医学と性行為と女性 その⑧

 今回は前回述べたように、19世紀の避妊の話をしていきます。

 現代の私たちが避妊具と聞いて思い浮かべるコンドームでしょう。そしてコンドームは最初の近代的な避妊具でもあります。またコンドームは、紀元前三千年頃のエジプトにまで起源が遡れるほど、由緒正しい避妊具でもあります。

 1870年代にゴム製のものが登場するまで、それこそ紀元前三千年からコンドームといえば動物の内臓(腸など)製だったのですが、大変高価だったので誰でも利用できるものではありませんでした。それに、使用するかしないかは男性任せだったのです。

 そのため十九世紀初頭の女性が最も好んで用いた避妊法といえば、薄めたレモン汁(精子は酸性に弱い)で湿らせたスポンジを膣に挿入するという方法だったそうです。またドイツやハンガリーの女性は融かした蜜蝋で子宮の入り口を塞ぐ(蜜蝋の融点は65度なのですが、ある程度温度が下がるまで放置していたとしても、火傷しなかったんですかね?)という方法を用いていたそうな。ですが上記二つの方法は偶然に左右される要素も多く、絶対に避妊できるというものではありませんでした。ために、どれが効果的な避妊法なのかという議論では、長年間違った考えが幅を利かせることになったそうな。


 そんな状況の中、ペッサリーが登場します。ゴム製のペッサリーを考案したのはアメリカ人の医師なのですが、彼はコムストック法によって合衆国政府に告発されたため、自分の着想を広められたとは言えません。なお、コムストック法とは避妊・中絶に関わる資料や猥褻な文書や書籍の郵送を禁じる法律のことで、十九世紀の中頃には既に避妊の知識は「ポルノ」つまり「淫らなもの」と認識されていたので、こういった扱いを受けたのです。

 話は逸れましたが、もっとも効果的なペッサリーは1842年にドイツのメンジンガ博士という人によって開発されたものでした。メンジンガ博士は女性も男性と同等の権利を持つべきで、女性だけが何人もの子を産んで短く苦労の多い一生を送らなければならない理由はない、との強い信念を持っていたのです。概ねクソのような理論家ばかりが登場してきた中、女も男と同等の存在だと説いてくれた存在に出会うと、非常に嬉しくなりますね。

 メンジンガ博士のペッサリーは取り扱いが簡単だったので、メンジンガ博士のペッサリーはヨーロッパ北部に徐々に普及していきました。ですがアメリカに広まったのは、二十世紀になってからなのだそうです。また、メンジンガ博士の産児制限論は慎重にして啓発的だったので、同時代の医師たちに少なからぬ影響を与えました。


 避妊具が大衆の手に届く者になり始めた頃に、科学的な避妊法――殺精子剤も生まれました。が、一方で大多数の女性はどの避妊法が効果的かほとんど分からなかったので、軟膏やら流動薬やら粉末やら錠剤やらペッサリーやらを手当たり次第に買い求めていたそうです。

 上記の状態を変えようとする動きは、二つの相反する勢力から生まれました。一方あフェミニストを幾人か含む急進派。彼らは、絶え間ない出産の負担は女性の足を引っ張り、また子だくさんは人々が貧困から抜け出せない原因になっていると考えていました。

 そして、もう一方の勢力はあの悪名高き優生学の信奉者。十九世紀末は、優生学運動の興隆により、避妊が重視されるようになった時代でもありました。

 優生学の信奉者の大半は上流階級の出身で、世界の資源には限りがあるから下流階級が出産をやめ上流階級が出生率を高めない限り文明は衰退する、と信じていたのです。いやあ、こういうことを言いだす輩の、自分たちは優れた――この場合は子孫を残すに値する人間であるという無邪気な思い込みは、本当に笑えますよね! 

 優生学という言葉を作ったのはかのダーウィンのいとこであるフランシス・ゴールトン。で、彼もまた当時のイギリスの上流階級が抱いていた階級だとか人種についての偏見の多くを持ち合わせていたので、優生学において上流階級=子を残すべき人間だとされたのは、理由のないことではありませんが。でも本当に、指さして笑ってもいいレベルの己惚れだと思いませんか?


 なにはともあれ、上の方でちらっと述べたように「避妊」や避妊に関する話題は「猥褻なもの」であるという認識や、それに関する法律のために紆余曲折はありましたが、女性たちはやがて避妊できるようになりました。あくまで家族を救い夫を繋ぎ留めるという大義名分のためならばで、女性にも性欲があるから性を愉しむために~とかそういう理由では全くありませんでしたが。一例を挙げるとすれば、大多数のアメリカ女性が避妊具を使うようになったのは二十世紀半ばをかなり過ぎてからです。

 ですが、避妊具が使用できるという可能性に勇気を得た婦人運動のリーダーたちは――医師及び科学者たちや、様々な改革者たちも、時に協力しあって――売春が半ば公的に管理されている現状に抗議の声を挙げるようになりました。こうした運動はまず売春統制反対のキャンペーンから始まり、強制売春の問題に移って、最後は黙認されていた娼館での売春を槍玉に挙げていきました。するとどうなるかというと、廃娼運動が起きるのですね。というわけで次からは、廃娼運動と法律を扱っていきます。

 

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