一日目(火) 物の価値を決めるのは気持ちだった件
「さあ始まりました、三分間待ってやるクッキング」
「どう見ても放送の途中で調味料が目に入りそうな番組名です。本当にありがとうございました」
「紹介してくださるのは、名前を読める人が少ないことで有名なこの方。うっかりシャーペンを逆さに持って指をグサってやってそうな男、三年連続ナンバーワンに輝いた
「あるあ……ねーよ。そもそも今日はクッキングじゃなくてメイキングな件」
予想最高気温が37℃という平熱すら上回る驚異的な暑さの中、俺は勉強会からの避難も兼ねて豪邸(仮)の火水木家へと遊びに、もとい作業しに来ていた。
というのも数週間後に控える9月8日は夢野の誕生日。以前に貰ったアイロンビーズの手作りクラリ君に対し、お返しをどうすべきか相談したのが事の始まりである。
『貰ったのが手作りなら、こちらも手作りでお返しだろJK』
『じゃあアイロンビーズでトランちゃんのストラップか?』
『お揃いというのも悪くないですが、そこは別方向で攻めた方が良いかと。例えばこんな感じのキーホルダーを作ってみるのは如何でござるか?』
そんなやり取りをメールでして、指示に従い用意したのは透明なプラ板とキーホルダー用の金具とUVレジンなる謎の液体。ちなみにどれも100均で揃う品物だ。
「えー、本日は可愛いキーホルダーの作り方を教えていただけるということですが」
「完成した物がこちらになるお」
「おお! 可愛い! こんな感じにできるんですね」
「それではまた来週」
「作り方はっ?」
「技術ってやつぁ、自分で編み出すものぜよ!」
「番組の趣旨、全否定じゃねーか」
くだらない冗談を織り交ぜながらも、手本であるヨンヨンのキーホルダーを眺める。コイツは器用だから完成度も高いが、不器用な俺にこんなのが作れるか不安でしかない。
「手作りにこだわるなら、自分で描いたイラストをキーホルダーにすることも可能だお」
「中学時代の美術の成績は10段階で4だ。作った時計は鍋敷きに使われてる」「おk把握。それならまずはキーホルダーにするイラストを選ぶでござる」
「こういうのって、著作権とか大丈夫なのか?」
「販売用じゃなくて個人で使うだけなら、許してもらえるかと思ってる」
絵の上手い知り合いがいるなら頼めば済む話だが、当てになるような友人は皆無。一応クラスに美術部所属の沈黙系少女がいるが、お願いできるような仲ではない。
そんなことを考えつつ俺が画像を選ぶ中、どこからともなくヘアスプレー持ってくるアキト。そして床に新聞紙を敷くとプラ板を置き、スプレーを噴射し始めた。
「決めたけど……何してんだ?」
「そのままプラ板に印刷するとインクを弾くから、それを防ぐための処置でござる」
「ヘアスプレーなんて用意する物になかったのに、何か悪いな」
「じゃあワンプッシュ5000円で」
「オーケーわかった。ライター借りるぞ?」
「火炎放射ですねわかります。まあライターじゃなくて鉛筆削りなんですがそれは。どうせ使ったのは数回の代物ですしおすし、これくらいはサービスだお」
「サンキュー。やる時の注意とかってあるか?」
「スプレーは15~20センチくらい離して、満遍なく噴き掛ける感じですな」
「北海道で例えると?」
「稚内から函館まで満遍なく……何故に北海道?」
「メロン食いたくなった」
「唐突っ!」
アキトはアキトで新たなキーホルダーを作るつもりらしく、画像の検索を開始。選手交代した俺はヘアスプレーを受け取ると、プラ板に向けて適当に噴射する。
スプレーが充分に乾いた後で、互いに選んだ画像を印刷。実はプリンターがプラ板に対応していないなどと不吉なことを言われたが、壊れることもなく印刷は終了した。
「何か滅茶苦茶でかいし、色も薄いけど大丈夫かこれ?」
「この後に小さくなって、色も濃くなるので問題ないお。これを大体の形に切る訳ですが、ハサミの先端だとプラ板が割れるので真ん中か根元を使うとよろし」
「本州で例えると?」
「埼玉でおk。そして何故に本州で例えさせたし」
「次は世界地図な」
