第67話リミットブレイク・ねこねこ

図書館内の人々は早々に避難を終えたものの、その内部は抉れた柱の破片や幾冊の本が散らばっていた。

近衛戦士の戦闘を引き継いだ魔導士は空中を滑空しながら狙いを定め、杖の先に魔法陣を展開。


アラン「ウィンドスパイラル!」


エノ「きゃっはっ鬼城壁きじょうへき!」


放たれた渦巻く突風は紫色のオーラの壁に防がれる。

柱を蹴って跳躍の距離を稼ぎ、魔導士に接近した一本角の鬼娘。


アラン「速いっ⁉」


エノ「剣鬼・舞踏けんきぶとう! あっひゃっはっは!」


手中に紫のオーラを凝縮した刀剣を作りあげ、アランを切り刻もうとする。


アラン「(コーティングベーラー!)」


しかし、振り下ろされる直前に防御魔法を自身にかけ最小限のダメージに抑える。魔法発動速度が一瞬だったのは優れている魔導士の証拠でもある。それでもダメージはダメージ。五連の剣撃を受け、地面に叩き落とされるアランと満足げに着地するエノ。

埃がたつ中、地面に打ち付けられたアランが苦し気な顔で立ち上がる。


アラン「……これじゃあねこねこ君を回復できないわね……セアラの方は……あらあら傷心してる……よっぽどお気に入りだったのかしら?」


一先ず目先のモンスターをどうにかしないとね、とアランは回復魔法を自分にかける。 ねこねこの状態を遠目で視認したが出血が酷く、もう手遅れかもしれない。それでも魔力を温存しておこうと思った。

屋内ということもあり、本来の実力を十分に発揮できない状況と合わせて、そうせざるを得ない。

埃が収まってアランの姿を狂気に満ちた目に映すとエノは唇を舌で一舐めし突撃。


アラン「ウィンドウスパイラル!」


さっきと同じ迅風は回避行動を取らない捨て身を切り裂くが狂喜の笑みを浮かべた鬼は引かない。それは自己再生スキルの裏付けあってのもの。


エノ「再生リクエイト……不浄扇ふじょうせん!」


アラン「エアーフロウ!」


旋回する紫刃とアランを台風の目とした旋風が呑み込み合う。

やがて旋風を制した紫の気剣が魔導士の膨らんだ右の果実の一つを切り上げる。


アラン「きっ!?」


果実から赤い飛沫が散る。

魔導士の整えれた眉が歪むのを見てサディスティックな笑みを浮かべる夜叉が傀儡を操るように指を曲げた。

すると血塗られた刀身――エノの使役するモンスター『ゴーストナイフ』――が曲線を描き、もう一つの果実を反対から突き刺す。


嗜虐心が見せたこの光景は実現しなかった。


「フリーズ」


空を裂く短剣は内から冷気を吹き出し、みるみるうちに勢いを亡くして床に落ちる。

霜を降らせた短剣は死んでいるかのごとく微動だにしない。


氷結魔法それも初級も初級の一発で使役していた短剣ゴーストナイフが倒された。

初めて、狂っていただけの鬼人が驚愕を見せる。


ねこねこ「魔法が発動したってことは、やっぱりモンスターだったんだね」


ねこねこの勝ち誇った声が他の二人にもエノと同じ驚きを浮かばせる。


メイドの腕の中で安らかに眠っていた賢者がその温もりを味わいながら指で魔法を撃ったのだ。


セアラ「ねこ……」


ねこねこ「ぼくは女の子の涙で息を吹き返すスキルを持ってるんだぁ」


瞬きすれば零れ落ちそうな大粒の涙を浮かべたセアラにねこねこは笑みを向けて軽く答える。


セアラ「……ぶれないなお前は。ははっ」


アラン「……ええ、本当に。ふふっ」


死者の復活。

この世の理を外れた出来事に驚きつつも喜ぶ彼女たち。

また、狂騒を強める彼女も。


エノ「キィぃぃやぁぁ‼」


ねこねこ「……ぼくが生き返ってそんなに悦んでくれるんだぁ。ありがと、おねえさん!」


起き上がり、皮肉をたっぷり込めた笑いかけを撥ね飛ばすかのように、片角の鬼は自らが造り出した紫の剣を振り回しながら爆走する。

正面から捉えた殺意と狂喜を遮るべくねこねこは詠唱を開始する。


ねこねこ「連なり響け、幾千の雪花――アングレカム」


賢者の付属スキル『花色の調べ』

花の名が技名となるそれは、賢者または吟遊詩人(遊び人の上位職)のレベルが七〇後半になった時にINTとCHRが高水準であることで習得できる強力なもの。

どの能力も――使用回数制限がとてもシビアだが――個々で高い効果を発揮し、今回ねこねこが唱えた『アングレカム』は効果範囲内にいる全生物の精神状態を安らかにする精神系スキル。

レベル一〇〇・最上位職、それも超攻撃型『賢者』が詠唱して唱えたスキル。


例え、精神作用無効化の特性を有していようとも淘汰される。

とてつもなく広がったレベルの差がそこにはあった。

レベル二〇程度のセアラ・アランと互角な戦いを繰り広げたエノ。

そんな彼女の特性では埋められない圧倒的な差が。


白い賢者から奏でられる神秘的な蒼い旋律が荒ぶるエノの鼓膜から魂に至るまでの全てを和やかなものへと変える。


エノ「……っあぁ……ぁ」


甘美な吐息を漏らす。

禍禍しき片角が無くなるとセアラはエノの気配が二つになるのを感じ取った。


セアラ「……気を付けろ、なにか出てくる」


メイドの身体に寄生していたスライム変異種『デーモンハート・スライム』がねこねこのスキルに堪えかねてその寄り代から逃げるように離れた。


淀んだ紫の液状モンスターの出現。


それをただで置くほど愚かではない。


セアラ「臥焔突がえんとつ!」

アラン「ウィンドスパイラル!」


炎を纏った突き攻撃がスライムを焼き、螺旋の突風がドロドロの身体をかっさらう。

その身体はほどほどに形を保って白い賢者の頭上に差し掛かる。


ねこねこ「おねえさんの身体を好き放題できる寄生型スライム……同人誌出てたら買ってたよ。間違いなくね」


存在の消滅を悲しむねこねこ。

それは一瞬の小さな声であった。

感情的に見上げた後、杖を天に突き上げ止めを刺す。


ねこねこ「中級魔法メディウムマジック蒼氷爆裂ブルーアイスバースト!」


かつてないほど、真面目に魔法を放ったのはねこねこなりの誓いだった。


もう二度と約束は破らない。

最後まで一緒に生きる。


兄と交わした絶対の約束を胸に刻む真剣な一撃を止めにし、始まりにした。


氷結龍の咆哮とも比喩できる魔法はスライムを凍てつかせ、生命活動停止にまで至らしめた。

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