農業体験は難しい

 ふわっとした感覚で


 「収穫体験をしてみたい」


 「子供に体験させてあげたい」


 と、思っている町住の方は意外と多いものです。実際、直売所の常連さんからもそのようなリクエストをいただきます。その多くは30代以上お子さん連れのご家族に多い。


 農業体験はこの時代、一つの価値です。モノからコトへと言われて久しいものですが、農業という世界に少しでも興味を持ってもらうため、一つの入り口として、遅まきながら我々もちょっとやってみようじゃないかと、まずは妻に提案しましたら


 「たまには良いこというね。やろうやろう」


 と、結構、乗り気で、その企画に隠れた思惑があることなど疑いもせず。


 当日――


 「お子様連れ家族限定、秋のサツマイモ収穫大作戦 ほっかほかのおいもが待ってるよ!」


 というキャッチフレーズにつられてやってきた直売所の常連さん総勢30名。農作業の恰好をしながら朝から張り切っていました。


 しかし私の心の中ではこうでした。


 「よそ見をするな芋を掘れ! サツマイモブートキャンプ 秋の強制労働」


 すなわち、これは収穫作業を通じて消費者の方たちと交流を図り農業と食の大切さを実感してもらおうというのが表向きで、本当はサツマイモを掘るのがしんどいので参加してくれた人々をこき使って楽をしようという餓鬼にも劣る企画だったのです。


 そうとも知らず今回のイベントに参加してくれた哀れな新兵(ほとんど子供)たちをまずは整列させ、畑の前で自己紹介と趣旨説明。


 「みなさん、おはようございます! 今日は良い天気に恵まれました。いっぱい掘って、いっぱい運んでね!」


 (心の声)


 「私が今回の担当教官である! 話しかけられたとき以外は口を開くな! わかったか××虫ども!」


 「サーイエッサー!」


 と、一人でフルメタルジャケットごっこに興じていましたら、異変を察知した妻が


 「おめぇ、ほんとは掘るの面倒くさかっただけだろ?」


 と、ずばり当ててきましたので、


 「な、何をおっしゃいます、お嬢さん。そんなわけあるわけないわないじゃない」


 なんて、完全に見抜かれて動揺し、呂律が回らなくなったところで


 「おまえも掘るんじゃ」


 つって、ボディーブローをかまされました。場末の畑で突如乱れたパワーバランスに世界が驚愕した瞬間。鬼教官は私ではなかったのです。


 「はい、じゃあ、皆さん、ここの列からはじめてくださーい」


 「はーい」


 こういうのは私が仕切るより妻の方が上手なようで、とりあえず任せることに。私は結局、いつもの作業と変わりなく集めた芋を延々と運んだわけで。


 「ファミコンウォーズがでーたぞ! 腰いてぇ!」


 「いちいちうるさい!」


 しかし終わってみれば意外と楽しかったこのイベント。何よりも


 「また掘るー」


 「焼き芋食べるー」


 と、子供達の無邪気な笑顔に心洗われる一日となったのです。


 「そう言えば、今日、親御さん達から、切り干し大根の作り方教えて欲しいって言われたよ」


 「そうか、じゃあ、それもやっちゃう?」


 「じゃあ、連絡しておくね。ただし、変な設定とかしなくていいからね」


 「お、おう」


 そんなわけで1ヶ月後、お客さん達と切り干し大根講習会をやることにあいなりました。


 当日――


 「切り干し大根作りから学ぶ田舎の智恵。今年の冬は手作り保存食で乗り切っチャオ!」


 というキャッチフレーズにつられてやってきたいつもの常連家族10名。しかし何を言われようと、相変わらず私の心の中ではこうでした。


 「手を休めるな! ホワイトデビルプリズン 極寒の不毛地帯で大根地獄」


 これは食品加工体験を通じ消費者さんたちと交流を図り農業や食の大切さを感じていただこうというのは巧妙な罠でして、実際は極寒の作業場(獄中)で囚人のごとくこき使い手間のかかる切り干し大根を作らせようという、鬼畜生にも劣る企画だったのです。


 今回、そうとも知らず私の誘蛾灯にかかった虜囚ども。その多くが女性であったことから、昔見たマイレジェンド映画「地獄の女囚コマンド」を思い出し心が躍ったのは言うまでもありません。そして私は靴の音を響かせ、やおら趣旨説明に入り。


 「当プリズンにようこそ。ここは入ったが最後、二度と日の光を浴びること許されぬ最果ての流刑地。貴様らに自由はない。あるのは徹底した管理と労働のみだ」


 私はそう言うと、囚人たちにそれぞれ包丁を渡した。抜き差しならない空気が場を支配する。やるかやられるか。血で血を洗うキャットファイトが今ここに――


 と、三味線を弾いておりましたら、私の設定を無視して妻が皆さんと和気あいあい、既に切り干し大根作りをはじめていました。


 「おい、戯れ言はいいから、早く大根運べ」


 自分の殻というプリズンをブレイクするのはまず私だと、このとき強く思い知りました。


 「これはまずい」


 今回、体験しに来てくれた方々に、少しでもためになる話をしようと私も必死です。


 「切り干し大根は各地方において切り方、呼び方、さまざまです。当地域では細長く切った大根をひもでつるし寒風に当て、乾いたものを水で戻して使うというのが一般的です」


 「大根は干すことで保存性が高まるだけでなく栄養価も充実します。食料が潤沢でなかった時代に貯蔵を目的に作られてきた切り干し大根ですが、現代においてはカルシウム、鉄分、ビタミン類、そして食物繊維を多く含む注目の食材となっています」


 このように、われらがインターネットで仕入れた知識をひけらかしてはみたものの、皆さん途中から一心不乱に大根を縛り続けていて私の話に耳を傾ける者はほぼ皆無。まさに孤独という名の冬の荒行。完全に初っぱなの獄中設定が尾を引いた格好となったのでした。


――


 「ありがとうございました」


 「楽しかったね」


 一年に数回でしかありませんが、直売所にくるお客さんとこうやって触れあうのは楽しいものです。


 「こうやって、ちょっとでも農業に興味を持ってもらえるだけで嬉しいよね」


 「確かに、農業生産工程の一部分だけだけど、まずは知ってもらえるきっかけになればいいね」


 直売所をはじめてから、確かにお客さんとの結びつきが強くなりました。モノからコトへ。単純にイベントとしてではなく、家族ぐるみのお付き合いも増えました。


 「とりあえず、まずは自分達の手の届く範囲からやっていこう」


 「そうしよう」


 「でもさ、設定とか、そういうの、ほんといらないからね」


 「いや、私の勘ではモノからコト、その次はだと思うんだよね」


 「何言ってるか全く意味がわからない」


 「ソコっていうのは、つまり設定のことなんだけど」


 「にしても、女囚はねぇだろ」


 「お、おう」


 「農業を知ってもらうきっかけ、歪んでっから」


 「す、すんません」


 と、言いつつ、来年は何にしようかと、また考えるのです。

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