ダイエットは食事が9割はホントだと思う

 農業をはじめてすぐの頃、私のシャツにはいつの間にか、ど根性ガエルが移り住んでいました。


 「てやんでい!」


 「何だよピョン吉!」


 つって、やりとりもまたほほ笑ましく。


 しかしその時、一陣の風によってめくれ上がったシャツの中からピョン吉と呼ばれたそれ――下っ腹――が露出した時に、一方通行の会話は終わりを告げたのです。


 「ぴょ、ぴょん吉?」


 「いつもおまえはそうやって、俺のことをちゃんと見ようともせず、また目を背けるのか?」


 「お、おい、いつもみたいに、泣いて笑って喧嘩してくれよ」


 「目を覚ませ、これがおまえの本当の姿だ」


 よく見りゃ腹はゴーストバスターズのマークみたいに飛び出していて。


 「まあ、30代だし、仕方ないよね」


 そう独りごちると、カエル風情の言葉は聞かなかったことにし、シャツを正して強制シャットダウン。耳に手を当て遠い目で過ごすこと更に数年という取り返しのつかない選択をしました。


 その頃、とみに感じていたのはたしかに「運動不足」。仕事内容にもよりますが、農業は年間を通じて歩数が非常に少ない仕事だと思います。農家に比べたら外回りのサラリーマンの方がよっぽど歩いている。

 また、機械化された仕事も多くなり、体を使うというよりは操作の方が多い。加えて田舎は近くにお店がありません。つまりちょっと近くに行くのも「車」。これも運動不足を助長する原因の一つでしょう。


 「農業は体力勝負」と思っている方は多いはず。しかし実際は体を動かすという意味での体力は必要なくなっているのが現代のトレンドです。


 そんなわけで止まらない食欲をそのまま放置した結果、年齢と共に低下する基礎代謝によってカロリー収支がプラスになり続け、自身の腹回りは足ることを知らない環太平洋造山帯となり果てたのです。


 だからその日がやってきたのは必然だったとしか言いようがなく。


 息詰まる展開。張り裂けんばかりの空気――


 いや、実際、息は止まったし文字通り張り裂けましたよね。ある日、車から降りようとしたらシートベルトが腹に引っかかり、うまく外れなくて。


 「殿、なりませぬぞ」


 つって爺に止められたような格好で動きを封じられること1分。私は気合いと共に


 「離さぬか無礼者!」


 と、勢いのまま運転席から飛び降りましたら、履いていた作業着がケツから見事にブリっと切れたっていうか、割れた? ちょっとモーゼが通ったんじゃねぇかくらい、それは見事に。

 前方にローリングする勢いで股をのぞき込んだその格好、完全にセミの羽化にて抜け殻のような寂寥感とともに


 「ウソみたいだろ、切れてるんだぜ、そこ」


 それもこれも、運動不足と食い過ぎが積み重なったゆえの悲劇。そんな後悔(紅海)から、ダイエットに嵌まった話を今から述懐(十戒)します。モーゼが通っただけに。


 「わかっちゃいるけどやめられない」


 昔の人は言いました。そう、もう一度言いますが、人は頼るものすがるもの無くして生きていけるほど強くはないのです。明日への希望を求める多くの人々は「救世主」の降臨を常に待ちわびていて、もちろん私もその一人でした。


 だから絶妙なタイミングで当時、流行った三木某のロングブレスダイエット広告が目に飛び込んできたときは、肉にたけり狂った犬のようにとびついたわけです(これがファディズム)。


 脱衣所、鏡の前で


 「シュー! ハー!」


 つってフォース全開のダースベイダーも泣いてあやまる勢いで繰り返される呼吸。見つかると恥ずかしいので息をひそめながらの実践。だから時折、来週のサザエさんみたいに「ンガ!」とむせることも珍しくなく。


 しかし、ついに扉の陰から家政婦もかくやとその光景を妻にガン見されまして。幼い頃、カメハメ波の練習を見知らぬオバサンに目撃され、涙で枕をぬらしたあの日から幾星霜。30代にして繰り返されたこの悲劇。結果、私の心は折れたのです。


 そんなわけで、結局、基本中の基本「食事制限」に移行しました。


 まあ、そもそも食い過ぎだったんです。思い返せば私の頭上を、よくトビが旋回していたり、近所の犬の私を見る目がハンターのそれだったりしたのは、腹回りに大量のご飯がくっついていることが、ままあったからだと思います。その頃、白飯は日本昔ばなし盛りがデフォルト。


 因みに私の腹回りとは逆に日本人のコメ消費量は減少の一途をたどっています。その背景には、食生活の多様化があり、コメ以外にも麺類やパンなど多くの種類を手軽に食べることができるようになったことがあります。

 またご飯は食べるまでに時間がかかるのも敬遠される理由の一つかもしれません。外食や中食(お弁当)を買う機会が増えているのは作る手間が省けるから。私もお弁当はよく食べます。


 さて、おコメを食べると「太る」と思っている方は結構いるんじゃないでしょうか。そのためにご飯を食べないという人も多いと聞きます。これはたぶん流行の糖質制限からきていると思います。


 実際、それを行うと太っている人は目に見えて痩せていきます。私もそうでした。しかし筋トレを併用しないと基礎代謝も下がりやすく、制限解除後のリバウンドが大変なことになります。


 タンパク質が不足しないようサラダチキンやプロテインを併用し、筋トレ後は適量の炭水化物(ごはん)をしっかり摂取。一日のカロリー収支がマイナスになるようにしていけば、3ヶ月もあれば見た目はがらりと変わります。


 現在40代。バランスの良い食事とビタミン、そして質の良い睡眠。結局、ダイエットや筋トレはマネジメントなのだということを理解しました。


 「若い頃に比べて本当に太りやすくなったよね。私も気をつけないと」


 「俺はとりあえず、大胸筋に新しいぴょん吉を2匹飼うのが目標だよ」


 「いや、ゴリより細でいいから」


 今はもういなくなったぴょん吉を少し懐かしみながら妻と話します。しかし油断してはなりません。人は皆、誰しも内なるぴょん吉を飼っています。請い願わくはその存在に、平面の世界に、そしてリバウンドに、飲み込まれんことを。


 「俺はいつでもおまえのそばにいるぞ」


 風にあおられたシャツがヒラヒラとめくれ、風通しの良くなった腹回りに少し冷たい風を感じました。

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