十六日目(金) チャージは小まめにするべきだった件

「ふぁああ……はれ? ほにーふぁあああ」

「喋るのか欠伸するのか、どっちかにしろ」

「ふぁああ……っくしゅんっ!」


 まさかのくしゃみという第三の選択肢で答えた梅は、ストーブの前で丸くなる。


「こんな朝から制服着てどこ行くの? また家出?」

「またって……一回やっただけで人を常習犯扱いするな」

「だって今日も学校休みなんでしょ?」

「言ってなかったか? ネズミースカイに行くんだよ」

「へー。ネズ…………ヴェエエエッ?」


 波線みたいに細かった寝起きの目が、いきなりカッと見開いた。両親には伝えてあるが、どうやらマイシスターは聞いていなかったらしい。


「何でいきなり一人ネズミーっ?」

「何でいきなり一人扱いっ?」

「一人じゃないのっ? じゃあホモミーっ?」

「どんな略だよっ?」


 コイツは一体兄を何だと思っているのか問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。


「まさかお兄ちゃん、本当にデート誘っちゃったとかっ?」

「んな訳あるか。前にボランティア行ったメンバーで行くんだよ」


 正しくはアキトがOUTで火水木がINだが説明するのも面倒だし、オタクが腐女子に変わったところで大して問題ないから別にいいだろう。


「それならミナちゃんも一緒でしょ?」

「ああ」

「いいな~。梅も行く!」

「お前は学校だろうが」

「だって行きたいよ~。行かせて行かせて!」

「そういう誤解を招く発言をするな」


 兄の遊びについてくる妹なんて、小学生くらいまでな気がする。まあコイツの場合は阿久津という偉大な先輩がいるからであって、別に俺は関係ないんだけどな。


「じゃあお土産にチョコクランチ買って!」

「確かにアレは美味いし俺も好きだけど、高いから却下だ」

「え~? バレンタインに黒い稲妻あげたじゃん!」

「わかった。お土産に白い変人を買えばいいんだな?」

「む~」


 早朝にも拘わらず散々喚いた梅は、ぷくーっと頬を膨らませる。ホワイトデーの前借にしては早すぎだし、チョコクランチ一つで黒い稲妻が三十個は買えるぞ。


「蕾さんの手作りチョコ真っ二つにしたこと、黙っててあげたのにな~」

「…………」

「梅のマッチョTシャツ、貸してあげてもいいんだけどな~」

「いや、それはいらん」


 そもそもサイズが合ってないだろ。俺が着たらパッツンパッツンになるわ。

 いきなり立ち上がった梅は、曲を口ずさみ不思議な踊りを始める。どうやらエレクトリカルなパレードのつもりらしいが、見ているだけでMPが吸われそうだった。


「…………わかったよ。買ってくればいいんだろ?」

「イエーイ! それと今度ミナちゃんと遊びに行く時は、梅も連れてってね?」

「へいへい、善処しますよ。んじゃ、行ってくる」

「絶対だよ! 絶対だかんね!」


 やかましい妹を適当にあしらいつつ、俺は逃げるように家を出た。

 土産代を立て替えて貰えないか、後で母さんにメールで聞いてみるか。テスト結果次第とか返されそうだけど、期末はそこそこ上手くいったし大丈夫だろう。


「…………」


 いつぞや窯の番で深夜に外へ出た時もテンションが上がったが、早朝というのもそれに近く何とも言えない高揚感を覚える。

 始発電車に乗るなんて、もしかしたらこれが初めてかもしれない。到着予定時刻は開園15分前だが、別にそんな朝一番に行く必要もないと思うんだけどな。

 まだ薄暗い空の下で白い息を吐きつつ、自転車を漕いで駅に到着。改札を抜けた辺りでアナウンスが聞こえ、割とギリギリだったがセーフだ。


「――――のかい?」

「うん。水無月さんは?」

「ボクはバレンタインは…………と、この話は後にしよう」


 階段を下りていくなり阿久津がこちらに気付いた。何の話をしていたのかバッチリ聞こえたんだが、気遣って中断するくらいならチョコくれよ。


「おはよう米倉君」


 少し遅れて夢野が振り返り、いつも通りの可愛い笑顔を見せる。

 企画者が制服ネズミーを提案したため、鞄以外は見慣れた姿の二人。阿久津がショルダーバッグで夢野がリュックと珍しくはあるが、個人的には私服が見たかった。


「おっす」

「おはよう。相変わらずキミはギリギリだね」

「文句なら梅の奴に言ってくれ」

「梅ちゃん、どうかしたの?」

「一緒に行きたいだの土産を買ってこいだの言われて、無駄に時間を食った」

「足止めされたのは数分だろう? もっと時間に余裕を持てば済む話じゃないか」


 ぶっちゃけ阿久津の言う通りだし、大して足止めはされていなかったりする。口止めならしておいたけど、今思えば口車に乗せられた感が否めない。

 本来の集合場所は乗り換える途中の駅であり、俺達三人がここで集まったのは偶然……いや、始発ということを考えれば必然なのか?

