バレンタインデーアタック

 いつか何かのきっかけで異性との素敵な出会いがあるんじゃないかと、無駄に胸をときめかせた高校生時代。しかし非モテの生活を送った私のそれは大体何かの映画で見たことのあるシチュエーションであり――


 「まってぇ!」


 坂道を転がるオレンジ。バゲットと紙袋を抱えた女性が慌てふためきながら追いかける。


 「大丈夫ですか、レディ?」


 颯爽とあらわれた私はスマートにそれらを集めて彼女に手渡す。


 (すわ! 好青年)


 「どうぞ、今度は気をつけて下さいね」


 意図せず触れあう手と手。


 (トゥクン)


 常にこのての想像を繰り返し、いつか来るであろうその日に向けて余念はなく。


 「目標をセンターに入れてスイッチ・・・・・・目標をセンターに入れてスイッチ」


 授業中、死んだ青魚の目でただひたすら繰り返していたわけですが。


 日本において一般的に女性から男性へ好意を示す機会となり得るメジャーなイベント、バレンタインデー。ご多分に漏れず私も


 「クソだな」


 と、表向き非モテ日本代表を自負してディスっていましたが、前述の通り本当は女の子と触れあいたくて乳繰り合いたくて仕方がない健全な益荒男だったことはご周知の通り。


 従ってまるで台風が直撃することがわかっている朝に似た2月14日。まったくの無関心を装いながらも常にアンテナを張り巡らし、なんなら部室のロッカーは2回くらい漁るというせわしなさで


 「チョコはねーが、おなごはいねが」


 その姿、現代農村社会暗部の煮凝りで練り上げた新種の妖怪「チョコねだり」と言っても過言ではなく。


 「あのう・・・・・・」


 部室の扉が開いたその時、声を掛けてきた可憐なる後輩女子の見目麗しや。


 (キタ!)


 「鉄先輩いますか」


 「今、いないけど」


 「これ渡してください。それと鉄先輩の身につけているものとかあったら何か下さい」


 「あ、どうぞ」


 つって自分の靴を渡してエコエコアザラクを唱えたのは、たぶんもう時効だと思うので書いてよいでしょう。


 それはともかく結局、用もないのに奇跡のブザービートを狙って放課後、部室に居座り続けたその日。あきらめの悪い私は自転車にまたがりながら、古来よりひそかに伝わる意思伝達の奥義、すなわち、ヘルメットを5回


 「コン、コン、コン、コン、コン」


 チベット密教の最終奥義と同等、いや、それ以上の効力をもつと言われるこの合図を帰宅する女生徒らに向けて放っていました。

 細密曼荼羅を前に瞑想にふけるでもなく、ましてマニ車をまわして輪廻転生をなぞるのでもなく。ただ、ヘルメットを5回叩くだけ。これによる伝わる意思。すなわちシャンバラへと通ずる真言マントラ


 「ア・イ・シ・テ・ル」


 そのサインにしてJ―POP最強の秘文。


 だから校門前でヘルメットをコンクリート塀にぶつけている危ない奴がいると、そろそろ先生に報告されてもおかしくない頃、鉄ちゃんに会ったことで一命を取り留めたのは僥倖でした。


 「真、新しいUFOコンタクトの技でも思いついたか」


 「来たか鉄ちゃん」


 「ところでおまえチョコレート、何個もらったん?」


 こういう質問を何の嫌みもなくスラリとしてくる幼なじみの彼はやっぱりモテていたわけで。


 「もらった人間の目にみえるか」


 「見えねぇ」


 「センターに入れてスイッチ、スイッチ、スイッチ!」


 怨嗟の言葉を連ねた帰り道。


 チョコをもらったとカウント出来るのは三等親以外からの異性であり(勝手に作った不文律)、それに照らし合わせると残念ながらもらった経験は皆無。逆に母からもらうそれは思春期男子のプライドからすると憤死に値するものであり、これが世に言う「カーチャンの屈辱」であることは周知かつ羞恥の事実である。


