第22話 これが我らのスケジュール!

「よし、タスクも洗い出してもらったし、これでスケジュールが組めるわね」

「おお、いよいよスケジュールだな」


 隊長3匹からタスクの一覧を回収した夜。

 魔王様と桜佳と一緒に、魔王様の部屋で会議を始める。


「これからWBSってモノを作るわよ」

「ダブリュービーエス?」

 魔王様と2人、首を傾げる。


「WBSってのは簡単に言うと、プロジェクトで行う作業とスケジュールを載せた表ね」


 桜佳が「元いた世界で作ったものだけど」と、サンプルを見せてくれた。

 タスクが縦一列に並んでいるその横に、プロジェクト期間分の日がズラーッと並んでいて、実施する日に色が塗られている。


「正確には、日を塗ってあるこの部分はガントチャートっていうんだけど、併せてWBSって呼ばれることが多いわね」

「これは、いつからいつまでやるかを書き込むだけじゃダメなのか? なんで日付の表を塗る必要があるんだ?」


 魔王様の質問に、彼女は目で俺に「分かる?」と質問を振ってくる。


「んっと……塗った方が視覚的に良いってことだから……あ、タスクの大きさが分かるからじゃないか? 日付だけだとパッと見は分からないけど、塗ってあればその長さでどのくらい大変なタスクか分かるし」

「さすがリバイズ!」


「リバイズ、オーカに褒められたいからってズルい手使ってないだろうな。魔法でオーカの心の中を読んだりとか」

「その魔法使えるなら戦闘兵に登用してもらった方が」

 大活躍だと思いますけど。



「リバイズの言う通り、タスクの大小関係を把握できるっていうのが1つのポイントね。あともう1つは、タスクの前後関係も把握できるってこと。例えば、ドワーフ小隊に『新武器の設計』と『新武器の鍛造』ってタスクがあるけど、前者が終わらないと後者に進めないでしょ?」

「なるほど、塗ってあるところを見れば、何と何が繋がってるか分かりやすいってことか」

 数字しか書いてないと、直感的にそこまで把握できないもんな。


「この、タスクの大小関係や前後関係が分かるってのがWBSの大きな役目ね」

「……ってことはオーカ、ひょっとしてこれ、今から私が作るのか?」

 おそるおそる訊く魔王に、彼女はケロッと相槌を打つ。


「そうよ? もちろん、最終チェックは隊長達にしてもらうけど、みんな忙しいんだから」

「いや、私だって忙し――」

「あのね、攻撃の準備も防壁の修繕も武具食料の調達もみんな忙しいの! アナタは国のトップなんだから、この計画くらい夜通しやるのよ!」

「えーーーっ!」


 すごい、魔王様に有無を言わせな――


「もちろんリバイズと一緒にやるんだから、心配しないで」

「えーーーーーっ!」

 急に重い仕事が降ってきた!



「え、あの、それは、何、もちろん桜佳も手伝ってくれるの?」

「途中まではね。夜通しはイヤよ、お肌に悪いもの」

 そこなの! イヤになるポイントそこなの!


「いいから、紙広げて。さっさと始めるわよ」

 そして、桜佳のレクチャーが始まった。


「夜通しなんて脅したけど、そんなに難しくないわよ。ほら、隊長みんなに、それぞれのタスクの日数と、必要なモンスターの数と、他のタスクとの前後関係を書いてもらってるでしょ? これをもとにして組み立てればいいの」


 言いながら、彼女は紙に表を書く。線がちっとも真っ直ぐじゃないところに、不器用さが出てて面白い。指摘すると「うるさいっ」と顔を赤らめた。


「防御部隊のこれとか分かりやすいわよ。『帝国内の緊急避難・潜伏場所の選定』が4日間で、その下に後続タスクの『緊急避難・潜伏場所の掘削』9日間が入るでしょ。これで避難・潜伏場所を作るのに13日かかるのが分かるってわけ」

「おおっ、確かに難しくないな。私にもなんとか出来そうだ」


「あとは、ほら、この仕事はゴーレム6体って書いてあるから、同じ日に残りのゴーレムやコカトリス・ガーゴイルは別の防御部隊のタスクに入れるわよね」


「ふむふむ、パズルみたいに当てはめていけばいいんだな。よし、じゃあ魔王様、この調子で防御部隊から進めていきましょう」

「うむ。せっかくだから飲みながらやるか?」

「やりません!」

 集中してやっちゃいましょうよ!




***




「あとはこれをここに……よしっ!」

 桜佳も大分前に寝ついた、雨が窓を滑る明け方。

 部屋の真ん中で、魔王様とハイタッチする。


「良くやった、リバイズ!」

「魔王様も、お疲れ様でした!」


 机に何枚も繋がって広がった、1日目から60日目まで横長に書かれた紙。

 これが、ケーカク王国攻勢のスケジュールだ!


