二日目(木) 民泊がなんくるないさーだった件
「ほら渡辺。これでも舐めておけ。酔い止めになる」
「飴か……サンキュー……」
「あ、あの、そこって遠かったりしますか?」
「この道ちゃーまっすぐー行ったら、すぐ着くよー」
「だそうで。良かったですな渡辺氏」
「くぬ木がデイゴぬ木やさ。デ~イ~ゴ~の~――――」
修学旅行二日目は民泊であり、昼間は宿泊先の人の案内によるグループ行動。俺のグループはアキトと葵、それに渡辺を加えた計四人だ。
道路の脇に植えられている木を指さすなり陽気に歌い出す、冬なのに肌の焼けた気のいいオッチャンの車でドライブし、俺達はハブとマングースのショーを見に行ったり、沖縄そばを食べたり、バナナボートに乗ったりと色々な場所へ連れて行ってもらった。
「お、お邪魔します」
「めんそ~れ~」
道が空くなり急加速する荒めの運転で沖縄の名所を渡り歩いた後は、宿泊先であるオッチャンの家に到着。中にいたのはこれまた気の良さそうな恰幅のいいオバチャンと、小麦色の肌をした小学生くらいの女の子だった。
「幼女キタコレ」
「自重しろアキト。泊まる宿が刑務所になるぞ?」
「フヒヒ、サーセン」
昨日のホテルで入った大理石の豪華な風呂とは対照的に、今日は水を大事にするように言われ風呂ではなく水圧の弱いシャワー。そもそも沖縄の人は湯船に浸かる習慣がなく、シャワーで済ませることが多いらしい。
入浴を終えた後は夕飯の時間。お腹を空かせた俺達が食卓へ向かうと、そこにはテーブルがお皿で埋め尽くされるくらい、とてつもなくボリュームのある夕食が用意されていた。
「これはまた……」
「何とも……」
「驚きの量ですな……」
「い、いただきます……」
「あー、ゴーヤぐゎー食べるねー?」
「「「「えっ?」」」」
若い上に男の子なら食べ盛りだろうとオッチャンが笑う中、オバチャンは更に追加で次から次へと料理を出してくる。いやいや、ちょっと揚げ物とか多過ぎないですかね?
当然ながら味は美味しく、沖縄料理を食べさせたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。だからこそ簡単に残す訳にもいかず、俺達は大食いバトルでもしているような状態へ。そして数十分後には身動きが取れないほど満腹……というか満身創痍になっていた。
「うっぷす……苦しい……消化しきれん……」
「それにしても……この米倉氏……完全に爆発寸前のセル状態である……」
「多分3キロくらい太った気がする……うっぷす……」
「流石にあの量はヤバ過ぎですしおすし……」
「ん……? 葵と渡辺は……?」
「幼女に捕まったでござる……」
「…………俺、イケメンじゃなくて良かったと初めて思ったわ」
「ご愁傷様だお」
一人っ子ということもあって寂しかったのか、あの子はイケメンの渡辺と葵に対して兄と姉(もしかしたら冗談抜きで性別を誤解しているかもしれない)のように接していた。
何だかんだで所詮は顔なのかと不貞腐れる俺達をよそに、食事前は喜んで面倒を見てあげていた二人だったが、あれだけのカロリーを摂取してろくに動くことすらできない今では、きっと地獄のような状況になっているだろう。
「あるあ……ねーよ」
「ん? 何がだ?」
「どうやら太田黒氏達も地獄を見たようですな」
「第一回チキチキ大食い対決か?」
「農業体験という名の、一日丸々土掘りをやらされたそうだお」
「…………マジかよ」
「掘っても掘っても美少女は見つからなかったそうでござる」
「見つかったら大事件じゃねーか!」
ひとえに民泊と言っても内容は千差万別。俺達がオッチャンガチャのSRを引き当てた一方で、アイツらはNを引き当ててしまったらしい。太田黒、とことんついてないな。
膨れた腹のアキトが他の仲間達の情報を仕入れる中、俺は仰向けのまま首を横にして窓の外を見る。相変わらず夜空には星が沢山だが、今日は虫も沢山な一日だった。
「拙者、腹に溜まっているものを排出しに行ってくるお。今なら排出率アップの10連ウンコで、UR級が期待できるかと思われ」
「ウンコにもレアがあるのかよ?」
『ヨン! ヨン! ヨン! ヨン!』
「ぬ? …………はい、もしもし?」
『ヤッホー兄貴。そっちはどう? 今何してんの?』
「米倉氏と二人で食後の休憩中ですな」
不意にアキトのスマホが鳴り出したが、その会話は筒抜けで受話器の向こうにいる相手が火水木であることはすぐにわかった。
しかしスピーカーモードでもないのに、マジで声でかすぎじゃねアイツ。アキトも耳から30センチくらい離して、マッスルポーズしてるみたいな変な持ち方になってるじゃん。
『あー、それなら丁度いいわ。ちょっとネックと変わってくんない?』
「承知。ということで米倉氏、無料通話なので好きなだけ喋っていいお」
「好きなだけって言われてもな……もしもし?」
『…………』
「あれ? 火水木? おーい、もしもーし? もしーん?」
『………………』
「もっしもっし亀よ~、亀さんよ~?」
『世界のうちで~お前ほど~♪』
「っ!?」
危うく消化中のゴーヤを噴き掛ける。聞こえてきたのは透き通るように綺麗な歌声だった。
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