十四日目(月) 夢野望が礼儀正しい子だった件

 ソファで横になっている夢野の額に、冷やしたタオルを乗せてから見守ること十数分。玄関のドアの鍵が開く音がすると、図書館から走ってきたのか汗だくになっている夢野の妹が帰って来た。

 俺と挨拶を交わした後で、辛そうにしている姉の姿を見た少女は体温計を用意。熱を測らせている間に布団を敷いたり着替えを用意したりと、慌てふためくこともなくテキパキ行動していく。


「お姉ちゃん、起きられる? 布団敷いたから……それとこれ飲んで」

「ぅ……ん……」


 ひとまず以前に病院で貰った風邪薬の残りがあるとのことで服用。本来はあまり良くないらしいが、これは母親が看護師の我が家もやっていたりするので良しとしよう。

 再び運ぶ必要があるかと待機していたものの、どうやら心配なかった様子。その体温は38℃と、どう考えても微熱と言うレベルじゃない夢野は弱々しく立ち上がるなり、若干よろけながらも着替えと布団が用意された自分の部屋へと向かった。


「ふう…………ご迷惑をお掛けしてしまい、本当にすみませんでした」

「いや全然。こっちこそ急に呼び出したりしてゴメンな」

「そんな、とんでもありません!」


 慌てて手を横に振り否定した夢野の妹は深々と頭を下げる。梅の奴から俺について変なことを吹き込まれていたらどうしようかと思ったが、どうやらそんなこともないらしい。

 顔を上げた少女がハンカチを取り出し額の汗を拭うのを見て、少しは年上らしく頼りになるところを見せようと思った俺は呼び方に悩みつつ尋ねる。


「何か必要な物とかあるかな? 何だったら、ちょっとひとっ走りして買ってくるよ」

「いえいえ! 流石にそこまでしていただかなくても大丈夫ですので」

「そうは言っても、夢野一人を残して望ちゃんが買いに行ったら何かあった時に困るだろ? 遠慮なんて全然しなくていいから、要る物があったら言ってくれ」

「色々とすみません……では一つお願いしてもいいでしょうか?」

「ああ」


 望ちゃんの注文を聞いた俺は、夢野家を出ると自転車に跨りコンビニへ向かう。

 到着するなり購入したのは冷却ジェルシートと2Lのスポーツドリンク。とりあえず頼まれたのはこの二つだけだが、ついでに桜桃ジュースも買い物籠に入れておいた。

 その際にふと梅のことを思い出し、店内で涼みがてら妹の携帯へと電話を掛ける。


『もし~ん?』

「あ、もしもし? さっきはサンキューな。お陰で助かった」

『も~、せっかくギネスに挑戦中だったのに、何があったのか気になってそれどころじゃなくなっちゃったよ~』

「勉強してたんじゃなかったのかよっ? 何してんだお前はっ?」

『ちょっと休憩中に挑戦してただけだもん! あのねあのね、歯ブラシでバスケットボールを回転させるギネス記録が64秒なんだって!』

「知らんがなっ! ボールを回す暇があったら頭を回せっての!」

『ちゃんと回してますよ~だ。そんなことより、結局お兄ちゃんの緊急事態って何だったの?』

「あー…………先に言っておくけど、無暗に話を広げてあんまり大事にするなよ? 特に阿久津には絶対伝えないこと。シュークリーム買ってやるから」

『本当っ? じゃあ梅、大きいカスタードのやつがいいっ!』

「へいへい」


 うっかり口を滑らせそうで不安ではあるが、口止め料代わりのシュークリームを籠の中へ一つ放り込む。ついでに望ちゃんにもと、もう一つ追加しておいた。

 無理をして倒れたなんて話を阿久津が耳にしたら、夢野に大掃除を手伝わせたことを後悔するだろう。ついでに言えば情け無用の容赦ない説教が夢野(と俺)に振りかかる可能性もあるな。


「実は今日、色々訳あって夢野の家にお邪魔してたんだけど、どうにも夏風邪っぽかったらしくて寝込んじゃったんだよ」

『はえ~。蕾さん、大丈夫なの? 梅も高速ダッシュで応援に行こっか?』

「別にそこまで酷くはないし、今は望ちゃんが看病してくれてるから大丈夫だ。そもそもお前が来たところでギャーギャー騒ぐだけだろ?」

『む~。そんなことないもん』

「俺も少し様子を見て落ち着いたら帰るから、気にせず勉強してろ。望ちゃんは頑張ってたみたいだから、お前も負けるなよ。そんじゃな」

『は~い! 梅梅~』


 電話を切った後でレジにて会計を済まし、夢野家を目指して自転車を漕ぎ始める。

 行きは何となく大通りの方向へと進みどうにかなったが、いざ戻るとなると困った話。夢野の後についていった時を何とか思い出しつつ、微妙に道を間違えながらも何とか帰還することができた。


『ピンポーン』


 インターホンを押して少しすると、俺が出ていた間に汗を洗い流したらしく先程の私服から着替えたキャミソール姿の望ちゃんが出迎える。

 改めて見ると姉妹らしく夢野に似て整った顔立ちであり、後ろ髪の上半分を両側面から後頭部にかけてまとめたお団子ハーフアップの髪が特徴的な少女は深々と頭を下げた。


「米倉先輩。お気遣いありがとうございます」

「これくらい御安い御用だって」


 身長は梅と同じくらいで、胸は梅より小さめ……というか中学生としては普通の体型だが、梅と同い年とは思えない程に礼節を弁えている少女の後へ続き家に入る。

 頼まれた物を手渡すと、どうぞと椅子を勧められたためキッチンで座って待機。少しして部屋から戻ってきた望ちゃんは、俺の向かい側の席に腰を下ろした。


「お姉ちゃん、眠っちゃったみたいです」

「そうか。とりあえず一段落だな。あ、これ良かったら食べてくれ」

「えっ? そんな、いただけません」

「いいからいいから。勝手に妹経由で番号を聞いた上に、勉強中のところを電話で妨害して迷惑掛けたお詫びだからさ。梅の奴も普段から何かと世話になってるみたいだし」

「と、とんでもないです。私の方が梅ちゃんには御世話になってますし、それにこちらこそ色々と迷惑を掛けて本当にすみませんでした」

「いやいや、全然迷惑じゃないって。仮に望ちゃんがいらないって言うなら、冷やし中華を作ってくれたお礼ってことで夢野に渡しておいてくれればいいからさ。あ、もしかして甘い物とか苦手だったか?」

「い、いえ、そんなことはないですけど…………そういうことでしたら、ありがたくいただきます。本当に何から何までありがとうございます」

「どう致しまして」


 ペコリと頭を下げた望ちゃんはシュークリームの袋を開くと、小さな口を開けパクッと一口。その可愛い姿を眺めながら、俺は気になっていたことを尋ねる。


「夢野について、少し聞いても良いかな?」

「はい」

「ここのところ陶芸部だけじゃなくて音楽部の方も休みがちだったって聞いたし、たまに来た時もウトウトしてたり眠そうに欠伸してばっかりでさ。コンビニで会った時も結構疲れてたっぽい感じだったけど、何かあったのか?」

「その…………実は、お母さんが入院してしまいまして……」

「入院っ?」

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