輪郭に沿って細かく切る必要はないらしく、これなら不器用な俺でも問題ない。トランちゃんの周囲に少し余裕を作りつつ、外側を象るようにして切っていく。
「アキトは夏休み中、何してたんだ?」
「店の手伝いが9割ですな」
「毎日良く飽きないな」
「そりゃ仕事だけに、商いですしおすし」
「誰が上手いことを言えと」
「切り終えたら、キーホルダー用の穴を開けるお。ほい米倉氏」
「ん? 何だこれ?」
「トランスフォーム!」
「うおっ? 穴あけパンチなのかよっ?」
ペンケースに入りそうなコンパクトサイズの直方体を差し出されるなり、ボタン一つで驚きの変形。相変わらずの面白文具を見せられつつも、作業は終盤へ向かう。
場所を移動して火水木家の一階に移動するなり、アキトは一度くしゃくしゃにして凹凸のできたアルミホイルをオーブンに敷く。こうすることで接する面積が減り、熱したプラ板が剥がれなくなるのを防げるらしい。
そしてオーブンに160度設定でスイッチを入れ、少しして内部が温まったのを確認するなり眼鏡を光らせた。
「ここが一番重要なところですな。まずは拙者が手本を見せるお」
「おう」
「勝負は一瞬……プラ板を箸で摘み、素早くオーブンの中へ――――ちょまっ?」
「落としたぞ。これが手本か」
「ほっ! はっ! 投入っ! 封印っ!」
「うおっ? すげえっ!」
密閉するなり中に入れたプラ板はぐんにゃりと歪み、みるみるうちに小さくなる。
ほんの数秒でオーブンの蓋を開けたアキトは慌ててプラ板を箸で摘むなり、すかさず開いていた雑誌の上に置いたもう一枚のクッキングペーパーへと移動させた。
そしてプラ板をペーパーで挟み込むように素早く雑誌を閉じ、上に重い辞書を乗せる。
「ふう……ざっとこんな感じですな。あんまり入れ過ぎるとインクが焦げるお。オーブンから取り出すタイミングの目安は平らになったと思ったらいい感じでござる。それと慌て過ぎても本を閉じた際にプラ板が吹っ飛ぶので注意ですな」
「オッケーだ。小さな頃に豆を摘み大会で優勝した腕前を見せてやるぜ」
「子供会の定番キタコレ」
アキトに倣ってオーブンの中へトランちゃんを投入。変形する様子を眺めながら、頃合いを見計らってオーブンから取り出しキッチンペーパーで挟むと重石を乗せた。
一瞬見た限り焦げた形跡は無く、少しした後で雑誌を開く。クッキングペーパーの中から姿を現したのは、商品としてあってもおかしくないトランちゃんだった。
「おおっ!」
「悪くない出来ですな。最後にこのUVレジンを塗って完成だお」
「ずっと気になってたんだが、そのUVレジンってのは一体何なんだ?」
「いわゆる紫外線硬化樹脂でござる。このままだと濡れたらインクが滲むから、表面をコーティングする必要がある訳ですな。樹脂が固まるとぷっくりして綺麗にもなるお」
「紫外線か。あー、UVカットとか言うもんな」
「レジンを塗る時は開けた穴に入らないように、つまようじを差し込んでおくとベストだお。後は米倉氏が希望するなら、装飾もしてみるのもありですな」
部屋に戻るなり、星や雪の結晶といった薄いスパンコールを取り出すアキト。前もって用意していたのか、はたまた常備していたかは不明だがありがたい限りだ。
穴あけパンチで開けた穴も小さくなっており、つまようじがピッタリ入る大きさになっていたため、俺は言われた通り星型のビーズと適当に散りばめつつレジンを塗った。
「こんなもんか?」
「後は天日干しにして、完成を待つだけだお」
「…………」
「どうかしたので?」
「いや、思った以上にあっさりできたし、材料費だって大して掛かってないからこれで良いのか不安になってきてさ」
「物の価値を決めるのは気持ちだ、By店長。普段は手作りなんて一切することのない米倉氏が、少なからず時間を割いて一生懸命作ったなら良いと思われ」
「そっか。手伝ってくれてサンキューな」
「どいたま。その様子だとリリスとは順調なので?」
「順調って言うか、話すと長くなるけど色々あってな。まあ聞いてくれよ」
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