 阿久津が呆れた様子を見せる中で、ガラガラの電車が到着。左右を女子に囲まれるなんてことは断じてなく、端から阿久津・夢野・俺と順当な座り方だった。


「夢野君はネズミーによく行くのかい?」

「ううん、私はランドに一回だけかな。シーは行ったことないし、スカイも初めて。水無月さんは?」

「ボクはスカイだけで三回くらいだね。後輩と一緒に――――」


 やはり始まる女子トーク。以前と同じく相槌を打ちつつ聞くつもりだったが、電車の揺れという史上最高の眠気が襲いかかる。


「――で――」

「その――――」

「――くら――」

「――――――」




『――グイッ』




「っ?」


 浅い眠りから意識が戻る。

 パチリと目を開けると、耳元で甘い囁き声がした。


「朝ですよー」


 重い頭を支えるため、夢野に身体を預けていたらしい。お互いの二の腕が触れ合い、肩に顔を乗せる形で少女にもたれかかっていることに気付く。

 そして目の前に立ちはだかり、引っ張る準備万端とばかりに俺の右頬を抓んでいる阿久津。恐らく数秒目覚めるのが遅ければ、容赦なく引っ張られていただろう。


「…………ん……ひででででっ!」

「目は覚めたかい?」

「さべてるっ! さべてるからっ!」


 ちゃんと返事をした筈なのに理不尽な洗礼を受けた。夢野と夢の国に行くけど、この痛みはどう考えても夢じゃないの。


「494足す1729は?」

「…………………………2223!」

「2223掛ける2223は?」

「いやそれは難し過ぎだろっ?」

「答えは4941729だね。そろそろ降りるよ」


 さらりと答える阿久津だが、実際に携帯の電卓で確認したら本当になった。何これ凄い……凄いけど、絶対に目覚めたかの確認で出す問題じゃない。

 一問目の暗算を夢野に拍手で祝福されつつ電車を降りる。女子二人の後に続いて乗り換え先のホームへ移動すると、既に三人が集まっていた。


「あ! おはよう」

「……おはよ」

「無事に全員集合ね」


 やはり制服だと代わり映えしない仲間達。火水木もリュックで冬雪は手提げ。そして葵は俺同様に手ブラもとい手ぶらかと思いきや、巾着バッグを持っていた。

 適当に雑談した後で再び電車へ。六人が横に並ぶことはなく端から俺・夢野・葵と座り、正面には冬雪・阿久津・火水木という形になる。


「えっと……ゆ、夢野さんは何か乗りたい物ある?」

「あ、見せてもらってもいい?」


 葵のスマホを夢野が覗き込むと、当然ながら二人の距離が近づく。中々に盛り上がっているようだが、勉強会でもこんな感じだったんだろうか。

 向かいに座る女子達の暗黒空間も当然見えず、俺は壁に頭を付けて目を瞑った。




『――プニッ』




「…………?」


 再び浅い眠りからの覚醒。

 またも阿久津かと思ったが、今度の指は頬に軽く押し当てるだけだった。


「起きた?」

「ん……ふぁあああ。悪い、朝は弱くてな」

「そっか。でも米倉君の寝顔って可愛いね」

「こんな顔でいいなら、授業中いくらでも見せるぞ?」


 まあ中学時代と違って、ウトウトはあっても寝ることは少ないか。

 どうやら向かいに座っている冬雪も眠りかけていたらしい。阿久津の起こし方は言うまでもなく俺の時と違い、優しく声をかけつつ肩を揺さぶっている。

 乗客が少ないのをいいことに、そんな二人を火水木がスマホで撮影。もしかして俺の寝顔も撮られたのかと考えていると、電車は目的地へと到着した。


『ピンポーン』

「んあ?」

「ちょっと何やってんのよネック?」


 火水木は通す。冬雪も通す。櫻は通さない。

 そう言わんばかりに改札が閉じる。別に俺が米倉一族を捨てて逃げ出した意気地なしという訳じゃなく、単なるICカードの残金不足だ。


『ピンポーン』

「あ!」


 そして隣で全く同じことをやらかす葵。慌てた姿が無駄に可愛いんだが、これ周囲にいる人の何人かは男子の制服を着た女子と勘違いしてそうだな。


「先に行っててくれ。チャージしてくる」

「ご、ごめんね」

「じゃあ外で待ってるわよ」


 女子四人の後ろ姿を眺めつつ、俺は葵と一緒に券売機へ向かう。今日は何かと出費が多い一日になりそうだが、思い出はプライスレスだ。

 使う時には使うべきとアキトの奴が言っていたが、確かにその通りかもしれない。まあアイツはノブ……店長からの受け売りだって言ってたけどな。


「………………さ、櫻君」

「ん? どうした?」


 先にチャージを済ませた俺は、葵が終わるのを隣で待っていた。

 何かトラブルでも起きたのかと思いきや、別にこれといった問題も見られない。ICカードを回収した友人は、列を離れた後で小さく囁く。


「ぼ、僕ね………………今日、告白しようと思うんだ」


 唐突な宣言に、思わず驚き呆然とする。

 しかしその真剣な眼差しを前にした俺は、少し考えた後で一つだけ尋ねた。


「…………アキトは知ってるのか?」

「う、うん。昨日伝えておいたから……」

「そうか。頑張れよ」

「あ、ありがとう」


 友人を応援している筈の自分の言葉が、妙に薄っぺらに感じる。

 それ以外に何と応えれば良いのかわからないまま、俺達は特に深く語ることもなく女子と合流するなり夢の国へと向かうのだった。

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