第61話

 明日軌と植杉は、噴水が有る玄関ホールに来た。

 そして正面の大階段を上る。

「お嬢様の自宅に行くのは初めてだな」

「今、この屋敷には他所の街から来た方もいらっしゃいますから。他所に漏れても良い気軽な雑談ではないんでしょう?」

「そうだな」

 階段の上の大扉の前に着くと、どこからかコクマが現れ、ツインテールの頭を下げてから扉を開けた。

 扉の向こうには、二階建ての一軒家が建っていた。五階建ての雛白邸は四角いドーナツの様な形をしていて、その穴の部分に木造の日本家屋が入っている。そこが明日軌の自宅だ。

「コクマ。コーヒーを。その後は無人に」

「はい」

 扉を潜った明日軌と植杉は、内側の大階段を降りて全面に敷かれた芝生に立つ。

 四方と天井を雛白邸の木の壁に囲まれた空間だが、かなり明るい。意図的に作られた隙間から日の光が入って来ているからだ。

「ふぅん。贅沢で無意味な造りだ」

「いざと言う時の為に必要なんです。――さ、こちらへ」

 庭にあたる位置に置かれている白いテーブルに着く明日軌と植杉。

「どうぞ」

 コクマが湯気立つふたつのコーヒーカップをテーブルの上に置いた。

 そのコクマが視界から消えてから、植杉はボサボサ頭を掻いた。

「さて。どこから話したら良いかなぁ」

「アイカ自体の説明を。それから、アイカを作れと言った偉い人とは?」

 明日軌は、そう言ってから優雅にコーヒーを啜った。

「うん。そこが難しいんだな」

 植杉もコーヒーを啜る。

 ほう、良い豆を使ってるな。普段飲んでいる奴とは風味が全然違う。ご主人様と雇われ人の差って奴か。

「そうだな。まず、お嬢様は俺の正体を分かってるよな?」

 カップを置いた明日軌は、片眉を上げて植杉を見る。

「正体とは?」

「龍の目で見てないのか?」

「特別な理由がない限り、人の過去は見ない事にしています。他人のプライバシーを覗くほど不躾ではありませんから」

「俺としては、分かっていて利用しているんだと思っていたんだが。気を使うんだな、お嬢様は」

 憂鬱に笑う植杉。

 明日軌の緑色の左目には視力が無い。

 その代わり、普通では有り得ない物が見える。

 それは、過去の記憶。風景や物に刻まれた、その物が係わった記憶が見える。

 未来に繋がる記憶なら、未来も見える。

 その能力が龍の目と呼ばれている物だ。

 龍の目で人間を見れば、その人間が生まれてから今まで係わった光景が全て見える。見たくない嫌な事も全て。だから明日軌自身の心の健康を保つ為に、意識的に人の過去を見ない事にしている。

「だが、お嬢様は思い間違いをしている。過去が見えるのが龍の目じゃない。正確に言えば、間違いではないが正解でもない、って感じか」

「え?」

「恐らく、幼い頃に誰かにそう言われ、そう思い込んでいるだけだろう。誰に龍の目と言う名称を聞いた?」

「それは……」

 明日軌は、視線を落として記憶を探る。

 生れ付き片目が緑色で、知らないはずの事を喋る幼い娘を母親は大層気味悪がった。挙句の果てに、娘とは関わりたくないと言わんばかりに外国に逃げた。

 それではあんまりにも可哀そうだから、父親がを使って緑色の目の事を調べた、と聞いている。

 雛白の家は外国との武器売買を生業としていて、この国有数の財閥だ。なので、そのは口から出せない所にも係わっていたらしく、明日軌本人は父親から龍の目の事だけを聞いた。

 その父親に訊けば情報源を知る事も出来るかも知れないが、父親がどこに居るかは娘にも分からない。武器商人のトップと言う立場なので、雛白の当主は滅多な事では人前に出ないのが決まりなのだそうだ。人殺しの道具を売って私服を肥す悪人は暗殺される恐れが有るからだ。

 ただ、神鬼との戦いが二十年も続いたせいで人と人の戦争が無くなった今の時代、別に隠れる必要は無いとは思う。郵便や電話での連絡は取れるから、そんなに人里からは離れていないだろうし、生きている事は確かだ。

