬ音などはない。だから俺も叫んだ。この身の潔白を証明する為に。
「俺も見てないから! あの時は島がずっと見ていたから! なんか眼鏡忘れたとか何とか言って島がずっと見ていたから! だから俺も見てない! あいつがずっと女子更衣室を見ていたから! ってか島が一番の変態だから! 俺は二人に無理やり連れて来られたんだ!」
「おいおいおい、嘘をつくなって洋介! お前マジでぶっ飛ばすぞ! 一瞬見てたろうが! 俺は知っているからな、お前はあの時一瞬だけ見ていたのを知ってるからな!」
「あの状況でどうやって見るんだよ! てめーしか見えねぇ窓の範囲だったろうが! それに俺は悠花先生一筋なんだぞ! 俺が悠花先生の裸以外見たいなんて思う訳――あっ!」
「いやいやなんだよ、そのわざとらしい言ってしまったみたいな顔! みんなもう知ってるから、なんならもう悠花先生も知ってるからな!」
「えっマジで、なんで!」
「二人とも静かになさい! さっきから情けない事ばかり言って、あなた達は我が校の誇りなんだよ? 自覚をもって行動しなさい!」
「いって! なにも殴らなくても……違うんだ悠花先生、俺は本当に見てないんだ!」
「もういいからその話は! ほら島君もこっちに来て!」
「ええっ、俺もかよ! 美代ちゃん俺は見てないからね! 本当に見てないからね!」
「はぁ、あいつらマジで……」
「まぁまぁ鷹峰。でもあーいった部分は本当に成長してないな」
「だな。後で先生方には謝っておこう。この場に泉先生がいたら俺達まで殴られてたな」
「部員を纏めるのもキャプテンと副キャプテンの仕事だ。全員に謝らないとな」
「ああ、手伝うわゴリポン。ってか翔のやろう」
「告白してたな、好きだったのかあいつ」
「気付かなかったなーまさか、沙村だとは」
「沙也? 大丈夫、沙也?」
「好きだったんだね、上代君は沙也のこと」
「……史上最低の告白だわ。だからアレには関わらない方がいいのよ」
終業式も終わり、各々の生徒が帰路につく中、俺達バスケ部だけは二時間だけの練習が認められた。それも広いオールコートの体育館で。軽い調整と、インタビューも兼ねていた。
インターハイ予選は各地で終わりを迎え、全国に出揃う高校は今日にでも決まる予定である。夏の一大決戦は始まろうとしていた。
『では、インタビューを始めたいと思います。ええーそれでは予選決勝で圧巻のプレーを見せたくださいました上代選手、あのアリウープは最初からやろうと思っていたのでしょうか? 洗練された技にも見えました』
『俺は本当に見てないんですよ。本当に最悪ですよ、今の気分は。しかもなんて最低な告白を……そりゃあ勿論振られましたよ。何なんですかね、俺って』
『えーと島選手、一時は怪我によりその選手生命が絶たれたともお聞きしました。今大会、マネージャーからの選手登録になった心境は? また試合に出たらどの様なプレーを見してくれるのでしょうか?』
『どの様な? 美代ちゃんの唐揚げですよ、食べたいのは。後は甘い卵焼きですかね。でももう食べれないんです、嘘吐きにはもう作らないって言われて……でも本当なんですよ、あの時に俺は本当に眼鏡を忘れて、それでほんとうに良く見えなくて! 本当なんですよ!』
『――鷹峰選手、見事大会MVPに選ばれた感想を』
『世間は俺の事を日本一だとか言ってやがるかも知れねーが、世界一はあいつだからな。そうだよ、洋介だよ。あいつは凄い。なぁそうだろうタマ!』
『お腹減ったよ、カツサンドは何時になったら返ってくるのか。僕はね思います、上代君は返すつもりがないって。彼等が女子更衣室を見たとか見てないとかどうだっていい。僕の願いはあの時のカツサンドを返して欲しい事だけなんです』
『開催地は東京なんでしょ? それって新幹線で行くって事じゃないですか。安全性とか大丈夫なのかな。記者さんなんですよね、調べてくれないですか。新幹線は本当に安全かどうかを、です』
『――あの時、俺のシュートは洛真の七番、
『結局の所、皆ね馬鹿で阿保なんです。とくに翔は凄いバカで、ええそれはもう、スズメバチに刺されても死なない奴なんですよ。しかもオオスズメバチですよ? 素手で捕まえる様な奴ですからね。それから明の姉さんで彩さんという絶世の美女が――』
