時代の群雄達は静かに動き出す

「じゃあ、次は俺の番ってことで! 得意のモノマネいきまーす!」

「おおっ! でた、信也しんやのモノマネ! またナマハゲか? ナマハゲだろ? 俺が一番好きなやつ!」

「俺も好きなんだよなー、信也のナマハゲ。すげー面白い」

「でもいい加減飽きたよ。信也は毎回それしかやらねーじゃん」

「秋田だけに飽きたか?」

「黙ってろ、敦之あつゆき。それより次はりょうの番だぜ。何するんだ?」

「ええ、次俺かよ! 何もやらないよ!」

「いやそこは何かやれよ。俺達五人がこうやって集まるのはもう今日が最後何だぜ?」


 俺のちょうど目の前にいる北原裕一きたはらゆういちの言葉に、周りの皆も同調して何かやらなければならない空気が生まれていた。まいったな。こういった空気は苦手なんだ。特に俺は関西出身だからか、周りの期待も大きかった。でも俺は人前で話すのは苦手だし、モノマネなんてやった事もない。なのにこいつらはその俺にやれと言う。

 初めて会った時からそうだった。この東北地方秋田で、関西出身の俺は周りから好奇の眼差しで見られていた。何か面白い事が出来るのではないか、笑いの絶えない喋りをするのではないかという何処か切望にも似た期待を寄せられていた。だがしかし、先も言った通り俺はそういったものが苦手なのだ。そもそもである。そもそもの話だ。関西出身だからって、皆が皆一様に面白い訳ではないという事をどうか知っていて欲しい。というか皆普通だから。皆と一緒だから。面白いのはお笑い芸人ぐらいのものだ。面白いから彼等はお笑い芸人になったのだ。だがしかしである。それをこいつらこの俺にやれと言うのであるからどうしたものか。こいつらと一緒になって早くも三年の月日が流れた。勿論、こいつらは俺がこういったものが苦手なのはとうの昔に熟知している。部活に入って最初の自己紹介で、早くこの土地に慣れようと頑張った挙句、盛大にすべらかした事もこいつらはよく知っている。つまりだ。こいつらは俺にすべらせようとしているのである。こちらとしては堪ったものではない。いくら俺がつまらなかろうと、やはり関西出身なのだ。すべる事だけは絶対に許されないのだ。それが関西人としての矜持なのだ。


「いやいや、絶対にやらないから。俺は絶対にやらないから」

「おおーでたよ。同じ事を二回言うっていうね」

「黙れ、敦之」

「とにかくなんかやれよなー涼。今日は泊山中学とまりやまちゅうがくバスケ部最後の集まりなんだぜー。なんなら、俺のナマハゲ伝授してやろうか?」

「遠慮しておく。それは信也にしかできないから」

「そうそう最後なんだぜ! それに中学生MVPプレイヤーのお前に出来ないものなんてないだろう! よっ! 日本一のポイントガード!」

「そうやって調子付けしようとしてもやらないからな。つとむがやれよな、信也のナマハゲ大好きなんだろ」

「いいから早くやれよ。俺は見たいんだよ、お前がすべる所をさ」

「もう本音出ちゃってるじゃん、裕一ゆういち……」


 結局、やらされてしまった。結果は聞かないで欲しい。でも楽しかったんだ。なにより、さっき裕一が言った様に“この五人”が集まるのは今日が最後であるからこれでよかったのかもしれない。

 この三年間。俺達は必死に部活動に打ち込んだ。そして俺達は中学最後の年、見事全国制覇を果たした。『全国中学バスケットボール大会』。通称“全中”。その頂きに俺達は足を着ける事が出来たのだ。大会MVPに選ばれた俺だが、優勝できたのは偏に俺が上手すぎた訳ではない。この五人だからこそ、果たせる事が出来た優勝という二文字である。そして……この五人で一緒にプレーする事はこの先二度と無い。そう、もう二度と――。


「しっかしよ、俺達凄くないか? 全国一だぜ、全国一。中学バスケの一番だぜ? 俺さ、お前等とバスケできてよかったよ。すげー楽しかった」

「なに急にしんみりモード入ってんだよ、努」

「だってよ、涼と裕一と敦之は明島川あけしまがわで一緒じゃんか。俺は福岡天神ふくおかてんじんだし、信也は東京第一とうきょうだいいちだろ。もう五人揃う事はないって思うとさ……。でも、いいか! 本当に楽しかったしな! お前等、高校に行ったら敵同士だぜ? 何処が優勝するか勝負だ!」

