第68話リミットブレイク・山田

エリー「山田くん……なんで……私、まだあなたにお礼だって言ってないのに」


口からごぽっと血を吐き、刺さった鮮血の槍がその効果を失うと地に倒れ伏した恩人。

その死に悲嘆に暮れるエルフ族は未だスキル効果発動中だった。


ブラッドベル「手間をかけさせてくれたな。人間」


吸血鬼の王はすぐ近くのエルフには気が付かない。更には口元を歪めるその人間にも。


山田「クリティカルダガー!」


起きあがる拍子に腰から抜いた短剣を正面にいた吸血鬼王に突き刺す。

会心の一撃を意図的に引き起こす盗賊上級スキルは短剣に閃光を宿し、ブラッドベルの鳩尾にヒット。

血を吐きながらあまりのダメージに一歩、二歩と後退する。山田は身体についた汚れをはたき落とし、短剣を肩に担ぐ。


ブラッドベル「ぐ……ぬおぉ……」


山田「ありぇ? 会心の一撃でもやられねぇ……レベル一〇〇になってんだけどなぁ……ひょっとしてお前、特性かスキルでクリティカルヒット無効付いてる?」


塞がった胸の傷を擦ってみるが破けた服に血がついているだけで、口元の温い液を拭えば瀕死の重体だったとは思えない。

それもそのはず。閻魔(神)の手により、レベル一〇〇の盗賊になっている上にHP全回復だ。


山田「まあどっちでもいいけどな。お前ら『Noah』のモンスターが、こっちじゃ色々リメイクされてても概ね一緒だろうし。ましてや、レベル差四〇くらいを引っくり返せるわけねぇよな」


形勢逆転。


さて、と山田はエリーに付与していたスキルをすべて解除する。

透明化が解除されたエルフは信じられないものを目にしていたせいで口を開けっ放しにしていた。


山田「倒すって言ったろ? 俺は出来ねぇホラは吹かねぇ」


諸刃の短剣を宙に投げてキャッチする。

どこかのセリフをパクってカッコつけている盗賊。

生死の狭間から戻ってきたその姿を幻かと思ったエリーは山田の頬を引っ張り確認する。


山田「あのエリーちゃん……イテェんだけど?」


エリー「……ゆ、幽霊じゃないのね?」


山田「気持ちはわかるけど頬っぺた離してくんね……?」


赤くなってきた頬に現実みを得たエリーは言われた通り手を離した。

HP残り僅か。うずくまっている吸血鬼の王が頬を撫でて痛みを和らげている山田を下から睨み付ける。


ブラッドベル「……き、キサマ……なぜ」


その瞳には殺意というより驚きが込められていた。


山田「あー……説明すんのはだりぃから省くけど、地獄の閻魔さまに生き返らせてもらった」


ブラッドベル「……ふざけているのか!」


山田「事実を理解できねぇのはバカだぜ?」


ブラッドベル「……」


睨まれた山田は蔑んだ目で答える。

山田としては足元の吸血鬼に答えたつもりだったが、もう一人にもグサリと刺さっていた。


エリー「……」


なにも言えないエルフ族の少女はジロリと山田を睨んでいたがそんなものはどこ吹く風。山田は気付かない。


山田「黙っちまったな……まあ、いいけど。そろそろお前らの目的、教えてくんね?」


ブラッドベル「……そんなものはない」


山田「へぇーあっちこっちで騒ぎ起こしてる他のモンスターもお前とは関係ねぇってのか?」


ブラッドベル「……」


山田「俺の索敵スキルはビンビンに反応してんだけどよ。そこんとこどうなんよ?」


ブラッドベル「知らん」


エリー「嘘よ! 貴方は外のモンスターも内のモンスターも全部知ってたじゃない!」


ブラッドベル「……小娘が」


自らの惚けを曝されたブラッドベルは寒気を催すほどの視線をエルフに向けるがその間に山田が割って入る。


山田「んじゃ、選べ。俺の仲間にとんでもなくすげえ精神系魔法を使えるやつがいる。そいつが来るまで知らねぇを通すか、今、俺に教えるか」


ブラッドベル「……」


山田「ちなみにそいつはカワイイ見た目してっけど、けっこうゲスいから何されるかわかんねぇぞ?」


ブラッドベル「……わからんのだ」


山田の下手な脅迫でも、吸血鬼からすれば強者の言葉。これをハッタリだと決めつけ、後々、後悔することを渋った結果、素直になった。


山田「なにが?」


ブラッドベル「余たちは旧魔王軍の――いや死んでいた余たちを黄泉より戻した奴がいるはずだ。其奴の呪詛なる縛りが余たちを動かす。まるで自らの意思のように感じるそれだが断じて余の意思ではない。動かされているのだ」


山田「……さっぱりわかんねぇわ」


エリー「つまり、モンスターたちを操っている元締がいるってことよ」


山田「もとじめ……元じみ面のことか!」


エリー「山田くん、ちょっと黙ってて」


ウザいと目で黙らせるエルフは格上だった吸血鬼に殺意を宿した声色を浴びせる。


エリー「それがどこにいるかわからないの?」


ブラッドベル「……」


エリー「そう……山田くん、止めは私にさせて。あの子たちの……敵を取りたいの」


可憐な少女が凍てつくような視線を振りまいているのを山田は初めて見た。

言葉がつまりつつも返事だけはちゃんとする。


山田「お、おう」


ブラッドベル「……まさか、エルフごときがそんな目をするとはな……」


嘲笑を隠さない真祖に抑えていた怒りが溢れる。


エリー「見くびらないで! ……貴方に私の、私達の怒りを――」


ブラッドベル「ふん……さっさとやれ。弱い犬ほどよく吠えるものだぞ?」


エリー「このっ――」


山田「エリーちゃん、ストップ」


殺意を乗せた小杖を構えるエリーに山田は肩に手を置く。


エリー「止めないで山田くん!」


山田「もう一個、コイツに聞かなきゃいけねぇことがあるんだ。待ってくれ」


エリー「……わかったわ……」


山田「……なぁ、ブラッドベル。お前の魔王は……死んだみてぇだけどよ、今の魔王ってどんなやつなんだ?」


ブラッドベル「……さぁな。だが、お前ほどの強さなら互角、接戦くらいだろう。少なくとも余や他の幹部では相手にすらならん」


真祖の話を聞いて山田はいくつかの疑問が浮かんだが、それらを纏めるのは自分ではないと、一旦置いておく。

徐々に消滅しているのか、真祖・ブラッドベルの身体が光の粒子を撒き始める。


山田「楽しかったぜ、ブラッドベル」


エリー「山田くん、私に止めをさせて!」


ブラッドベル「……小娘、お前の仲間は未だ死には至っていない。愚物にしては見事だったぞ」


そうして猛っていたエルフはやるせない思いを飲み込まざる負えなくなる。

王は自らを称賛した人間へ視線を移し、不思議なことだが懐かしむ感覚を覚える。

この人間とはどこか別の場所で会ったことがある、そんな気だ。

旧友との別れを惜しむような表情になったモンスターに山田は親指をグッと立てた。


山田「またどっかで会えるといいな」


ブラッドベル「ふっ……二度とごめんだ」


エリー「……なんで私より仲良さげなのよ……」


消滅する強敵と陽気な恩人の雰囲気に一人ぽつりとこぼしたエルフの一言は誰の耳にも入らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る