第109話むねんやねん
あのバカ……この俺にこの世でもあの世でも未知の存在である『女』の相手をしろというのか……。
女は女でも一人はエルフ族。多少の憧れはあれど、山田のように発情するほどではない。
エリー「……そういえば……」
リオ「ん? なになにどしたの?」
ギルドを目指し始めて間もなく、エルフが俺の方を振り向いた。
エリー「貴方、いつまで半裸なの?」
ゼウス「ああ、忘れていた」
リオ「こんなに平然と半裸でいる人初めてみた……もう少し見てたかったけど」
エリー「それとなんで半裸だったのかしら?」
今度はやや探るような眼つきになったエルフ。
ゼウス「貴様らに言う義理はない。報酬を受け取ればそれで解散だ」
エリー「そう。でも、貴方が山田くんに話したら私も聞くことになると思うけれど?」
リオ「その光景が簡単に浮かぶよ……」
ゼウス「……否定できんな」
あのバカのことだ。
顔立ちのいいエルフに聞かれれば二つ返事で答えるだろう。
俺がしゃべらなければ済む話だが、あのバカは何故俺があんな無様な恰好になっていたか問い質さなければ気が済まんだろうな。
ゼウス「……ここで話した方が余計な尾ひれがつくこともない、か……」
エリー・リオ「……ホントに山田くんのこと全然信用してないんだ」
あのバカは俺と違って人が良すぎるだけだ。
俺は、慣れない相手に自らの醜態を語る。だが、なんということはない。
あの白い女と後日同じ時間同じ場所で会うことになっていることを伏せておけばいい。
ただそれだけだ。
俺が倒れ、目を覚ました後のことを少しだけ語らなければならないだろうがな。
*
白い女との殺し合いは俺にとってこれ以上ない経験だった。
異世界にきて何度かモンスターや冒険者と戦ったが、本気の死闘は初めてであり得も言えぬほどの情動を味わった。
俺がこの世界に来て、初めて倒し損ねた相手に半裸で膝枕をされていることなど、それに比べれば大した羞恥ではない。
ゼウス「なにをしている?」
「……意外と素直な寝顔だった」
ゼウス「……ふん」
上から俺の顔をじっくりと覗き込むその女の膝は、人にしては冷たすぎる。逆に そのおかげで俺の高まった脈はゆったりと落ち着いたのだろう。
気づけば胸の傷は跡形もなく消え、代わりに全身を虚脱感が襲っていた。
「……エリクサー」
ゼウス「なに?」
「エリクサー……使った」
ゼウス「……回復アイテムか。レア度がかなり高い方の」
「そう」
ゼウス「なぜ俺を殺そうとした?」
「密猟の護衛・支援が依頼」
一々言葉が足りないぞこの女……。
ゼウス「……貴様は何者だ?」
「教えられない」
俺の長い髪を触るこの女の手つきはきっぱりとした言葉とは裏腹に優し気だった。
それに、教えられない、か。
ゼウス「禁則事項か」
「そう」
ゼウス「では、俺の命をつないだのは何故だ?」
「あなたを殺すことが嫌になったから」
ゼウス「その理由は?」
「教えない」
今度は、教えない、か。
言葉の意味合いを考えさせられる面倒な女だ。
こんな女、もう会うことはないと思っていたのだがな……。
ゼウス「……ならば再戦を申し込もう。俺が勝てば、貴様は俺の戦友だ。隠し事も話せ」
「……面白そう……でも」
ゼウス「主人がいるなら斬ろう。邪魔な契約があるというなら斬ろう。貴様を縛るものは全てこの俺が斬り捨てる。貴様は俺との再戦のことだけを考えろ」
「……」
膝枕されて言うセリフではないが、俺はこいつを気に入った。
この女にはそれだけのことをする価値がある。
ぼーとしているこの女は俺の髪を触るのをやめると、赤く広がった木々の間から青々しい空を見上げた。
「……そう。初めていわれた」
ゼウス「そうか」
紅く鋭かった目がほんの僅かだが、柔らかくなった。
「……三日後の正午、ここに」
ゼウス「ああ」
その後、この女は俺が動けるようになるのを確認すると残党が未だにエルフを狙っていること、作戦内容をしゃべった。
最後に俺の服をどこへやったか訊くと――
「ここ」
自分の腰にぶら下げている血に染まった布切れを指さした。
ゼウス「……破いたのか?」
「記念」
ゼウス「……なんのだ?」
「教えない」
先ほど同様感情が読めない口調と顔で朧に消える。
ゼウス「……あの全裸バカに比べれば、俺はまだマシ。まだマシ……まだ、マシ」
そう自分に何度も言い聞かせて、この状況を納得した。いや、させた。
別に半裸が苦ではない。あのバカと同類にされるのが嫌なだけだ。
バカが調子に乗る前に、俺は残りのザコを狩るとしよう。
無論、奴らが俺の恰好に突っ込むまえに黙らせるがな。
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