『皆が変? ああそうですね、変ですがこれがこいつ達ですよ。でも本当にバスケが上手い奴達でした。それにあの決勝戦。まさにあいつ達のお誂えの試合だったとは思いませんか? あ、出会いを聞きたい? そうですね、出会いは話すと長くなるのですが』
『山岸先輩曰くですよ、ヒーローは遅れて登場する。そのヒーローがこの横井士郎ことこの僕なのですよ。って聞いてます?』
『最初に言っておくけど、俺は見ていない。まぁそれより、問題は何時から悠花先生がこの俺の好意に気付いていたかと言う事だよ。まぁ、あなた達に言う事も聞く事もないかな。俺の耳の良さを舐めるなよ? 桐村さんに矢部さんだったかな……悠花先生と飲みに行った事があるそうじゃないか。あんたらは今日から俺の敵だ。それでもこの俺に話を聞きたいなら情報を寄越せ。悠花先生さ、俺の事を好きって言ってたか? 言ってなかったか?』
「これは酷い。八割がまともな質疑応答も出来ていない」
「ははは、面白い子達じゃねーか。ってか十割だろ。そーいやあそこの十割蕎麦美味かったな。中園屋だったか」
「蕎麦屋中園ですよ。確かに美味しかったですけど。ってか、桐村さん途中から面白がってたでしょ」
「んな事はねーよ、でも面白かった」
「面白かったじゃないですよー、こんな内容じゃ記事にすら出来ない。
「このまま行こうで、押通れば良い。面白けりゃ何でもいいんだよ」
「大丈夫ですか本当に……一人なんかカツサンドがどうのこうのの話しかしてませんよ。三人は、見てない見たの話でしたし」
「だなぁ。でも十人そこらで洛真に勝ったのも頷ける話だったろ」
「まぁ確かに。仲が良かったですね。少し、彼達の関係性が羨ましく思えました」
「青春時代かぁ。あんな奴等と仲良く出来てたらなぁ、俺もお前も違ってたのかもなぁ」
「それでも僕は良かったですよ、桐村さんに出逢えて」
「だからお前はいちいちそういう所が恥ずかしいんだよ。そーいや矢部、悠花ちゃんやっぱり“好きな人”いたなぁ」
「もうその話はいいでしょう!」
「なんだ、諦めるのか?」
「諦めるのもまた自分の成長だと気付いたのですよ。それにあんなシーン(盗み見)を見せられたら、部外者である僕が割って入る方が可笑しい話でしょ……」
「ああ、そうだな。可笑しい話だ」
平成十八年、七月のある日の夕方。インタビューも終わり調整練習も終わりを迎えた頃、西の空には沈む太陽が金色に輝き、朱色に空を染め上げて行くその瞬間。俺こと山岸洋介は、大切な人に呼び出されて洛連高校のグラウンドの隅のベンチに腰掛けていた。それも心を左右にそわそわしながら。ひぐらしは夕方がやっと来たかと言わんばかりに声が枯れる程に鳴いているように思えた。陽が本当に西の空から消えようとした瞬間、世界は誠綺麗なオレンジ色に変わる。叡山鉄道の遠くも無く近くも無い音がこれまた最高のバックミュージックを奏でていた。ふと東の空を見ると、満月が顔を出していた。月に一度だけしか見れない満月が。
ちょうどその東の方から歩み寄って来る人がいた。俺を此処に呼び出した人だ。職員室がある校舎から出て来て真っ直ぐに俺の元に歩いて来る。遠くからでも姿を見ると着替えている事に気付く。さっきまでのジャージ姿ではなく私服に変わっていた。淡い色をしたジーンズに真っ白な無地のシャツ。スニーカーはまるで白くて、踝までのソックス。髪は肩に掛かるくらいで少しだけ茶色だ。夏なのに肌は白くて眼は大きく綺麗な二重である。ほとんど化粧なしでこの端正な顔だ。世界が朱色になった頃、俺の目の前に真っ白な“天使が現れた”。名は
「ごめん、待った?」
「いや待ってないです。全然」
おもむろに先生の顔を見た。綺麗が過ぎて眩しかったので、眼を逸らす。でも若干だけど先生の顔が赤かった。うん、やっぱり俺の予想通りだよ。先生は今日の騒ぎで俺の気持ちを知り、告白をしに来たんだ。前から知ってたなんて、やっぱり島の嘘なんだ。あいつは昔からとんでもない嘘吐き野郎なのだから。
「こうやって二人きりで話すのは初めてかな?」
「え、いやまぁ多分」
「山岸君って、緊張すると噛むよね。それにすぐに目線を逸らす」
「えー、い、いや。そうかな」
「うん。そうだよ? 先ずは好きな人と目を見て話す様にしようか」