 かたや鉄ちゃんは中学卒業式の時に制服からあらゆるボタンがなくなるというモテっぷりだったわけで


 「チョコ、渡してくれって、後輩ちゃんから」


 「一緒に食べるか」


 「マジ、クソだな!」


 そう言いつつ泣きながら食べたそれは甘しょぱくて。


 「チョコとか、マジでエロイムエッサイム!」


 「いつか良い出会いあるって」


 げに恐ろしきはその空気。もうね、女性と無縁な男にとって、12月のクリスマスイルミネーションにはじまり2月のバレンタインまでのこの一連の流れ。嫉妬によって隣の芝生が真っ青にしか見えなかった青春時代は完全に苦行といって差し支えなくまさに泣血の極みにて、合わさった眼前の景色はダーカーザンブラック。

 

 しかし彼女いない歴が長くなればなるほど、そのオーラは修行僧のそれに近づき、果ては高潔を装った孤高の魔法戦士になるわけで。ロマンチックナイトを彩るホリーナイトイルミネーションには


 「ヨーソロー! ホタルイカ漁」


 そう名付けて見ず知らずの大人達の大漁祈願ができるまでになるわけで、その心もち、底引き網のような大きな器よ(しかしザル)。


 「そんじゃ、気を落とすな」


 そんなわけで色男とは早々に分かれたのですが、私の願い(呪い)が通じたのか家へと続くその坂道。眼前にはハプニングを抱えていそうな異性が1人。キャベツを一輪車にたんまり積んで登ろうとしている近所の婆ちゃん、その人。


 ゆらゆらと不安定な動きで一輪車を右往左往させたもんですから、コンテナから溢れたそれらが転がり落ちてきて


 「ぎゃー!!」


 絶叫と同時に雪で滑ってそのまま崩れ落ち、それはいつだったか映画で見たオレンジが転がってくる光景とはほど遠く、どちらかと言えば金曜ロードショーでやっていたインディジョーンズの岩石が迫りくる名場面。


 「あぶねぇ! っていうか痛ぇ!」


 臓腑をえぐる雪下キャベツ。その直撃を受けながらも


 「婆ちゃん、大丈夫かい!」


 キャベツを拾い集めて起こしまして


 「やー、悪いねぇ」


 おしゃれなバゲットはそこになく、ただ一輪車に積まれた鍬が凶器然として残雪に突き刺さっており、触れた手と手


 「どくん!」


 つって、ときめきを遙かに超えて不整脈のそれ。


 「年取ると難儀だわ」


 「婆ちゃん、冬のキャベツが甘いのはわかるけど、こんな坂道、無理しちゃダメだって」


 そのまま一輪車を押しながら婆ちゃんをおんぶして帰った涙のバレンタインデー。


 後日――


 おかげさまで翌日、学校から帰ると馥郁たる香りと共に私の手の中で黒くて甘いそれが踊ることになりました。


 「そう、これこれ、黒くて甘い、干し柿、干し柿っ!?」


 と、世にも誉れなそいつを二度見。ロマンスの神様、一体どの人でしょうか?


 「婆ちゃんが昨日の御礼に置いていったよ」


 台所には干し柿の他、積まれたサツマイモやキャベツがどっさりと。見た感じ完全に地鎮祭。土地神様を鎮める供物にして平安祈願の祈り。


 「悔しいが甘くてうめぇ」


 結局、その柿で腹を満たしその年は何とか荒ぶる魂を鎮めたのですが、そのむさぼり食う姿は供物を荒らす小妖怪のそれだったそうです――


 「そういう、あまり浮いた話のない青春時代だったんよ」


 「泣けてくるね」


 だから妻にはバレンタインデーはちゃんと忘れずにチョコを貢ぐよう、村の掟のように言い含めているのです。

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ファーマーズハイ! 曽我真市 @gyui

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