中世ヨーロッパ その②

 今回からは西ヨーロッパ編です。西ヨーロッパはビザンツ帝国(東ローマ帝国)と違って政治的統一は早々に破れました。西ローマ帝国滅亡は476年。しかし実質はそれ以前に滅亡したも同然の状態になっていた。対してビザンツ帝国がオスマン帝国に征服されたのは1453年と、東西ローマ帝国の滅亡にはざっと千年ほどの開きがあります。……神聖ローマ帝国? 知らない子ですね!


 ローマ法およびローマ帝国の伝統を受け継ぎ続けたビザンツとは異なり、395年のローマ帝国の東西分裂から百年も経たずに、ゲルマン民族の大移動が切っ掛けで滅亡してしまった西ローマ帝国。その跡地では、様々なゲルマン民族の国家が出現しました。


 これまで何度も触れてきた事情ですが、ゲルマン民族にとっても女性は一家の――父や兄弟、あるいは息子、でなくても近親の男性の財産であり、常に彼らの保護、またの名は監視のもとに置かれていました。ゲルマン民族の慣習では、妻の姦通の場を見つけた場合、夫は相手もろとも妻を殺害してもOKだったのです。

 ゲルマン民族の一部族フランク人によって建てられたフランク王国でも、女性はどんな場合も両親の承諾なしに結婚することはできませんでした。このことには、生まれた子供は母親が属する階層に――母が自由民なら自由民に、奴隷なら奴隷になるということも関係しているかもしれません。

 ただ、フランク人の間では妾を囲ったり女性を買うことは珍しいことではなかったそうです。フランク人貴族はキリスト教に改宗した後も何世紀かに渡って、アラビアでいうハーレムのような女性専用の居住区を城内に設け、そこに何人もの妻や召使、愛人を住まわせていたのだとか。

 初期のフランク王には、二人の姉妹(うち一人は尼僧でもある)に惑わされて妻を見捨てた者もいるそうです。なんだかとっても教父さまが憤死しそうな行いですね☆ なお、フランク人の社会では売春宿は滅多に見られなかったものの売春して収入の足しにする女性は多かったそうです。そしてそのこっそり売春する女性の中には、尼僧もいた。


 とにかく、上述のように女性は財産、それも貴重な財産だったため、他人の女=財産に手を出そうものなら、きちんと罰が下されました。例えば、ゲルマン民族の一つアレマン族の法律では、男が自由民の女の上半身を脱がせた場合は六ソリドゥス、完全に裸にすればその倍の罰金が課されたそうです。さらに暴行しようものなら罰金は四十ソリドゥスになりました。

 フランク族の一支族リプアリア族では、四十歳までの成人した自由民の女性を殺すと六百ソリドゥス、少女を殺害した場合は二百ソリドゥスの罰金が課されたのだそうです。ちなみに、六百ソリドゥスは牛三百頭、雄馬五十頭に匹敵する高額だったため、罰金の支払いが三代に及ぶこともあったのだとか。と、言うことは上記のアレマン族の法律では、自由民の女性を脱がせようものなら、牛三頭か六頭分の罰金を支払わなければならなかったんですね。確かに、ガッチリガードされていますね。まあ、その分、これまでのパターンからしても、奴隷がひどい目に遭っていたんでしょうが。


 女性の貞節が重んじられた社会では、売春をすることは男性親族に対する公然の侮辱に他なりませんでした。そのため、中世初期の西ヨーロッパでは、男性には売春に奔った親族の女を自由に処罰する権利が認められていたそうです。ただし当然のことながら、売春した親族の女性を罰する義務を果たそうとしない男性もいました。そのため、女性の売春を黙認したり、どころかそういった女性に養ってもらっている男性は、笞打ち百回の刑に処されたそうな。

 前述の売春した女性に対する私刑行為は、後に平和と秩序を乱す原因であると考えられるようになりました。このため、ゲルマン民族の世俗の領主の多くは、売春はしきたりを破る社会的な犯罪だとして、取り締まるための役人を任命したりしたのですが、変化は徐々にしか現れなかったそうです。売春取り締まりのための役人がサボったら処罰されたし、賄賂を貰って売春を見逃した裁判官は三十ソリドゥスの罰金に加えて笞打ち百回という、超キツイ罰を受けたそうなのに。


 なお、上記の罰の対象になるのはもちろん役人や裁判官だけではありません。男と違法な関係を結んだり、ふしだらな生活を送った女性は、笞打ちの刑に処されることになっていました。例えば今のスペインにあった西ゴート王国(415年―711年)では、行いを改めない娼婦は三百回笞で打たれていたそうです。

 ちなみに、三百という笞打ちの回数は、西ゴート王国の刑罰の中で最も多い回数なのだとか。また、売春婦は罰として髪を切られることも多く、それでも売春を続けた場合は奴隷に落とされたそうです。

 ……ところで西ゴート王国の売春に対する取り締まりは、ビザンツの場合のように娼婦が売春をやめても生きていけるように国が助けてくれるなんて、本には一文字も書いてなかったんですよ。いや、悪魔の証明と同じで記録に残っていない=存在していないという訳ではないことは分かっているのですが。

 でももし仮に西ゴート王国の為政者は、娼婦が売春をやめても生きていけるような環境にしようともせず、上記のようなきつすぎる罰を下していたのなら。それはただ単に、臭い物に蓋をしたかっただけなのではないでしょうか。これまでの歴史の流れからして、西ゴート王国の娼婦も、ほとんどの場合はそうしなければ生きていけなかったから身売りしたのでしょうし。


 まあとにかく往時のゲルマン人の社会では、売春婦とは極めて不名誉な存在だったのです。どのくらい不名誉なのかというと、女性に売春婦という濡れ衣を着せただけでも刑罰の対象になるぐらい。

 これまたゲルマン人の一派ロンバルド族の法律では、偽りの告発をした者には二十ソリドゥスの罰金が言い渡されました。それでもなおその女性は娼婦だと言い張り、なおかつそれを証明できなかった男は、女性の親族と決闘することになりました。男が勝った場合は、男の訴えは真実と見なされます。

 ただし負けた場合は女性の潔白が認められ(るもなにも、最初っから潔白だったんでしょうけどね!)、男は彼女の名誉を傷つけた咎で殺人賠償金(wergeld)という、家族にとってのその女性の金銭的価値と同額の慰謝料を払うことになったそうです。またこの刑罰は、女性の髪を不当に切った者にも課せられたそうな。このことからも、売春婦に対する髪を切られるという罰が、どれだけ重いものだったのか察せられますね。

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