第31話ゆりゆりぃな

 瞬きすらしない姫様の斬撃を剣で受け流し、背中に肘鉄を撃ち込む。


オブ「ストレングシールド」


 背後からの攻撃を見ずに防御スキルで攻撃を防ぐ姫様に私は感服しつつ距離を取り、あの二人を視野に入れる。


セアラ「あのチビめ……ロイオに任せっきりではないか」


 ステフォンで何やらMPを確認しているようだが、触手モンスターを攻撃する気はあるのか?


オブ「スピリットアーマー」


 一度攻撃を無効できる聖騎士のスキルを発動した姫様は、腰を落として剣を鞘に納める。


セアラ「姫様……まさかとは思いますが、その構えは」


オブ「水天流抜刀術……金盞花きんせんか


 距離を取ったはずが一瞬で詰められ、鞘から縦一文字に斬り上げられるその剣は私の胸元をかすり、身体を剣風で吹き飛ばす。


セアラ「くっ⁉ お父上様から受け継いだ水天流ですか……まだ使い慣れていないと、実戦で使うのは控えていたのに……」


 ここまでの威力とは……。

 技のキレも私がお相手していた時より鋭い。これが悪魔に操られた姫様の実力。


セアラ「ですが……操られて強くなっているということは、本来これだけの素質があったということ。流石です」


 自我を取り戻してもこれだけの実力なら、私が去っても問題ありませんね。


オブ「水天流……」


セアラ「もう私が……お傍で御守りする必要はありませんね……」


オブ「抜刀術……」


 これから姫様はもっと強く、もっと凛々しく、領民たちを導く良き領主となられるのだ。そのお姿を民衆の一人として遠くから眺める時、お仕えしていた日々を頭に浮かべながら、私は歓喜に満ちるのだろうか。

 きっとそうだ。それが幸せなことなのだ。

 その未来を迎えるために私は、今、姫様に剣を向ける。


セアラ「姫様、お許し下さい――」


 どこか諦めたような考えを受け入れたのにも関わらず、清々しい思いの私を。


オブ「……」


 姫様が剣を鞘から抜き切る瞬間に懐に潜りこみ、剣の鍔で阻止する。

 阻止はできた。なのに、姫様から全く抵抗を感じなかった。


セアラ「……?」

オブ「……でよ……」

セアラ「姫様?」


 微妙に動く姫様の口元を私は、腰を落とした体勢で下から見上げた。

 細く長い金色の髪が張り付いた頬と凛々しき眼から流す姫様の涙が、私の目に焼き付く。

 言葉を失った私は剣を握る手を無意識に離していた。


オブ「……そんなこと言わないでよ……っ……貴女まで傍に居なくなったら、私は……本当に、独りじゃない……」


セアラ「ひ、姫様……自我を……」


 喉の奥が熱く塞がって次の言葉を喋れない。目元もじわりと熱くなっていき、姫様の姿が歪んで見えてくる。

 姫様は静止している私を抱き寄せ、泣き声を押し殺す。


オブ「……セアラっ……お願いだから、私と一緒にいて……。近衛としてじゃなくてもいい。私の親友として……傍にいて……もう独りにしないで……っ!」


セアラ「……はいっ…………姫様……ソフィアがそれを望むなら……いつまでも」


 ソフィアに抱かれて、喜びと安堵に満たされた私は閉じた瞼から非常に熱のある水分を漏らしていた。

 今の私に、もう諦めた思考はなかった。



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