第117話セアラVSヴィッツ

 ロイオの敗北。

 その結果を予想はしていたセアラだったが、ああも簡単に倒されるとは思っていなかった。

 心のどこかで、『ロイオならば』という淡い期待を持っていたのだ。

 それはセアラだけではなかったが、共にゾンビの大群を相手にした経験からロイオの実力が自らを遠く凌いでいることを知っている彼女だ。同じ前衛としてその期待は他の二人よりも大きい。

 更には数年の修行でラキスとの実力差を縮めたという自信が打ち砕かれたのだ。

今のセアラが振るう剣は心許無く、不確かなものであり相手に当たらない。


オブ「セアラ……」


 涼しい顔をしてひらりと身を躱す秘書の姿がソフィアの不安を募らせていた。


ヴィッツ「……」


 そんな主人のネガティブな感情がセアラに届くことはなかったが、代わりに秘書の手を動かした。

 黒スーツのポケットから取り出したのは、文庫本ほどの手帳だった。


セアラ「なにを……?」


 手帳に挟んでいたペンを走らせる不可思議な秘書の行動にセアラはゴム刀を構えながら訝しい視線を向ける。


ヴィッツ『あの男は、強いのか?』


 異界特有の文字で綴られた文を裏付けるように秘書の視線が破れた障子の方へ動く。手帳の問いに答えるべく、セアラは乾いた喉を唾で潤す。


セアラ「あの男は、異世界の出だ。この世界の闘いには不慣れなだけで、秘めたる戦闘力は容易に想像できる」


ヴィッツ『お前の実力はどうだ?』


 この文が皮肉を匂わせていたらどれだけ楽だっただろうか。

 ヴィッツの表情は、一貫して無。感情が籠っていないことがこの言葉が心からの疑惑なのだとセアラに感じさせたのだ。


セアラ「貴様には及ばないが……そのペンを切り落とすくらいはできる」


 セアラが言い終えるとペン先が黒い液を零しながらヴィッツの手から落ち、道場に染みを残した。同時にヴィッツの顔色をほんの僅かに動かした。


ヴィッツ「……」


 会話の術を失った秘書に交わす言葉はない。だが、分不相応の実力を示したセアラを見定めるような目を向ける。


セアラ「……」


その視線に緊張が走るセアラは固唾を飲み込んだ。


オブ「セアラ、頑張って!」


 硬くなった背を押してくれる声援がなければ、セアラは最初と同じように当たりもしない剣を振っていたことだろう。深い絆で結ばれた者同士だからこそ、こういった逆境での声援は効果が高い。


セアラ「ソフィア様……私は貴女の刃。この任に恥じる闘いをするわけには参りません。ヴィッツ殿、とおっしゃられましたか? 全力でいかせて頂きます!」


 目を据えたセアラは腰を落とした。ゴム刀を上段に構え、攻撃的な意思を全面に出す。その気迫は主人を護る番犬を彷彿とさせるほど険しい。


ヴィッツ「……」


 二人の視線が交差すると、先に動いたのはやはりセアラだった。


セアラ「――大炎山だいえんざん!」


 振り上げた刀を体重の乗った踏み込みと共に降ろす。

 セアラの十八番、飛ぶ斬撃が道場の床を燃やす火炎を纏って発射。五メートル以上ある天井にも届くほどの炎は勢いを増し続け、山のようになった。

 

ヴィッツ「……」


 斬撃と共に迫る劫火に領主最強の秘書は、軌道からその身を投げる。そして横から回り込むように婉曲に走った。


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