「勝負になる? この中じゃ明島川の一強じゃない? だって全中優勝メンバーの内、三人もいるんだよ」

「へいへい敦之君よぉ、忘れてもらっちゃ困るぜ。その一強を脅かす存在が東京にいるってことをなぁ! そうこの俺、中村信也なかむらしんや率いる東京第一がなぁ!」

「そんな事言ったら福岡天神も負けねーから! 特に、信也には負けねーからな!」

「まぁ、天神も第一も良い選手揃えてるんだろ? 明島川も油断はできないだろうな。それに俺等の代の全中のベスト8覚えてるか? 半分が東北勢だったじゃねーか。東北は明島川以外だけじゃないって事だ。群雄割拠もいいところだぜ」

「お、おう。さすが裕一。よく分析してるな」

「当たり前だろ、誰のおかげで全中優勝できたと思ってるんだ。この俺の頭の良さがあったからだ」

「恥ずかしげも無く言うなよ、裕一。優勝できたのは皆が一丸となったからだよ。なにより、MVPの称号を得た俺がいたからでもあるけど。しかし、信也と努が敵に周ったら厄介だな。俺達の代の東北勢も強かったし……」

「お前もさり気なく自分をアピールするなよ。言ってること矛盾しまくってるからな」


「でもさ、みんな肝心な所を忘れてない?」敦之がそう言った所で、皆の自慢話の拍車が止まった。そう、俺達は肝心な所を忘れている。いや、考えない様にしていた方が近いかも知れない。


 高校バスケをやる以上、誰もが想い馳せるのが『夏のインターハイ』である。それは全国高校バスケの一番を決める大会。そしてインターハイ優勝と言うのは全てのバスケット少年達の憧れでもあり、夢でもあるのだ。

 だがしかしだ。“優勝を目指しているその道中”どうしても耳に入ってしまう高校の名がある。『京都洛真高校きょうとらくしんこうこう』。――インターハイ最多出場を誇り、最多優勝を飾る、絶対王者とも言える高校だ。


「忘れてねーよ、『洛真』だろ。確かに俺達の代は群雄割拠と言えるかもしれない。それでも“絶対なる一強”はあくまでも洛真だ。全国の猛者共があそことやり合いたいって思ってるからな。所詮、俺達は挑戦者だ」

「洛真なぁ。あそこ良い選手集めすぎなんだよ。地元の奴等なんかほとんどいねーだろ。その分、俺は地元に貢献するぜ。なんてたって生まれは東京だからな、東京。ナマハゲのモノマネとももうお別れだ」

「生まれは東京って、いたのはほんの数か月って言ってたじゃん。あとはずっと秋田だろ? 無理すんなよ信也。ここがお前の地元だ」

「うるせーよ涼。お前だって秋田じゃねーだろぅ……」

「信也が泣いてる。なんのモノマネ?」

「黙れ、敦之」

「空気を読め、敦之」


「湿っぽいのはここらで無しにしようぜ! 今日は俺達の門出でもある! そして明日は一足早い俺の九州上陸の日でもある! ここに再び会う事を誓って! ってことで最後のしめは涼のモノマネな!」


「いやだからなんでだよ! もうやらないから!」

「よっ、MVP!」

「まってました。未来のNBAプレイヤー」

「やらねーなら、もう一回俺のナマハゲだぁ!」

「だからそれは飽きたって。秋田だけに」


 中学卒業間近に、俺はすべりにすべり倒してしまう事となった。でもきっと、この時の瞬間が大人になっても忘れる事ができない“かけがえのない思い出”となるんだろうなとも思えた。こいつらと出逢えて本当に良かった。おかげで俺は小学校の時果たせなかった雪辱を晴らす事が出来たのだから。この先、行く先は違えど俺達は永遠の仲間でもあり、そしてライバルだ。そして目指すのは夏のインターハイである。その頂きに手を掛けるのだ。絶対王者の洛真を引きずり降ろすのはこの俺であり、優勝するのもこの俺だ。俺はもう絶対に誰にも負けはしない――そう絶対に。


 当時の私は、確かに自分自身でそう誓ったのを覚えている。私の中で『彼等』は記憶の片隅に消え果てようとしていた。そして明島川高校に入学し、私は彼等の事を完全に忘れていた。もう思い出す必要も無かったからである。高校に進学してからというもの、私は群を抜いてバスケの才能を伸ばしていった。

