廃娼運動と法律 その②

 前回述べたバトラー夫人と、彼女が開いた国際大会。その第一回目では、幼児売春や強制売春についても触れられていて、バトラー夫人や彼女の仲間たちはやがてこの二つの問題との戦いに関わるようになっていきます。この流れが生じたのは、あるジュネーブの牧師の尽力によるところが大きく、この牧師は自分が見聞きした強制売春の例についての本(「ヨーロッパの白人奴隷」というタイトルで英訳もされた)を著してもいます。

 上記の「白人奴隷」なる言葉は、人身売買はあらゆる人種や民族に渡って行われていて、実際には奴隷はほとんど含まれていなかったという当時の事情を鑑みると、正確ではありません。ですが、売春のために婦女子を斡旋・輸送するという意味で国際条約や様々な法律に登場するようになっていったのです。

 

 さて。強制売春はかつての世界では決して珍しいものではなかったのですが、十九世紀に入る頃のヨーロッパでは、大半の国が試験的にとはいえ婦女子の売買を制限する方策を練ってもいました。そのうち最も目覚ましい効果を上げたのは、二十一歳になるまでの女性の人権を保護し、売春の斡旋を法律違反として、破った者には禁固刑と罰金刑を科したナポレオン法典です。

 が、イギリスは社会立法の面でヨーロッパの大陸諸国に遅れを取っていました。十九世紀イギリスの法律では、十二歳の少女でも法的には誘惑に応じるかどうか自分の意思で決める能力があるとされていて、また十二歳未満の子供を猥褻な目的で誘うこともできました。その上、本人が宣誓の意味を完全に理解しているところを示せなければ子供の証言は法廷では取り上げられないし、そもそも子供が判事に対して満足のいく説明をできるはずもなかったので、何か事件が起こったとして告訴できる例は皆無でした。

 こうした法律の抜け穴のため、最も法による保護を必要としているはずのイギリスの子供は、特に強制売春のターゲットにされやすい環境に置かれていました。

 後に議会によって子供の雇用を規制する最初の法律ができはしたのですが、子供を手に入れやすくなったため(そりゃまあ、今まで働いて稼いでいた子が、働けなくなったんですからね)、却って幼い少女の売春は増加する始末です。当時、幼い少女が生計を立てる術といえば救貧院に入る以外はなかったのですが、その救貧院の状態といえば売春した方がはるかにまし、というものだったそうですから、空いた口が塞がりませんね。

 とどのつまり下層階級の貧困が、娼婦をはじめとする様々な社会的娯楽を上流階級に提供していたのです。言い換えれば、下層階級の女子供が食い物にされていたから、食い物にする側の上流階級の男達の妻や娘が貞操を守れていたわけですね。十九世紀イギリスといえばヴィクトリア朝。あの偽善的なまでにお上品ぶったヴィクトリア朝の社会の栄光の影には、こんな醜悪極まりない真実が隠れていたのです。そりゃバトラー夫人が何とかしなければ、と決意するはずだ……。


 当時、幼い少女が求められたのは男が性病の感染を恐れたため。処女なら性病に感染していないだろう、ということです。また、性病持ちは若い処女とおセッセすれば病気がなおる、という迷信がはこびっていたためでもありました。

 この傾向がとりわけ強かったのは中流及び上流階級の男達で、彼らは少女を誘惑することを一種の楽しみにしていたそうです。ある回想録の著者などは、「貧乏人の子供なんてどうせすぐにヤられるに決まってる。どうせ避けられないことを代わりにやってやっただけなんだから、男は処女を奪ったことに良心の呵責を覚える必要はない」なんて抜かしている始末です。この著者が関係を持った中で最も幼かったのは十歳の少女だったのだそうですが、こいつほんとさっさと死なねえかな、という感じですよね。それも、できるだけ酷い死に方をしてほしい。まあ、こいつはとうの昔にくたばっているのでしょうが。あ~、タイムマシーンがあったら絶対にこいつのブツをもいでから殺してやるんですけれどね~。

 ところで、私が常々世界で一番汚いと思っている国は大英帝国(の上流層)なのですが、既にカンストしていたはずの嫌悪感が再び勢いを増してきているのは、一体どうすればいいんでしょう?


 なお、売春仲介業者のカモになったのは下層階級の娘だけではありませんでした。中産階級の子女も、彼女らに施される教育が非常にヴィクトリア朝的だったため、女たらしの男に簡単に引っかかってしまったのです。処女でなくなったヴィクトリア朝的な教育を受けた娘は、自分は許されざる罪を犯してしまったから今までの「真っ当な」女性の仲間にはもう入れないと絶望してしまいます。そして、生きるためにやむなく売春するようになる。

 色男がこういった不幸な女性を罠に嵌めるのは簡単なことで、誘惑に成功すると男は娘を仲介業者に売り、業者は大陸の娼館に不幸なイギリス娘を売り払ったのです。こうした哀れなイギリス娘は標準価格まで決まっていました。

 大陸に売り払われた娘の中には騙された者の他にも、誘拐された者、外国で働きたいと思って自発的について行ったが行き先は知らなかった者ももちろんいました。普通に働くつもりで大陸まできたイギリス娘は、帰る旅費を稼ぐ手段もなく、独り途方に暮れることになったのです。

 ちなみに当時のイギリスの新聞は、こういった不法な人身売買の事実を把握していたにも関わらず、若い娘向けの偽装広告を堂々と掲載していたそうです。例えば、十二歳から十五歳の美しい少女を養子に求む、といった具合に。他にも、駅や公園や俳優斡旋事務所には大抵、いいカモを探す連中が目を光らせていました。本来ならばこういった輩の取り締まりに当たるはずの各当局も黙認していたため、こうした人身売買は起っていたのです。

 なお、ブリュッセル警察が賄賂を受け取っていたため、ベルギーはヨーロッパの人身売買市場の中心だったそうなのですが、これには当時のベルギー国王自身が業者から若いイギリス娘を買っていた、という事情も影響しているそうな。うーん、このベルギー国王も殺してやりたいですね!

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