「その父親、雛白藤志郎に龍の目の事を説明したのは、間違い無く樹人だろうな」

 視線を植杉に向ける明日軌。

「不都合が予想されるから、未来を見る事を封じたんだな。――いいか。龍の目とは、今を見る力を失う代わりに、今以外の未来と過去を見る事が出来る能力を指す言葉だ」

「未来と過去を見る。過去だけじゃない?」

「そして、俺は、俺も樹人だ」

「……!」

 樹人とは、植物から進化して人間となった人達の事、らしい。

 らしいと言うのは、彼等の存在を誰も知らないからだ。

 明日軌も、つい最近までその実在を確認出来なかった。

 見た目は猿から進化した猿人と全く同じだが、寿命が異常に長く、超人的な身体能力を持っている。

 彼等は神鬼を世界に放った元凶なのだそうだ。

 妹社の子供に興味を示しており、その言動から、妹社のオリジナルである疑いも有る。

 人間の敵であり、人間の味方である妹社の仲間と言う微妙な存在。それが樹人なのだ。

「……なるほど。エンジュにサクラ。樹人は木の名前で名乗る。植杉にも木の名前が入っている、と言う訳ですか。では、植杉も戦闘能力が高いのですか?」

「いや。俺は技術系だから蜜月達みたいな真似は出来ない。サクラを知っているのか?」

「名前だけは。誰ですか?」

 何かを考え、無言で中空を見る植杉。

 しばらく待ってみても口を開かないので、明日軌は話を先に進める。疲れていなかったら気長に待っていただろうが、今はひとつでも多くの情報が欲しい。

「どうして樹人である貴方が人間を助ける武器を作ったんですか?」

 植杉が雛白で作った武器や兵器は何十年も先の技術と言われ、安定性と攻撃力がズバ抜けて高い。妹社が居ない街で、ただの人間が中型の神鬼を狩る事が出来ているのは彼のお陰だった。

 同時に武器商人である雛白に莫大な富を齎している。

 雛白の心臓とも言える人物が敵だったとは。

「俺がここに居る理由と、どうして未来を見てはいけないのかの答えが、アイカだ」

 植杉は、射撃場が有る方向を指差しながらコーヒーを啜る。

「そして、この話が終わったら、俺は失踪する。帰って来いとの命令が来たからな」

「その命令をした存在がアイカを作れと? 私思ったんですが、人の脳を使ったアイカは神鬼なのでは? 神鬼も部品として人間の内臓や神経を使っているとの話ですし」

「まぁ、先を急ぐな。実はな、俺の妹が、ちょっとやられたんだ」

 自分のこめかみを人差し指で突付く植杉。

「やられた、とは」

「妹、ツツジと言うんだが、樹人側の龍の目の持ち主なんだ。ツツジは右目が緑色をしている。龍の目で過去未来の全てを見ていて、戦いへの助言をしている巫女みたいな存在だ」

 ふと、アイカの顔を訝しげに見ている時の赤袴の蜜月が明日軌の左目に映った。植杉が彼女を思い起こしているんだろう。

 同時にフランス人形みたいな金髪の少女も見えた。豪奢な巫女装束を着ていて、右目が緑色。左目は青い。

「似ていませんね。西洋人がなぜこの国の巫女の様な格好をしているのですか?」

「見えたか。まぁ、家庭の事情で、血筋が複雑なんだ」

 植杉は、照れ笑いの様な表情でボサボサの黒髪を撫でた。色は違うが、髪質は似ているかも知れない。

「過去はともかく、未来を見る事はかなり神経に堪えるらしい。同じ能力を持っている者として、ツツジの気持ちは理解出来るか?」

「ええ。予知夢を見た後は、寝ていたにも関わらず、とても疲労を感じます」

「俺が設計した武器も、ツツジが見た未来を具現化しているに過ぎない」

「なるほど、未来の技術を使っているのですか……」

 だから植杉が作る武器は異様に洗練されているのか。納得の理由で謎が解けた。

「神鬼は先代の龍の目の持ち主が見た物から作られた。技術的には三百年は先の物だ。先代が無責任に未来を見、樹人に伝えて早死にしたせいでこの戦いが始まったと思ってくれて良い」

「私に未来を見る事を封じたのは、それが理由ですか? 武器商人の娘が龍の目を持っていたら、未来の兵器が量産されると思うのは当然の予想でしょうから」

「ああ。アイカは、人の世で神鬼が作れるかどうかの実験だ。技術的には二百年くらい先の物かな。神鬼よりは簡単な構造だが、コストは高い。だが、今有る材料で、何とか動く様には出来た」