――もう『彼等』のことなんてどうだってよかったんだと思っていた。世間の注目は確かに私に向いていたからだ。私は再び自分自身に驕りはじめていた。驕りに驕っていた。だからこそ、再び彼等が私の目の前に現われたのは必然なのかもしれない。今となってはそう思う。





「見えて来たぞ! 大比叡が!」

「おいおい、マジかよ。何だよあの人数! 半端ねーって!」

「百人はいるんじゃねーのか、これ。どうするよ鷹峰!」

「こいつは想像以上だ。俺等だけで止めれるか? 石上さんは何処だ!?」


 比叡山、大駐車場には両方のチーム合わせて百人を超えるであろう人で溢れていた。響く怒声に、呻き声に唸り声。血がだらけの者もいれば、腕が明後日の方向に向いている者もいる。陰で泣いている者もいれば、勇猛果敢に戦う者もいた。倒れている者に容赦無くとどめの一撃を浴びせる奴もいた。いつ死人が出てもおかしくはない状況である。これではまるで戦場だ。

 その光景を見て、俺達は右往左往する他なかった。少し洋介を置いてきたことを後悔した。あいつならこの状況をどうにかしてくれるかもしれないと、そう思ったからだ。でも一体どうすればいいんだ。考えるんだ、鷹峰壮。こんな時、洋介ならどうしやがる? 勝っちゃん、俺はどうすればいいんだ。くそ! なんで俺は勝っちゃんに助けを求めてるんだよ!


 その時。後方からもの凄いスピードで迫り来る単車の音が聞こえてきた。段々と闇夜の坂を駆け上がる単車のシルエットが見えてきた。真紅のZ400FX――“石上いしがみ”さんである。


「おいあれ! 石上さんだ!」

「まだ来てなかったのか!? ややこしい時に!」

「どうする! 今あの中に入られたら止めれるもんも止めれなくなるぞ!」

「いま考えてる!」


 そして真紅のFXは俺達の目の前で動作を止めた。余程とばしてきたのであろう、マフラーが凄い熱を持っているのが分かる。カンカンと何かが弾ける音がしていた。そしてFXの搭乗者は鋭い眼光で俺達を一睨みした。見れば分かった。『切れたらヤバイ石上悟志』が切れに切れまくっているのが。もう俺達にはどうする事もできないのかもしれない。石上さんのこんなにも切れている表情を見るのは始めてだったからだ。


「お前等こんな所でなにしてやがんだ? もうゼロじゃねーだろ。帰れ、ここはお前等なんかが居てもいい場所じゃねーんだ。ガキは家に帰って早く寝てろ。成長期なんだからよ」


 石上さんはそう言い残して、スロットロルを全開にして抗争の中心に向かって行った。何も言い返せなかった。何も浮かんでこなかった。石上さんを止める事だできなかった。この抗争を止める術を俺達は持ち合わせていなかった。何もできない己の非力さを痛感した。俺達は悔しい程に痛感してしまうのだった。



「おいおい、きやがったぜぇ。主役様の登場じゃねーか! なぁ、石上ぃ! 遅かったじゃねーか!」

「槙島ぁぁぁ! てめぇこのやろう……なんで鈴木を殺したぁ!」

「はっ、あいつが馬鹿だからだろ? 俺じゃなくて……てめぇなんかにホイホイ連いていくからよぉ!」

「馬鹿はどっちだよ……お前、殺してやるよ。俺がぶっ殺してやるよ!」

「上等だこら、やれるもんならやってみろや! 終わらしてやるよ、今日で何もかもを!」

「ぶっ殺す!!!」



 石上さんの登場によって抗争は激化していく。もう誰にも止められない。きっとあの二人はどちらかが死ぬまで殺し合う。最早、喧嘩の範疇を超えている。どうしてあの二人はあそこまで憎しみ合っているんだ? 誰かいねーのか、こんなふざけた抗争を止めれる奴は。こんな、こんな事があってたまるか。誰か、誰かきてくれ。洋介……お前なにやってんだよ(自分達が置いてきた)。早く来いよ、洋介エースよぉ!