「ふああ……おはよ、出来た?」


 スケジュールが完成した興奮で眠れないまま魔王様と話していると、桜佳が隣の部屋から起きてきた。


「おお、オーカ! 起きたか!」

「起きたわよ、アナタ達、うるさいんだもん」


 よく見ると、もの凄く寝不足で不機嫌な目をしている。ご、ごめんなさい。


「見てくれ、WBSが完成したぞ!」

「どれどれ…………うん、大丈夫みたいね」


 指摘がなかったことに胸を張る魔王様。もう一度、ハイタッチをする。


「感謝してほしいわ、リバイズ。ワタシ、夢の中でアナタ達と一緒にWBS作ってたのよ。もしいなかったらどうなってたことか」

「どうもなってないよ!」

 現実にいなかったんだからさ!


「おかげで寝た気がしないの。まったく、今度からは夢で呼ばないでね」

「確約できませんけど」

 むしろ桜佳が俺達を夢に召喚したんでしょうよ。


「よし、じゃあこれでスケジュールも確定だな! 参画メンバーも決まってるし、オーカ、これでいつでもプロジェクトを始められるぞ!」


 近くの小型ソファに座っていた桜佳に話しかけると、彼女は読んでいた本を閉じ、「いえいえ」と立ち上がった。



「実は欠けてることがあるんだけど、魔王は分かるかしら?」

「…………そうか、プロジェクトのマスコットキャラクターを決めてなかったな」

「よくそれを思いついたわね」

 魔王様、発想が斜め上すぎます。


「プロジェクトの状況を共有する、定例会議を設定しないといけないの。参加者はワタシ達と隊長・小隊長くらいで良いと思う」

 リーダー格だけ集まる会議をするってことか。



「大きな目的は2つあるの。1つは進捗の共有ね」

「タスクが予定通りに進んでるかを確認するのか」


「その通り。ただね魔王、メインの目的は遅れてるタスクの対応を決めること。コカトリス小隊のタスクが遅延してたらガーゴイルの方から応援呼ぶとかね」

「なるほど。キマイラのタスクが遅延してたら、ライオンとヤギに分けて頭数増やしたりしてな」

「誰がうまいこと言えと」

 ホントに頭の数だけ増えましたね。


「タスクの進捗だな、分かった。それで桜佳、もう1つの目的は?」

「課題の共有よ。仕事が進まない要因を報告して、解決に向けて手を打つの。他の小隊と協力するとうまくいく場合もあるしね」

 課題か。どんな課題が出てくるのか、まだイメージは掴めないな。


「なるほどなるほど。で、会議はどのくらいの頻度でやればいいんだ?」

「そうね……今回は90日のプロジェクトだから、5日に1回くらいで良いと思う」

「分かった、今度私が隊長に会うときに日程を決めて、WBSに追加しよう。お、雨があがったぞ」


 窓のカーテンを開ける魔王様。雨雲は足早に立ち去り、代わりに飛び出した太陽がガラスに張り付いた雨粒を落としていた。


「魔王様、勝てるといいですね、ケーカクに!」

「ああ、全てはプロジェクト次第だ。よし、朝食にするか」

「分かったわ、ちょっと準備して戻ってくる」

「俺も俺も」

 全員で一斉に動き出す。心なしか、みんなの足取りは軽い。



 


【今回のポイント】

■WBS(Work Breakdown Structure)と定例会議

 WBSとは、プロジェクトの各工程をタスクレベルにまで細分化して一覧にしたものを指します。ただし、実際にはその横にステータス欄やガントチャート(※)をつけてスケジュール管理することが多く、2つ併せてWBSと呼ぶのが一般的です。

 ※ガントチャート:作業計画を視覚的に表したもの。横軸に日時を取り、タスクの期間を棒の長さで表す。


 タスクの大小や前後関係が明確になるというメリットは本編に記しましたが、実は前後関係が分かることでもう1つのメリットが生まれます。それは、ということ。


 前後関係を踏まえてプロジェクト全体を眺めると、「遅れると後続のタスクにも影響があるタスク」と「影響のないタスク」があることに気づくでしょう。これを踏まえてタスクの優先順位を計画していくことで、全体遅延のリスクを下げることが出来るのです。



 また、プロジェクトを進めるにあたっては、各チームのリーダーが出席する定例会議を実施するのが一般的です。この会議の主な目的は「進捗の共有」と「課題の共有」ですが、ここは4章で詳しく見ていきましょう。


 定例会議は、曜日と時間を決めておきましょう。毎週決まった時間に行えば、参加者も予定を押さえやすくなります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る