 神鬼は殺すと砂に代わって形が無くなるので、その正体を探る事は出来ない。しかし死骸の砂に残された神鬼の血液は確実に人間の物である事は分かっている。なので、神鬼に攫われた人間の身体や死体を材料に神鬼は作られていると予想されている。

「アイカと神鬼が同じ物なら、やはり……」

「ああ。アイカと神鬼の材料は人間だ。ただ、自動で作られる神鬼と違ってアイカは量産出来ない。いちいち寄生型の丙で脳を操らないといけないからな。そこが百年の技術差って奴かな」

「神鬼は、材料さえ有れば自動で大量に作れる、のですか……」

「俺が猿人側に居るのは、ツツジ個人の贖罪みたいな物だ。あいつは共生欲が強い方なので、猿人にも生きて欲しいと願っている。だから、問題は未来だ」

「と言いますと?」

「この戦いが後二十年くらい続いたら、猿人は人工妹社を量産し始めるとツツジは言う」

「人間の脳を組み込む人形を、人間が作るんですか?」

「そうならない様に猿人側の龍の目の持ち主の未来を封じたにも係わらず、な。樹人側では、お嬢様の次の龍の目の持ち主が技術供与するんだろうと予想している。だからお嬢様は暗殺されずに今も生きている」

 凄惨に笑う植杉。

「自分達が生き残る為に、大勢の同族の生きた脳を取り出すんだよ。凄いな、猿人は。まぁ、アイカを作った俺が言う事じゃないが。つまり、アイカを作れと命令する偉い人は、未来に居る、未来の猿人だ」

 悪夢の様だ。明日軌は頭を抱える。

「未来を封じられている私が生きていれば人工妹社の量産は行われない、と言う訳ですか……」

「更に十年後、つまり今から三十年後に、人間はとんでもない物を作る」

「人工妹社よりとんでもない物なんて有りますの?」

 明日軌は疲れた声を絞り出す。頭がクラクラするのは寝不足のせいだけではないだろう。

「神鬼と人工妹社の戦いは、戦線を押し合う膠着状態になる。それを打破する為に、人間は新型爆弾を作る。樹人側でさえ作る事を躊躇う爆弾だ」

 テーブルに肘を突き、額に脂汗を浮かべている少女を見ながら、植杉は続ける。

「現代の人間にも分かる様に例えると、地上に一瞬だけ小さな太陽を呼ぶ爆弾だ。あらゆる物を高熱で溶かし、人間は蒸発すると言う。爆風も凄まじく、数キロ離れた頑丈な建物も積み木の様に崩れ去る」

 普通の人なら、こんな話は意味不明で理解不能だろう。植杉は頭がおかしい、で終わる。

 だが、もしもここが屋外で、太陽に照らされていたら、明日軌は気を失って倒れていたかも知れない。それくらいハッキリと想像出来たのは、明日軌も龍の目の持ち主だからだろうか。ただの思い込みで未来を見なかっただけで、無意識の中でその光景を見ていたのだろうか。

「その爆弾は、それだけで終わらない。あらゆる生物に深刻な病気をもたらす毒も撒き散らす」

「……恐ろしい」

 明日軌はそれしか言えなかった。

「猿人の理屈で言えば、死ぬのは神鬼と人工妹社だけだから害は無い。戦いに勝つ為に必要な物、らしい。撒かれた毒も永遠に残る訳じゃないらしいし」

 無精ヒゲ塗れの顎を撫でる植杉。

「だが、それじゃ済まないよな? 地上で生きているのは人間だけじゃない。普通に考えれば、その地域の動植物も全滅だ。それを見たせいでツツジはダメになった」

 頷く明日軌。

「そんな物、作ってはいけない。次の龍の目の持ち主は、施設の中に居るのかしら。何とかしなければ」

 明日軌が顔を上げると、植杉は意表を突かれた様な顔をしていた。

「施設って何だ?」

「龍の目を持った子を収容し、それを研究する場所です。そこで倫理観を無くす教育をしているのかしら……」

「それは無いな。龍の目の持ち主は二人以上は生まれないと言われている」

「え?」

「目はふたつしかないだろう? 右目はツツジ、左目は明日軌。両目が緑色の奴が生まれたなら、そいつ一人だけ」

「え? え?」

「ああ、なるほど。何て言われているか知らないが、未来封じの一貫でウソを信じ込まされたんだな。多分だが」

 明日軌が龍の目の持ち主と分かった時、政府は明日軌を東京に呼ぼうとした。黒い服を着た数人の男が幼い明日軌を連れて行こうとした時の事は今でもハッキリと覚えている。怖かった。