「はい、まぁ」
「見て、私の目を」
「見てます」
「見てないよ、そこは私の胸元だよ。そういえば胸が好きって上代君が言ってたけど、やっぱりそうなのかな?」
「いや、違う本当に! 俺が好きなのは先生で! って――」
先生の質問はこの俺の顔を、その目線を、半ば無理やりに上手に上げてくれた。瞬間に視線が合う俺と先生。先生の目は本当に綺麗で、澄んでいて、でもその奥に一寸の光さえ宿してはいなかった。
「やっと目が
その言葉を聞いて、俺は分かってしまった。悠花先生は、彼女は、誰かに本当の自分を見て欲しかったのだと。(試合中は何時も悠花先生を見ていたから)
俺は先生と出逢ってからと言うもの、先生しか見てこなかったけれども、悠花先生の心なんて見た事が無かった。違う、見ようともしなかった。あれ、何だこれは。前にもこんな事があっただろう。そうだ、気付かないフリをして
「今日、何で呼ばれたかはもう分かってるよね? 私はね、今の眼をしている山岸君とずっと話がしたかった。だからはっきり言います。私はあなたの事が嫌いです。あなたの気持ちには応えれない」
違う違う――違う。もっと根幹だ。泉先生の愛に気付かなかった時と一緒なんだ。あの時もっと早くに気付けば良かったと、どれ程思った? もっと早くにバスケ部に戻れば良いと、どれ程思って後悔した? 結果……俺達は先生の愛する家族を泣かせてしまったではないか、俺達は泣かせてしまったではないか!
「俺は好きです、先生の事がどう仕様も無いくらいに」
「それは、バスケットよりかな?」
考えろ、俺は何時からだ? 何時から人の眼を見て話せなくなったんだ。思い出せ、思い出すんだよ、俺。
「バスケットより……もです」
「ねぇ、洋介君。そんな冷たい嘘を良く平気で言えるね。だから君は中村さんの気持ちにも応えれないの。そんなことでは君は一生――」
――“後悔だけはするな”。そう言った人の眼は嘘だらけだった。ああ、あの“自慢の兄”の目を見てからだ。あの時に、俺の中の何かは壊れて、今もそのままなんだ。兄は嘘をついたまま女を抱いていたから、それがそうなんだと、正常なんだと思ってしまっていた。嘘を着いたまま俺も夢を追いかけていたのかも知れない。いつの間にか、兄と同じ道を辿りたいと何処かで思ってしまっている自分がいたんだ。
兄には後で謝ってもらわないとなぁ。いいや……でも感謝もしなくてはいけない。あなたのお陰で今の私が在る事を、それに気付けた俺がいる事を、同じ轍を歩ませなかったあの兄に感謝しなくてはいけない。あなたのお陰で私は“人を愛する”と言う事が何たるかを分かったのだから!
「好きです、先生の事が。でもバスケットも好き。両方ともどっちとも、“同じくらいに好き”。それじゃあ駄目なんですか?」
「じゃあ私がどっちを取るって言ったら、君はどうするの」
「“先生”はそんな事を言わない」
「それは何も知らない子供が言う事だから」
「悠花先生には、好きな人がいたの?」
「いたよ。君より好きな人が」
「それは“バドミントン”でしょ。俺は先生がどれ程の選手だったかは知らない。でも俺は先生より凄い奴になってやる。為らなくちゃいけないんだ。俺には悠花先生が必要だ」
「言ってくれるね君は。私はね、悪い人間なの。君達を利用して過去の自分を忘れようとしている。洋介君……私は嫌な人間なの、嫌な女なの。君は、君達はあまりにも真っ直ぐが過ぎるの」
「前を向いたならば、後ろを決して振り返るな。そして叫べ、俺達は此処にいる。そう言ったのは“先生”だった。そして俺達に再度言ったのは“悠花先生”だよ。ミネから全部聞いたんだ。泉先生が俺達の中学に来る前、泉先生が顧問で真理さんがバドミントンのコーチだったんでしょ。その時に悠花先生は知り合ってたんだ。まだ、バスケットと知り合う前の
「それでもスポーツに愛は不要です。唯の足枷にしか為らない。一度でも怪我をした選手ならば、余計に不要です! あなたの足のそれは、切ったその瞬間から爆弾なの! 私がそうで在ったように!」
「それは先生が誰も信用しなかったからだろ! 誰も頼らなかったからだろ! スポーツに愛は必要だよ! 絶対になくてはならないものだ! 先生はさっきから何が言いたいの!」
