福袋とインチキ占い師

 12月28日。

 鉛色の空から絶え間なく雪が落ち始めて3日目。真綿で足を絡め取られるような動き辛さの中、静かに積もった雪は一面を水墨画の世界に仕上げ、音さえも絡め取るように降り続いていました。

 

 融雪用ポンプでくみ上げられた地下水は連日、駐車場のアスファルトを叩きつけており、それは青いホースの細かい穴から絶え間なくアーチを描いて放たれていて。


 降雪と融雪――


 どちらが早いか、その競争は未だ止まることを知らず、鉄分によって赤茶けた白線はその時間の長さを端的に知らせていたのです。

 

 「雪国の道路って長年使った湯飲みみたいだよね」


 赤茶けたそこを見ながら妻はため息をつく。


 「年季が入ってくるとやっぱり古びて見えるな」


 腕を組みながらコーヒーを流し込む。


 「今年は風が吹かないから山手の方より平地の方に積もるみたいですね」


 大森が言葉でガラスを曇らすと


 「典型的な里雪だな」


 皆で窓の外を見ながらつかの間の休息。


 大掃除をしながらビニールハウスの除雪作業もしなければならない今年は、少し慌ただしい暮れとなっていました。


 「今日までに正月飾りをしないと」


 毎年、歳神様をお迎えするための正月準備はこの28日に行います。29日は「二重苦」や、数字の「9」が「苦に通じる」というニュアンスから準備の日としては嫌われており、30日は晦日であること、31日は「一夜飾り」と言われて同じく忌み嫌われています。


 「社長はそういうのこだわりますよね」


 大森が妻に聞くと


 「彼はトマト作るだけじゃなくて販売から商品開発やデザインも自前でやるでしょ? その方向に自信を持つために、最後の最後、心の拠り所として験を担ぐのが習慣なんだよ」


 「普段、筋トレと漫画の話ばっかりですけどね」


 「でもプレッシャーはあるんだよ」


 そう。私は私なりに現代において形骸化しているような行事を全力でやることにこだわりをもっていまして、これはつまり「験担ぎ」に余念がないという一点に集約されています。


 時に私は直売所における「3つの袋」というものを大切にしていまして。一つは胃袋。試食をしてもらってお客さん自身で判断してもらうこと。2つ目は贈答袋。良いデザインは多くの人をハッピーにする力があります。そして3つめが正月の定番、福袋でして。


 毎年、4千円相当を半額の2千円で販売するという原価計算無視の恒例行事。


 妻にはちょっと呆れられていますが、私がそこまでする一番の理由はやはり「縁起物」だからに他なりません。お客さんに感謝の念を込めて年の初めに「福」のお裾分けを行うのです。


 福袋は私なりの験担ぎですが、これに限らず盛り塩や神棚への毎日の御供えなど、私は日々の生活において目に見えない部分に重きを置いています。


 なにゆえそうなったかと言えば、あれはまだ農業を始めた若造の頃――


 やることなすこと全て裏目に出る年がありました。


 「トマトが病気で全滅した・・・・・・」


 それを皮切りにして売る商品がなくなったことで傾き始める経営。お金が少なくなると近しい人との関係もギクシャクしだし


 「あんたがおっちょこちょいなのが悪いんでしょ!」


 「リスク取らなきゃ前に進めないだろ!」


 言い合いは日常茶飯事。多くのストレスを感じるようになってからは体調不良にも見舞われ


 「もう、あきらめようか・・・・・・」


 そういう所まで追い詰められていたわけですが、そんなある日――


 早朝4時。新聞配達のカブの走行音だけが鳴り響いていたその日、作業場の電気をつけ、これから仕事の準備をしようとした矢先に御大はあらわれました。


 「すみませんが・・・・・・」


 「はい?」


 こんな早い時間に、しかもうちの汚い作業場を訪ねてくるなんて不信感意外抱くものがなく。訪ねてきたのは派手なジャージ姿で白髭のお爺ちゃん。水戸黄門に亀仙人を掛けて割ったような胡散臭さ。


 「あの、水を一杯もらえんかい?」


 お爺ちゃんはあぐらをかいてその場に座ってしまいまして。ジャージの下に着ている日本代表のユニフォームはその怪しさに拍車をかけていました。


 「っていうか、大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」


 腕をガクガクさせながら


 「だいじょうぶ。疲れただけだから」


 (どっかで見た気がする)