――瞬間、何処か低く、そして甲高い音が響き渡った。2ストエンジン独特の吸気音に凄まじい排気量。古ぼけた白いマッハⅢが突如として抗争の中心に入ってきた。その登場に誰もが手を止め、その姿に見入ってしまっていた。ゼロの総長だけが纏う事を許された最速を意味する赤い特攻服。『ノースゼロ』十二代目総長、梶浦一輝かじうらかずきさんである。よく見ると、マッハⅢの斜め後ろに見れ慣れた黄色いベスパ50Sの姿もあった。ここでまさかの洋介だ。だけどその様は、まるでおまけの様でもある。というか、おまけである。誰がどう見ても“おまけ”である。金魚の糞と言っても過言ではない。



「梶浦さん……。すいません、こんな事になってしまって。俺のせいでゼロの人間全員を巻き込んでしまった。だけど、ケジメはつけさせて下さい。こいつぶっ殺して全部終わりにしますんで」

「はっ! 満身創痍でよく言えたものだなぁ石上ぃ! ……梶浦さんよぉ、もうあんたの出る幕じゃねーんだわ。あんたの時代は当の昔に終わってんだよ! それでも邪魔するってんならあんたも殺してやるよ! 今日でノースゼロも終いだ!」


「おう石上、お前な今日で破門だ。もうゼロの看板を背負うんじゃねー。お前はもうゼロの人間じゃねーよ。それから水上みなかみさんから言伝だ。お前が宮村組にお世話になるって話、ありゃあ白紙だ。分かったらさっさと帰れ。邪魔なんだよ」


「ちょ、ちょっとまって下さいよ梶浦さんよぉ! あんた何言ってるのか分かってんのか!? それにこれは俺と槙島との問題なんですよ! 頼むから引っ込んどいてくれよ、梶浦さん! ケジメつけさしてくれよ、なぁ頼むから!」


 瞬間である。恐ろしく早いボディブローが石上さんに打ち込まれた。あっという間に石上さんは膝から地面に倒れる。鉄の拳と謂われる梶浦さんの必殺技だ。さすがの石上さんも立ち上がる事はできなそうであった。


「ケジメつけたきゃよ、俺と槙島とのケジメが終わってからにしてもらおうか。こいつはノースゼロに喧嘩売ったんだよ。この俺が率いる十二代目ノースゼロになぁ。おい槙島。一世会の頭は、冬木ふゆきはどうしてんだ? ああ?」


冬木ふゆきさんなら、今頃病院のベットでぐっすり寝てるんじゃねーの? 下手したらもう目覚める事はないかもしれないけどなぁ!」


「……そうかよ。冬木はお前の事かなり目に掛けてたはずなんだけどなぁ。報われねーなぁ、あいつも。しかしお世話になった人に手を掛けるとは、とんだ外道だよお前は。死ななきゃお前はもう止まれねー。俺が止めてやる。……幸平こうへい、後の事は任せたぞ」


(創めさんからノースゼロを受け継いだ時、俺はこう教えられた。チームは一つの“家族”だと。俺達みたいな人間は、何かしら一人ぼっちの奴が多い。好きでこうなった訳ではないかもしれないが、周りから見れば俺達はゴミクズみたいな人間だ。お天道様に真っ直ぐ目を向けられない人間だ。逃げに逃げて、辿り着いた先にこの世界がある。それでもよ、これ以上は逃げたら駄目なんだ。ここは俺達みたいな人間がこれ以上逃げない様にする最後の居場所なんだって。最後の更生の場所なんだって。そして総長ってのは、家族の大黒柱だ。家族をあるべき道に戻し、指針を与えてやるのが総長の役目だと。そして時には我が身を張ってでも、家族を護れと。俺は家族を護る。例えこの命が朽ち果てようとも。もう、俺には他にすべき事はないのだから。もう、……いないのだから)


 鉄の拳が槙島の体中という体中に打ち込まれた。誰もが何も出来ず、唯、唯、その光景を見ているしかなかった。段々と槙島の意識がなくなっていく様子が分かった。顔は何倍にも腫れ、辺りは血だらけ。歯も何本も折れていた。ああ、槙島はもう死ぬなと思った。人が殴り殺されると言うのはこーいう事なのかと実感する。そして梶浦さんは槙島に止めをさすべく、カッターナイフを取り出した。


「お前殺してよ、この抗争も全部終いだ。安心しろ、手前が世話になる組に話はつけてある。この俺の命と引き換えでよぉ。それに……お前みたいな外道は死ななくちゃなんねーだよ。じゃねーと治らねぇんだよ」