「君の足が心配だって言っているの!」
「じゃあ俺の事じゃん!」
「違う! 私は君達を利用してるだけ! 私が出来なかった夢を君達に体現させようとしているだけ! 君の足は私の夢なの! 私の果たせなかった夢の残骸なの……」
「じゃあやっぱり、俺の事を心配してくれてんじゃん」
「私は私の夢を心配しているの、あなたの足じゃない!」
「一緒じゃんか」
「一緒じゃない!」
「俺はもう怪我なんかしない。絶対に。俺の眼を見て、悠花先生」
「……何よ、現役風情の子が。その瞬間にいられる事がどれ程の幸せか、何も分からない癖に」
「それを教えたいからそう言っているんじゃないの? 俺は超える。あの壁を、悠花先生も超えられなかった世界を。高校に入るまではそんな事は考えもしなかったけれど、今は思う。世界に行きたいって。小学校の頃に見たあの夢の舞台に立ちたいって。俺も飛びたいって。だから付き合って、俺の夢に。NBAに俺を連れてって! むしろこの俺を見ろ、見続けてよ!」
「……それはプロポーズなのかな?」
「え、えっと、うん。指輪とかはないけど」
「ひどいプロポーズ。用意ぐらいはしときなさいよ、だから君はまだまだ子供何だよ。あとは噛まない、はきはきと喋る、好きな人には目を合わせて喋る。良いかな?」
「うん。ってか俺、まだ高校生なんだけど。というか、悠花先生もう泣かないで」
「泣いてないから、私は花粉症なの」
「もう夏だけど……スギ花粉?」
「いちいちうるさいな、君は。だから振られるんだよ中村さんに」
その年の八月二日。全国高等学校総合体育大会 。通称“インターハイ”の全国大会が行われようとしていた。バスケットボール大会のイメージソングを務めたのは、インディーズ時代に出したアルバムが百万枚を売り上げた『サン・フラワーズ』。京都のライブハウスから産声を上たスリーピースバンド。全国にまでその名を轟かせたのは彼等の実力以外を持って疑う他は無い。ロックコードを基調として変則的なビバップドラム、ヴォーカルの
そんな彼等がこの大会の年に出したテーマソングとなる「恋の二度音程」は歴史的な売り上げを叩き出した。彼等の楽曲も良き言ながら、一部のファンはこうも言った。あの曲が売れた(メジャーになった)のは、ラジオで流し過ぎたからだと。確かに流れていたのだ。何故ならば、この曲が解禁になったその日、横山勝太郎はこう電波に乗せて叫んだから。それはこの後、伝説とも言える程の彼の魂の叫びだったから。
『えー。まぁ今日からね、俺等の新曲が解禁になる訳だけれども。まぁもうみんな知ってるよな、俺が施設育ちってのは。そこの名前が“ひまわり”って言うんだよな。本当、ろくでもない所だったけれど良い所だった。……あのさラジオだから言う。この「恋の二度音程」さ、バスケットの大会のイメージソングとして選ばれたじゃん? 本当に偶然なんだけどさ、その大会に俺の弟が出るんだよね。ひまわりの弟が。俺さ、そいつの事が本当に嫌いだった。まぁでもなんだろうなー、やっぱ家族なんだよな。血は繋がってなくても家族なんだよな。長く一緒にいるとそう思えてくるって言うか何て言うか……』
『勝太郎、お前大丈夫か?』
『泣くな、勝太郎。思いの丈を伝えろよ』
『ありがとうなヨシ、テル。あの何だろうなぁ、家族ってさずっと一緒にいるから家族じゃん? これから結婚する人も家族になる訳じゃん? 其処に血が繋がってるとか繋がってないとか俺は関係無いと思う。“眼を見たら分かる”じゃん。好きなら好きって言えよ、嫌いなら嫌いって言えよ、其処が好きで嫌いになるのが愛だと俺は思うんだよなぁ。俺等のさ、お父さんもお母さんもそんな思い全て乗り越えて来てんだよな。皆さ、最初はさ、他人な訳じゃん? でもなぁ本当にありがとう。ああ、俺は何言ってるんだろうな。あ、もう曲紹介?』
それでも俺は嬉しい。お前が立派になってくれて。なぁ、おい。泣き虫な
『愛する弟達妹達、そして忘れる事は無い『ひまわり』に向けて作った曲です。それでは聞いて下さい、恋の二度音程、海の上の向日葵からです』
《海の上の向日葵 章末》
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