 ご老体は水を飲み干すと生き返ったように三味線をはじき始めました。それによると、薄暗い中、歩いていたら道に迷った。一件だけ電気がついていたので立ち寄らせてもらったことなどを蕩々と。


 (忙しいんだけどな)


 苦笑いしつつお爺ちゃんにそろそろ帰るよう水を向けると


 「御礼に占ってやろう」


 と、頼んでもいないことを満面の笑みで。


 「いや、別にいいです」


 当時全くそういうものには興味がなく、むしろどちらかと言えば霊感商法に通ずるやべぇ業界というイメージを持っていました。たぶんそれは、京都へ修学旅行に行った際、路上の占い師に


 「あんた前世ハエ。後、一年で死ぬ」


 と、(今思えば)インチキクソ占い師にそう言われ変なドラゴンが巻き付いた剣のネックレスを2千円で買わされたことが原因だったと思います。


 それはまあ、さておき


 「まあ、そう言わさるな」


 裸電球一つの寂しい作業場。光に酔った蛾が一匹。ぱたぱたともがく様はまるで自分のようであり。


 (最近、何にもうまくいかねぇから戯れにやってみるのも一興か)


 そんなわけでお爺ちゃんに生年月日と名前を知らせ、手相と人相を見てもらうことになったのです。やはりなんだかんだ言って藁にもすがりたかったのでしょう。


 お爺ちゃんはやおら私の手を取り見始めまして。手相を見出すと途端に集中力が増して険しい顔つきで鼻息が荒くなり


 「むぅぅぅ」


 なんか、こう、降りてきてる感満載なんですよ。


 「ぉぉぉ」


 気を練るかのような一挙動。その手さば、きまるで「スリラー」のマイケルジャクソンのそれに似て


 「大体わかった」


 と言い放った後、


 「あなた風邪気味、ゴホ! でしょ?」


 つって占いを通り越してまさかの健康診断。しかも最後、痰がからまったがゆえ、じじいが風邪気味みたいになっており。


 「あ、そろそろ、俺仕事なんで」


 このままいくと高額な壺か健康食品でも買わされるんじゃねぇかと思った間際


 「あなたね、前世、ハエ」


 つって、京都のクソ占い師と同じことをほざきまして。むしろハエと言ってるおまえの頭に蛾が降りたって


(おまえは前世、蛾だな!)


 なんて思っいつつ、なんかさっきから引っかかってるなぁと思ってた矢先


(あ! 昔、うちのブロッコリー盗んだじじいじゃねぇ?)


 と気づいた直後


 「いた! おじいちゃんいた!」


 つってどう見ても家族のような人が駆け寄ってきまして


 「すみません。お爺ちゃんが徘徊していて」


 ただのボケ老人だったというわけですが、去り際に


 「40歳位になると年長者からの引き立てがあるから大切にしなさい。邪魔してくる人は自滅して縁が切れるので相手にしない。お稲荷様を大切にしなさいよ」


 そういう無駄に心に刺さることを言い残し、変な御札を置いて去って行きました。


 その後、問題の原因を作り出しているのは他でもない自分自身であることに気づいた私は状況を変えるべくセルフマネジメントを実施。それから、なんだかんだ物事が良い方向に動き出しはじめてから数年が経過したある日――


 掃除をしていたら、その御札がひょいと出てきまして。そして何故かその夜からお稲荷様の夢を見るようになり気づけば40歳手前。


 「これは!」


 と思いたち、京都は伏見稲荷大社でご祈祷とお神楽を舞っていただいたというわけです。


 何か問題を抱えた場合、多くのケースは自分自身に原因があります。周りのせいにしても解決には至りません。最終的には己が変わるか環境を変えた方が上手くいきます。その上で験担ぎや占いは合理的ではありませんが行動のきっかけや心の拠り所となると知り、それ以来、習慣として実施しています。


 「お、やっと雪が止み始めた」


 珍しく日が差し始めた冬の暮れ。夕日に照らされて少し虹が見えたその日。特に理由はありませんが、なんとなくありがたい気持ちになり、皆で虹に手を合わせながらお祈りをしました。

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