 何回も言うが、誰もが何も出来ないでいた。事態は悪化する一方に見えて、もしかしたらこうする事がこの抗争を終結させる最善の方法なのかもしれないと俺は思った。肝心の洋介は足が震えている様である。今にも泣きそうな様である。見れば分かる、今のあいつは駄目な洋介であると。何回も言うが誰もが何も出来ず、誰もがこの抗争を止めれないでいた。



。“カジ”よぉ。結構いい線いってんだけどなぁ、いつも最後の詰めが甘い。そんなんじゃ俺の十一代目は超えられないぜ?」



――しかし、どうする事も出来ないこの抗争を、どうする事も出来なかったこの場所を、そのどう仕様も無い空気を変えれる人が現れた。それも突如として。梶浦さんと同じ赤い特攻服を纏い、その腕には“最速の腕章”。顔はかなりの男前である。そして、後ろに乗っている人もかなりの別嬪さんである。最早そのオーラは芸能人とも言えるレベルだ。見れば分かる、明の兄さんと姉さんだ。村川創むらかわはじめさんと村川彩むらかわあやさんだ。


「あ、兄貴! それも姉貴も!」

「よー明。お前とりあえずこっち来い?」


 そう言って創さんは明を近くに呼び寄せ、容赦なくキツイ一発を浴びせた。一瞬にして明が蹲った。蹲った明をさらに蹴り抜いては立たせ、さらにキツイのを一発。正に容赦は無かった。その光景を見て、俺は何故だか泉広洋いずみこうようの姿を思い浮かべてしまった。俺達が泉先生によくやられた説教方法圧倒的暴力だ。もしかしたら、創さんも泉先生に? いやまさかな。



「お前等なぁ! どいつもこいつも馬鹿ばっかだなぁ、おい! ほっんと、どうしようもねー奴等だよ! “ゼロの信念”を忘れてんじゃねーぞ!? 喧嘩じゃねーだろゼロはよぉ! 走りなんだよ、走り! 一世会の奴等もだ! どうしよーもねー奴等はよ、一回その頭を冷やして来い? “国家公務員”を沢山連れて来たからよ! 捕まって馬鹿になったその頭を冷やし来い! 少年院でも少年刑務所でも好きなだけ行きやがれ! そして愚かな自分自信と自問自答してきやがれ!」


 

 創さんは大きな声でそう叫んだ。国家公務員? 誰もが聞き慣れない単語に戸惑ったが、下の山道から赤く点滅するランプが見えた瞬間、それが警察だという事にすぐに気が付く。それも凄い量である。恐らく遠くから見れば、山が真っ赤に燃えていると見間違えるかもしれない程に。


「ちょちょちょぉぉぉい! やばいってあの数は!」

「おい見ろ! 反対側からもだ! 挟み撃ちだぞこれ!」

「これは、やばすぎだろ!!! 明は!?」


 ふと明の方を見ると、まだ伸びている様である。しかし、その顔は何処か安心しきっている様に見える。しかも綺麗な姉さんに膝枕までしてもらっていた。


「あいつ――! なんか気持ち良さそうじゃねーか! 置いて行くか!?」

「マジかよあいつ、彩さんの膝枕なんてよぉ! しねよあいつ! 百万回しね!」

「翔太、いまそんな事言ってる場合じゃねーから! これ絶対かなりの数が逃げられねーぞ!」


「ああー! ミネとかいたー! お前等なぁ、俺を置いて行くなよ! 信じらんねぇ、マジで信じらんねぇ!」


「うわっ! 面倒くせぇ、洋介だ! 逃げろ!」

「いや、逃げんなよミネ! この薄情者めー! 俺が梶浦さんと会わなかったらやばかったんだからな!」

「知るかよ! とにかく逃げるぞ! 捕まったらやばいんだよ!」

「いや、明はどうすんの!? ってか石上さんとかは!?」





「創めさん……どうして――」

「さっき言ったろ? お前は詰めが甘いんだよ。色々と考えて、辿り着く先は良いんだけどな。お前がいなくなった後で、残った者達はどうするんだ? 幸平だけに任せられると思ったのか? 総長になるってのはなぁ、やっぱりそれなりの器を持つ人間じゃないと務まらないなんだよ。“俺やお前”みたいにな。指針が必要だって言ったろ? ……それにここからは俺の本当の家族の問題だ。俺の妹を泣かせたらマジで容赦しねーぞ? カジよぉ」


