第28話 展示会どころじゃねぇ! その壮絶な痛み

 「開門! 開門!」


 張り上げた声と共に風雲急を告げる早馬は、猛々しいひづめの音を響かせながら開いた門の隙間を止まることなく駆け抜けた。


 「ご注進!」


 手綱を引き荒々しく降りると肩を揺らしながら片膝をつく。


 「何事だ!」


 「申し上げます!」


 大きく息をつきながら使者は声を張り上げた。


 「痔が切れ申した!」


 苛烈極まる戦場からの早馬に吉報などあろうはずもなく――


 大型展示商談会最終日。私はその日の朝、トイレで痔の痛みに耐えていました。切れた途端、城内のものたちはざわめきますよね。


 「お屋形さま、これを!」


 ばさばさ! (トイレットペーパー)


 「古だぬきめ、謀りおったか!」


 下克上の世を壮絶に生き抜く武将もかくやと、その日、トイレで群雄割拠の形相となったのです。


 切れ痔を体験したのは20代の半ばだったでしょうか。初めてのそれは鮮烈で


 「すわ、血判状!」


 とびっくりし、前転する勢いで大地にひれ伏したのを覚えています。


 それからというもの、仕事が忙しい時や血流の悪くなる冬場は、したためた手紙に蜜ろうで封をするように、本丸を晒さずに扱うことが習わしとなりました。

 それから幾星霜。彼(痔)とは季節の変わり目、体調を崩すと出会う旧友のような関係になりまして。


 「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」


 と、思いつつ今年も再会を喜び合っている、わけねー、わけねー。


 「どうすんだよ!」


 一人トイレで拳を握りしめる。


 展示会で私は2日間、ブース内でご飯を食べる暇もなく、ぶっ通しで立ち続けていました。もちろんそれは私だけでなく当農園全社員(といっても私を含め3人)総出。試作したトマトジュースを試飲してもらい、ひたすらアンケートを取っていたのです。

 既に直売所ではお客様に飲んで頂き、500人分の情報を集めています。今回は業者の意見を聞くため1000人分の試飲を用意したわけです。

 

 まあ、しかしこの2日間で体に刻まれた後遺症は凄まじく、それすなわち便秘による切れ痔の悪化でして、その様、完全に黒船来航。開国(切れ痔)を迫る不平等条約そのものだったのです。


 「開国セヨ」


 「攘夷じゃ!」


 この時、切れたその部分の開国を迫られる一方、妻からもトイレのドアを叩かれて同様に迫られていました。私たちが住む家は古い家屋ですのでトイレが一つしかないのです。


 「我慢できないから早く出ろ!」


 「無茶をいうな!」


 通常ですと、基本快便の私がトイレを占領することはありません。どちらかと言えば、私が我慢して妻が出るのを待っているというパターンが多いと思います。


 それこそ昔は織田無道の気合の入った除霊にバンプの「オーイエーアハーン」を足して2で割ったような悲鳴をあげていましたが、近年では堂に入ったもので無の境地というか、徳の高い修行僧ばりにドアの前で待てるようになりまして。

 いや、もうむしろ我慢しなくてもいい、そのままそこで逝っちゃっても許される自信さえあるという危険な領域に足を踏み入れている今日この頃。


 が、今回は逆パターン。つまり妻がトイレ前で我慢している、ということになりますが、この場合、違った意味で非常に危険だということを理解しました。


 直売所レジにて普段より3オクターブほど高い声で接客する彼女はどこにもおらず、地獄の最下層コキュートスより響く魔王のごとき声で「オーイエーアハーン」が繰り返され、しばらくすると長州力のストンピングとスタンハンセンのラリアットがさく裂し合っているような物音がドアの向こうから聞こえてきまして。


 「あぁあぁあぁ!」


 よくわからない発音は名伏しがたきクトゥルフの呼び声。


 「まずい、早く出ないと」


 そんなわけで焦ってトイレのシャワーボタンを不用意に押してしまったんですね。ほんとさっきまでは


 「ここはおまえのくるところじゃない、森へお帰り」


 というナウシカで学んだ慈愛の気持ち、つまり「弱1」で撫でていたのですが


 「呪うぞ!」


 という怖い声が外から響いてきた瞬間、ビビった勢い、つまり「強6」で発射したものですから


 「なぎ払え! どうした化け物」


 そういうレベルで切れ痔に直撃しまして、まさに文字通り血塗られた道を行くことになり


 「いぃいぃいぃ!」


 つって、ストップボタンを押したと思いきや、マッサージ機能を押したがゆえ、新撰組三番隊隊長の牙突が刺さり、刺さって、ささくれて。更なる開国を迫られたあげく


 「うぅうぅうぅ!」


 両者、扉を挟んで中と外、同時にたたき合うその姿、拳と拳で語り合う様にて、その叫び声は新時代の幕開けを予感させて


 「えぇえぇえぇ!」


 そんなわけでズボンを上げる暇なく外に転がり出て


 「おぉおぉおぉ!」


 つって政権交代したわけです。


 ―― 


 「あのさ、今日、展示会最終日だけど、社長、来なくていいよ」


 「いや、君たちだけに苦労をかけるわけにはいかない」


 「いや、そんな恰好で言われても」


 それはまさにこれから羽化する芋虫の姿。開国の傷みに耐えかね、半ケツで横たわる痔主が一人。


 「な、情けねぇ」


 「なんでそんなになるまで我慢してたの?」


 「え、そこは、ほら、私、男の子じゃないですか? そういうのはできるだけ我慢するっていうのが大和魂だとばかり思ってきたので・・・・・・」


 「クソだね」


 「いや、二日目に言い出そうと思って葛藤はしてたんだよ」


 「まあ、いいや。私、これから大森さんと合流するから今日は安静にしていて下さい」


 「あ、あの・・・・・」


 「なに?」


 「行く前に、ざ、坐剤入れてくだせぇ」


 それはヨイトマケの歌を熱唱する気迫での懇願。妻は無機物を扱うように


 「入れるよ(棒読み)」


 と、リボルバーに装弾する次元の手つきでぶち込んでくださいまして、人生初の坐剤体験にそのとき歴史が動いた! これをもって維新は完成したのです。いや、維新どころか天の岩戸が開いた感じで、それは神話創造にも似た何か。


 「トマトジュース、頑張って」


 窓を開け、暮れの冷たい風を吸い込んで妻を見送る。坐剤がしっかりと効いてきたおかげで


 「嗚呼、太平の世のなんと素晴らしきことか!」


 一人、平和をかみしめました。

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