第12話はかりごと

 突然だが、『戦乙女ワルキューレ』という言葉をご存知だろうか?

 戦いの女神様や気高く美しい女騎士くっころさんたちの総称と俺たち四人は思っているが、リアルに言えば「北欧神話の半神様のこと」らしい。この場合の「戦乙女ワルキューレ」は、前者の俺たちなりの解釈を使わせてもらう。


 現在進行形で、『戦乙女』と呼べるレベルの容姿、武装――二次元でしか存在しえないと考えていた存在が目の前に現れたのである。

 ギルドに戻った時、何故気が付かなかったのかという疑問すら後回しにするほどこの存在に興味を惹かれてしまうのは、ゲーマーのさがかもしれない。


「お見事です。一言一句、その通りですよ、『Noah』の皆さん」


 籠手をはめた手で上品な拍手をする絶世の美女は声も清らかで美しかった。

 対して、我らの欲望にまみれたブス声ときたら……でも叫ばずにはいられない。


山田「金髪碧眼ロングヘアー!」

ねこねこ「美人で巨乳!」

ゼウス「高そうな鎧と腰に携えた剣!」

ロイオ「間違いないっ! この人が――」


 高まる興奮を抑えられない俺たちは、口を揃えて。


 はい、せーのっ――


「「「「この世界ゲームのヒロインだぁぁぁぁぁぁ‼」」」」


 稀代のリアル美少女のコスプレじゃない。正真正銘のヒロイン。感激のあまり全員が走り出し、突如として現れた金髪美女に群がって、その身体を触って動かしまくる。

 人形のように手足を触られまくってる美女は、何が起こっているのかまるで分からないといった面持ちで目が点になってる。


ギルドのおねえさん「無礼者っ! 姫様から離れろ!」


「「「「え?」」」」


 窓口から飛び出てきたお姉さんが突然口調を変えて、俺たちから固まっている美女を奪う。

 宝物を取られた俺たちは意気消沈。

 それでもゼウスさんだけは気を保ち、美女の前に庇うようにいるおねえさんの方を向いた。


ゼウス「……姫様?」


ギルドのおねえさん「異界の客人と思って下手に出ていれば付け上がり、あまつさえ、姫様への狼藉など万死に値する!」


ねこねこ「お、おねえさんが怖いよ……」


 完全に委縮してしまっている俺たちを見かねたのか姫様が番犬のようにガルルゥと睨み付けているおねえさんを宥める。あ、ガルルゥは俺の完全なイメージです。犬だったら唸ってそうな顔してるから。


姫様「セアラ、その辺に……」


 金髪美女が燃え盛っているおねえさんの肩に手を置くも止まらない。逆に矛先が金髪巨乳の戦乙女ワルキューレに向けられた。


セアラ「姫様、優しさは良民に厳しさは悪民に!」


姫様「えっと……はい」


 よっわ。


山田「あーうん……そこの女騎士さまにペタペタ触ったのは謝るからよ……アンタ、ギルドの人じゃねぇのか?」


 背筋を曲げ、短く挙手をして山田が当然の疑問を言うと、おねえさんは勢いが少し弱まった。渋々、矛を納めてくれた黒髪おねえさん――セアラさんというらしい。


セアラ「私はこのギルドに潜入し、あなた方の力量を見極める役を任された者だ」


ねこねこ「受付のおねえさんじゃないんだ」


 心なしか残念そうなねこねこの肩にポンと手を置いて励ます。

 姫様は、似非受付嬢の言葉に補足しようと咳払いを挟んで話し出す。


姫様「申し遅れました。私はアンベルク・オブ・ソフィア。ここ、ミフラ王国東の領主です。このセアラは、私の近衛です」


ロイオ「(……ここはミフラって国か。『Noah』には無かったな。それに東の領主ってことは、東西南北それぞれに領主がいるってことで……規模は分からんが国の東一帯を治めてるかなりの権力者だな。ギルドに近衛を忍ばせることが出来てるんだ……この姫様の身分は本物か)」


 この姫様の言葉に含まれた情報を頭の中で整理している俺とは違い、観点がずれた奴が余計な事を言う。


山田「名前なっが……なんかあだ名とかねぇの?」


セアラ「貴様っ……!」


山田「ひっ」


ゼウス「見事な眼だ」


 一睨みで山田を震え上がらせる近衛の眼力にゼウスさんは一人感心していた。

 うん、やっぱり年上二人はなんも考えてないな。頼りない……はぁ。

 だが、このやり取りを見て少し微笑んだ姫様は山田の失礼な発言にも答えを提示してくれた。愚民でも、見捨てないポリシーの方かな?


姫様「では、『アン』、『ベル』、『ソフィア』のどれかで」


ねこねこ「じゃあ、ぼく『オブおねえちゃん』って呼ぶ」


ロイオ「おい、候補の意味」


 ねこねこの言葉にまた微笑む姫様。

 そして、近衛に睨まれる俺たち。なんで俺まで……。


ゼウス「それで領主が俺たち異界の者になんのようだ?」


 年上らしくさらりと話を進めてくれるゼウスさんに一応感謝して、俺もオブさんに問いかける。


ロイオ「俺たちを試して、何させるつもりですか?」


セアラ「簡単なことだ。私たちと共にモンスターを倒してもらう」


オブ「事情は座ってお話ししましょうか」


 お、向こうから言ってくれたか。正直、砂漠帰りで疲れてるんだよな。

 出来れば、話も今度にしてほしい。なんか周りから人だかりが消えつつあるし。俺たちも宿かどっかで寝たい。なんなら、立ちながらでもいいから寝たい。


ねこねこ「つかれたよぉー」


セアラ「男だろう、ガマンしろ!」


 うわぁキッツい口調……もうギルドの受付やってたおねえさんとは思えないな。

 面影すらない。あるのはギルドの制服着てるくらいだ。

 きっと美人女上司に怒られるってこんな感じなんだろうなぁ……。

 興奮はしない。欲情もしない。

 が、元がオタッキーだから萌えはする。ええ。

 

 言っとくが、ドMじゃないよ?


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