「妹って……」

「“ばかカズキ”。あんたなにしてんのよ、本当に……」

あや。お前――」



『あんたー! 昨日のアイス駄菓子屋さんに返しなさいよ! あんたのせいで当たりが出たのに貰えなかったのよ!』

『お前、昨日の。やっぱり同じクラスだったか。昨日のこと誰かにチクったりしたら許さねーからな』

『許さないのは私の方よ! 私のアイスを返しなさいよ早く!』

『お前はアホなのか? そんなものは全部もう俺の腹の中だ。ああー、美味かったなぁ』

『はぁ!? 全部食べたの? 信じられない! この当たり棒どうしたらいいのよ! お腹壊してしねばいいのに!』

『うっせぇなぁ。じゃあ俺はバスケしに行くから。じゃあな――』



「――私のアイス早く返してよね。私まだ持ってるんだから。ずっと待ってるんだから」

「お前、まだ持ってたのかよ。何だよそれ……訳分かんねーやつだなぁ。あははは」

「……カジ、ケジメつけろや。ここまで事を大きくさせたんだ。誰かが捕まらなきゃなんねー。お前が頭なんだ。それで警察も納得済みだ。勿論、『ノースゼロ』は解散だけどな。なぁーに、すぐ出て来られるだろさ。それで出てきたら真面目に仕事しやがれ。俺達はよぉ案外、結構何だって出来るもんなんだぜ? その後はちゃんと彩を幸せにしろよこら?」


「私待ってるから。いつまでもいつまでもカズキの事を待ってるから」

「こんな俺を待っててくれるのかよ。こんな情けない俺をよ」

「カズキはもう情けなくなんてないよ。皆の為に命を賭けたんでしょ? きっと“立派な大人”になれるよ」


(――ああそうか、“立派な大人”かぁ。俺もようやく成れそうな気がするよ。なぁ先生、俺も漸くこれで、“クソガキ”を卒業できるんだなぁ。これで漸くあんたに……)





「ふっざけんな!!! こんな事で、こんな所で終わってたまるかよ! 俺等はもう引き返せないとこ迄きてんだよ! もう人を殺しちまってるんだよぉ!!! ……立てよ槙島ぁ! おい吉野よしのぉ! お前、槙島連れて逃げろ!」

「逃げろって、このポリの数見ろよ! 何処に逃げろって言うんだよ小沢おざわ!」

「俺が突破口を開く! 俺なんてどうなったっていい……いいか、必ず槙島を連れて逃げろ! 行くぞおら!」


(なに伸びてやがんだよ、槙島ぁ。お前こんな所で止まるんじゃねーよ。走ったら、一度走り出したなら止まらないのがお前だろう? 行けよ、槙島ぁ。必ず石上の奴を……)


 槙島を乗せた単車は警察の群れがいる山道を下って行った。小沢って奴がその先頭を切って。――その瞬間、今まで石の様に気絶していた石上さんが目を覚まし、よろよろと倒れそうになりながらも単車に跨り、もの凄い勢いで槙島の後を追ったのだった。みな、止めようとしたが止められなかった。梶浦さんは創さんの説得で心を決めて油断していたし、創さんもこれで事態は収束に向かうと思っていたみたいである。でも槙島一向は、その小沢って奴の一喝で残っていた微かな気を取り戻し、逃げ出したのだ。もしかしたら、逃げる槙島を石上さんはずっと窺っていたのかもしれない。


「あ――石上さんが! 追わねーと……“翔”、GPZ早く!」

「お、おう! ってお前がケツに乗るのかよ!」

「いいから早く追えよ、ばかやろう!」

「分かったよ! ってかバカじゃねーから!」

「おい、洋介! お前何するつもりなんだよ!」


「言ったろ! 俺は石上さんを止めにきたんだよ! お前等、捕まるなよ! 俺達はインターハイに行かなくちゃならないんだからな! 絶対に逃げろよ!」



 そして、間も無くして大比叡に国家公務員の大群が押し寄せた。俺はしみじみと思う。このどうしようもない抗争を終わらせたのは、もしかしたらこの“国家公務員”なのかもしれないと。彼等が鳴らすあの大きな音と赤い光は、クソガキ達を止めるには一番の特効薬なのかもしれない。そう言えば、勝っちゃんもそう言ってたっけなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る