 しかし雛白藤志郎が明日軌を守ってくれた。怒鳴る父も怖かったが、父を信じて必死にしがみ付いていた。その時にどう言う話が交わされたかは幼過ぎたせいでほとんど覚えていないが、施設云々はその時に聞いたと思う。

 それから背広の大人の大群に幼子が混じった話し合いが行われ、越後の名失いの街を明日軌が守る事になり、今に至る。

 施設で龍の目を調べられている子が不当な扱いを受けない様に、今まで頑張ってこの街を守って来た。龍の目の持ち主は大切な存在だとアピール出来ていると信じていた。

 しかし、その頑張りは無意味だったらしい。

 明日軌が未来を見ない様に、ウソを吹き込まれていたらしい。

 言われてみれば、確かに大人の言う事を鵜呑みにしていた。

 龍の目の持ち主なのに、真実が見えていなかった。

「まぁ、そう自分を責めるな。龍の目を最大限に使ったら、お嬢様もダメになる」

 再び自分のこめかみを指で突付く植杉。

「妹さんの容態は?」

「人と樹の中間をさ迷っているそうだ。目を開けているが意識は無く、何かを呟いているが言葉になっていないらしい」

 植杉はハっと吐き捨てる様に笑う。

「このままでは衰弱して命に係わるから、俺に帰って来いだとさ。肉親ならこっちに呼び戻せるだろうって。まだ扱き使うらしい」

 乱暴にコーヒーを飲み干す植杉。

「ツツジが死ぬと、新しい龍の目が産まれる。どこでそれが産まれるか分からないから、猿人側に利用されるのを怖がっているってのもある」

「どうされるおつもりですか?」

「理解は出来ないだろうが、樹人を植物状態にする方法が有る。出来ればそんな状態にしてやろうと思う。俺にしか出来ない。そうするしか、ツツジを救えない」

「悲しいですね。私は、どう行動するのが正解なのでしょう……」

「あんたはあんただ。お嬢様は近い内に死ぬんだろう? 自分でそう言ってるそうじゃないか」

「ええ、まぁ……」

「がっちりと封じた訳じゃないから、未来も見えているんだろう。逆らってみるのも面白いと思うぞ。俺は」

「逆らう、とは?」

「未来に逆らうんだよ。未来が見えてるんだから、どう行動すれば未来が変えられるかも想像し易いだろう。死にたくはないだろう?」

「それは……勿論です」

 俯く明日軌。

 実は、次の龍の目の持ち主を予知夢で見ている。前髪パッツンな、小さな女の子。

 その夢を見てからは、意識すれば起きている時でも左目が緑色の彼女が見える。明日軌の自宅が有るこの場所で見える。

 つまり、明日軌は死んでいる。

 龍の目の持ち主は二人しか居ないと言う植杉の話が真実なら、だが。

「生き残れる可能性は高いと思うんだがな。まぁ、壊れない様に頑張りな」

「明日軌様」

 黒いメイドのコクマが少し離れた所で頭を下げた。

「のじこさんが面会したいそうです」

「あら。何かしら」

 顔を入口のドアの方に向けた女主人の様子をじっくりと見るコクマ。先程より血色が悪くなっている。

「――ですが、とても顔色が良くありません。面会を断わり、お休みになられては」

「まだ大丈夫」

 明日軌が無理に笑顔を作ると、入口の大扉が開いた。

「勝手に入ってはいけないと言ってあるのに……!」

 扉の方に行こうとした黒メイドを「良いのよ」と言って下がらせる明日軌。

 コクマは渋々頷き、一歩下がって控えた。

 のじこは銀色の髪を揺らし、大階段を降りて来た。両手でお盆を持っている。

「明日軌。茶碗蒸作った。ギンナン入り」

 のじこは、白いテーブルにお盆を置いた。

 明日軌と一緒に食べようと思ってふたつ持って来たのだが、なぜか植杉も白い椅子に座っていた。

 むむむと唸る銀髪少女。

 茶碗蒸はふたつ、人間は三人。コクマはメイドなので数に入っていない。

「いいや。植杉も一緒に食べよう」

「俺は別に食いたくはないが……」

