戦闘の代償 その①心理面

 二十世紀になってからアメリカ兵が経験した戦争では、敵に殺される確率よりも軍隊生活でのストレスが原因で、一定期間心身が衰弱する確率の方が高かったそうです。

 第二次世界大戦中、精神的な理由で軍務不適格とされた男性は八十万人以上。このようにあらかじめ戦闘に向いていない者を除外したにも関わらず、アメリカ軍は精神的な原因のために更に五十万四千人の兵士を失ったのだとか。

 ある研究によると戦闘が六日間もぶっ通しで続くと、生き残った兵士の98%は何らかの心理的な被害を受けるそうです。継続的な戦闘から心理的な被害を受けない2%は、「攻撃的精神病質人格」の性質を有しているのだとか。

 『戦争における「人殺し」の心理学』には、ストレスと戦闘による疲労が平均的な兵士の戦闘能力に及ぼす影響の、とても分かりやすい表が載っていました。が、流石に再現できないので、以下で簡単に説明させてください。気になる方は、『戦争における「人殺し」の心理学』を買ってみてくださいね☆ 

 戦闘日数・十日目(以下「戦闘日数」は省略します)にもなると戦闘慣れし、二十日には能力が最高に達します。しかし以降は戦闘疲労が出現し、四十日ぐらいまでは過剰な自信なども見られるけれど、戦闘能力はどんどん低下していきます。四十日が過ぎると精神的に疲労した段階に突入し、六十日ごろには無気力になり、戦闘能力は殆ど失われるようです。


 このことに気づいていたわけではないでしょうが、第一次世界大戦中のイギリス軍は、約十二日戦ったら四日間の休暇を与えるという交代制を採っていそうです。そのため第一次世界大戦中のイギリス軍では、兵士が心理的ダメージを負うまでには数百日かかると考えられていたとか。一方、第二次世界大戦中のアメリカ軍は、最高八十日連続で兵士を戦場に留めていたそうです。この方針と、前述の戦闘によって精神に傷を負ってしまった兵士の数には、何らかの関係があるのでしょうね。

 もっとも、何ヶ月も連続で戦闘に参加させられるというのは、二十世紀や二十一世紀の戦争でしか見られない現象でもあります。以前は火砲や戦術の未熟性ゆえ、何年も続く攻城戦の最中でさえ戦闘から外れる、休みの期間が非常に長かった。言い換えれば、一人の人間が数時間以上も戦場で命の危機やストレスに晒されるようなことは滅多になかったのです。

 ですが現代の戦争では、人間の心理的な許容量を超える長期間の戦闘が可能になってしまった。ということで、以下で精神的な戦闘の被害の例を見ていきましょう。


・疲労

 心身ともに極度に疲労した状態であり、最初期の症状の一つ。段々と無愛想になり、些細なことで苛立つ。また仲間とのあらゆる共同作業に興味を失い、身体的か、精神的にかに関わらず努力が必要な事柄を避けようとする。突然泣き出したり、発作的な不安や恐怖に襲われるようになる。音への過敏な反応や過度の発汗、動悸などの身体症状が現れることもある。これらの症状は更なる虚脱への第一歩であり、更なる戦闘を強制されれば完全に虚脱する。銃後に送って休暇を与える以外に治療法はない。


・錯乱

 疲労から進行した状態。環境に対処できなくなり、精神的に現実逃避する。具体的には自分が誰で、どこにいるのか分からなくなる場合が多い。症状としてはせん妄、病的解離、躁鬱的な気分の変動がある。目立つ反応としては、冗談を言い始め、突飛な行動をしたり、ユーモアや軽口で恐怖を紛らわせようとする「ガンザー症候群」がある。


・転換ヒステリー

 戦闘中にトラウマによって起きたり、戦地から離れた(時に何年も)後に心的外傷後障害として発症する。自分がどこにいるか分からなくなり、任務を全く果たせなくなるという症状を呈することも。加えて、誰もが恐れる危険な戦場を平然と徘徊するといった行動をすることが多い。健忘症を起こし、記憶の大半を失うことも。

 ヒステリーから痙攣発作を起こすことも多く、発作が起きている最中は胎児のように身体を丸めて激しく震える。両大戦中は銃の引き金を引く方の腕の痙性麻痺(脳・脊髄の障害による、手足の突っ張りによる運動障害)も一般的だったらしい。脳震盪により失神した後や、機能に問題が生じるほどではない怪我を負った後、九死に一生を得るような体験の後では、ヒステリーを起こしやすくなるらしい。


・不安状態

 睡眠や休息では軽快しない、激しい疲労感及び緊張感を特徴とする。悪化すると集中力が失われ、眠っていても悪魔のために何度も目が醒め、終いには死ぬことしか考えられなくなる。他、失敗をしてしまうのでは、仲間に自分が臆病者だと知られたら、という恐怖に囚われることも。身体的な症状として、息切れ、脱力、疼痛、目のかすみ、眩暈、血管運動異常、失神などを伴うことも多い。他の反応としては、情動性高血圧(発汗、不安などの様々な随伴症状を伴い、急激に血圧が上昇する症状)が、戦闘から何年も後に現れることも。


・妄想及び強迫状態

 転換ヒステリーと症状は同様。ただしこの状態の兵士は、自分の症状が病的であり、その原因は恐怖であると認識している。しかし震えに発汗、どもり、チック(本人の意思に関わらず体の一部の速い動きや発声などを繰り返す症状)を抑えきれない。そのため自分の症状に罪の意識を抱えてしまい、罪の意識から逃れるためヒステリー反応に逃避しがちになる。


・性格障害

 強迫的性格:特定の行動や事物に固執する。

 妄想傾向:短期、抑鬱、不安を伴い、自分に危機が迫っていると感じることが多い。

 分裂傾向:過敏症及び孤立に繋がる。

 癇癪性格反応:周期的な激しい怒りを伴う。

 他、極端且つ劇的な信仰に目覚めるなどして生じる、基本的な人格の変化。いずれも最終的には精神を病んでしまいがち。


 ……上記の反応は、もちろん氷山の一角です。次回は『『戦争」の心理学』から、戦闘中やその後の人体の反応について見ていきましょう。

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