 植杉は断わろうとしたが、それよりも先にのじこは自分の分も持って来ると言いながら走って行ってしまった。

「やれやれ。ま、これで話は終わりか。最後に」

 茶碗蒸の蓋を取る植杉。ダシの薫り溢れる湯気が昇る。

「お嬢様は、敵に寝返ってみないかと言われた事はないか?」

「え? ああ、有りますね。エンジュに参謀にならないかと言われました。勿論断わりましたが」

「神鬼の総攻撃が始まり、南からの敗走が行われているな?」

「はい。そのお陰で眠る暇も有りません」

「大半の国民が東京に避難する中、この街にも避難して来る家が有る。国軍が集まる首都に行った方が良いのにだ。何故だか分かるか?」

「それに何か意味が有るのですか? 単純に、街の広さと被害率の関係だと思っていましたが。東京が広くても、国民全員は収容出来ませんし」

「有るんだな、それが。妹社を抱えた家単位で、敵に寝返った奴が東京に行き、敵に寝返らなかった奴がこの街に来る」

 また意味が分からない事を言い出した。

「分かり易く説明してください」

「おう。樹人側には力を持ったみっつの家が有ってな。簡単に纏めれば、強硬派、保守派、共生派」

 箸を持った植杉は、熱々の茶碗蒸を突付く。

「東京は強硬派が攻める。そして猿人妹社の区別無く皆殺しにする。敵に寝返る様な腐った人間はいらないんだとさ」

「……腐った、人間、か……」

「お嬢様と蜜月が居るこの街は、皆殺し反対を表明している保守派が攻める。運が良ければ生き残る人間も居るだろう」

「エンジュは、どちら側……?」

「あの娘は強硬派の家系だが、蜜月の見張りをしているから共生派の考えで動いているのかもな」

「共生派とは?」

「大昔に猿人の血に紛れた奴等さ。妹社の先祖で樹人の裏切り者だ。妹社の戦闘力が高いのは、猿人の凶暴性と樹人の生命力が良い形で現れた結果だ」

「猿と樹の混血、ですか? 大昔に混ざったのなら、なぜ今になって妹社が現れたのですか?」

「共生派が先祖返りの因子を云々って話は聞いているが、バイオメディカルは俺には良く分からん。俺は機械専門だ」

「では、猿人にも生きて欲しい樹人の共生派が、未来の技術で妹社を産み出した、と? 恐らく、私の前の左目の人に知恵を貰って」

 妹社が最初に現れたのは二十年前の外国だった。明日軌が産まれる前の話なので、そう予想した。

 頷く植杉。

「その認識で間違い無いだろう。だから強硬派は妹社も殺す。しかし、その共生派の血筋からフルスペックが現れたのは何の皮肉かねぇ」

「蜜月さんですね。フルスペックプリンセスとは……」

「あーー!」

 みっつ目の茶碗蒸を持って戻って来たのじこが、赤い瞳を剥いて大声を出した。

「のじこ、一緒に食べようって言った! 先に食べないで!」

 植杉は悪びれる様子を見せず、箸の先で銀杏を抓みながら謝る。

「美味そうなんで食っちまったよ。全く、みんなで仲良く食べようなんて、共生欲ってのは面倒くせぇなぁ」

「むー」

 のじこはむくれたが、明日軌はきちんと待っていてくれていたので、コクマが運んで来た白い椅子に座って機嫌を直した。

 三人で茶碗蒸を食べていたら、深刻だった空気がいつの間にか和んでいた。

 食べ終わったらすぐに解散となった。まだ話を続けたかったが、コクマに仮眠を取ってくださいと強くお願いされたから。明日軌の顔色が本気で死にそうらしい。実際、真っ直ぐ歩けない程フラフラだった。

 のじこにも心配されたので、すぐ横に有る自宅の寝室でセーラー服のままで倒れる様に寝た。

 その解散を境に、植杉義弘は行方不明になった。雛白の武器開発主任が消えた事が知れ渡ると色々な方面で不安が広がるとの理由で、捜索願いは出されなかった。

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