第5話 新入社員、大森、舞う! 


 「孤独を友として仕事と向き合った時間は、決して自分を裏切らない。ぎりぎりまで自分を追い込めば仕事力が磨かれて、それが閉塞状況を打ち破る武器になる。すべてが報われるわけではないが」 ――作家 猪瀬直樹


 孤独――


 ゴールを目指すに当たり必ず向き合わなければならない要素。人が見ていないときにこそ、着々とこの乳飲み子を育てることで成長への糸口を掴んでいく。


 計画・実験・検証を年単位で繰り返すことでデータを蓄積し、経営モデルの構築を毎回行うという点では非常に面白くてやりがいのある仕事、農業。しかしそのほとんどは地道な作業の積み重ねで成り立っており、孤独と向きあうという意味では格好の場所ともいえます。


 例えばトマトの芽欠き作業。暑くて成長の早い時期は、栽培上、不要なそれ――わき芽――が伸びるのも早いため、絶え間なく取っていく必要があります。これは本当にずっと同じ作業の繰り返し。

 収穫作業も然り。昔ながらの土耕栽培で行っているうちの場合、それはかがみながら休みなく行われて


 「そういうわけで、大森さん、大変、地味な作業をこの一年こなしてきたわけですが、あなたらから会社になにか要望はある?」


 昨年雇用した20代の彼女とできるだけコミュニケーションをとろうともがく、私こと、40歳おっさん社長。今日は四半期に一回の面談の日。


 「特にありません」


 ほとんどの作業を一人でこなせるようになり、当たり前のようにトラクターにも乗る彼女は誰よりも仕事が早い。


 「俺が現場で毎日作業をしていた頃、あまりの孤独感に耐えきれなくて、よく文章を書いてネットで発散していたよ。寂しがり屋なんだよね」


 探るように


 「大森さんはそういう、息抜きっていうか、アウトプットするものはないの?」


 「必要ありません」


 即答につぐ即答。強い意志を宿した瞳。滅多に笑顔を見せない彼女の三白眼はとてもストイックな印象を与える。


 「そうか、自分なりの息抜きができていればそれでいいよ。もう一年したら農場長になってもらう予定でいるよ」


 「はい」


 兵士のように規律正しい返事。大森のようなタイプは珍しいのだろうか。それとも表面に出さないだけで内に秘めたる何かがあるのか。

 いわゆるクールビューティーである彼女に、一回りも年が離れた私はそれ以上なかなか踏み込むことができません。


 この一年、孤独な作業と向き合う中で彼女は誰よりも成長しました。指示がなくても自分の頭で考え仕事の段取りを組み立てられるまでに。

 しかし、社会との接点を最小限にして生きようとするその姿に、少し不安も感じるのです。昔の自分がそうであったように。


 「社長――」


 彼女はあくまで業務報告然として


 「先程、第一ハウスのトマトが何者かに食べられているような痕跡を見つけました」


 「あ、そうなの?」


 「はい。収穫前日のトマトだけを狙われてだいぶ食べられています。早急に対処が必要かと」


 「わかった。じゃあ、早速向かおう」


 第一ビニールハウス――


 一棟の面積約20アールの、当農園で一番大きいビニール施設。


 ここになんらかの生き物が入り込んでいる。何者であれ大事に育ててきたトマト(現金収入源)を食い荒らす輩は許さない。


 「俺が入り口を開けて待っているから、君は奥から見回ってきてくれないか」


 「了解です」


 そのとき――

 柔和な空気を切り裂いて怪音がこだまする。


 「この声は!」


 田舎によくあるその喧騒、ややもすれば近所のおばちゃんがライドする自転車のブレーキ音のように聞こえますがそうではなく。


 きじ――


 四季を通じて日本各地でみることのできる比較的ポピュラーな鳥。実は国鳥に指定されており1万円札にも描かれていたりするそれ。

 残念ながら私の財布には常に小銭しかなく、まれに500円玉があれば万夫不当の豪傑のごとく街を闊歩できる悲しい男なので、そんなことは露も知りませんでした。


 それはともかく、どうやらこいつがトマトを食い荒らしたようす。そして目の前に唐突にあらわしたその勇ましい姿。


 「昨日、扉の修理業者がきているとき、少し開けっ放しだった時間があります。もしかしたらその時に侵入してしまったかもしれません」


 狭い作業通路。そこにて対峙することになった2人と1匹。警戒心が強いくせに人里近くに住みたがるというこの寂しがり屋は折しも繁殖期に入っており、顔の赤い肉腫の鮮やかさといったら、半端なく。


 「仕上がってるね」


 「凶暴ですね」


 角界で言えば白鵬級のどっしり感。1対2なのに勝てる気がしない。雉はしばらく私達を見据え、満を持して


 「ケェェ! ケェェ!」


 と鳴いた後


 「ブロロロ!」


 と見事な母衣打ほろうち。


 完全に不知火型しらぬいがた。思わず「ヨイショー」のかけ声、やっちゃいましたよね。


 ドラミングとも呼ばれるこの行為は、翼を激しく羽ばたかせることで縄張りを知らせる威嚇行為なのです。虫の居所が悪いと、普通に向かってきます。


 と、そんな説明をしている場合じゃない。


 「大森さん! 私たちもこの鳥に負けないよう、母衣打で対抗しよう。腕を回して威嚇だ!」


 「え?」


 「どうした?」


 「いや、普通に追い出せば・・・・・・」


 「いいかい。これは高度なチームワークが要求される。相手は私たちより殺気立っている。君と私が協力して同じ動きで大きく見せることで、怖がって出て行くという算段さ」


 「はあ・・・・・・」


 「名付けて、心、重ねて戦法だ」


 「また、なんかの、アニメですか?」


 「手を大きく広げて、こう! こう! はい! ダッシャ!」


 意識していないのに顎がしゃくれて、その様、アントニオ某。


 「こ、こう?」


 「違う! それじゃあ鳥獣戯画のカエルだ」


 「こう!」


 流星拳が出そうな手さばきで雉を威嚇する。


 「こ、こんな感じですか」


 「動きがコンパクトすぎる。シザーハンズで氷の彫刻削ってるんじゃないんだぞ」


 両者、恥ずかしさを捨て、意識を集中する。その瞬間、動きはリンクして、まるで複数の手が襲いかかってくる異様な絵ずらに昇華し


 「超絶秘技 永久回転運動エグザイル!」


 雉の赤くほとばしる肉腫を凌駕して、目から放たれる赤い光線(雰囲気)。両者必殺の間合いにて、対峙すること数秒。そして


 「ケェェェ!」


 と、やつは恐れをなして後退。その後入り口に向かって疾走し、無事追い出すことに成功したのです。


 「もう入ってくるんじゃねぇぜ、万札野郎」


 その後、事務所にて――


 「たまにああいうハプニングがあると、燃えるね」


 「社長、あの動きは、必要だったんでしょうか」


 「いや、別に」


 「では、なぜあんな回りくどい・・・・・・」


 「人はずっと孤独と向き合っていると飲み込まれそうになることがあるんだよ。向き合うのは必要なことだけど、たまにこうやってさ、息抜きみたいな共同作業も大事なんだよ。最近の君をみていると、少しストイックな感じがしてね」


 「・・・・・・」


 「何があったかわからないけれど、俺で役に立つことがあるなら何でも相談してくれ」


 「社長・・・・・・私、」


 「どうした?」


 「私、こういう顔なんです、昔から」


 「え?」


 「だから、今まで通り、普通にしてて大丈夫です。よく勘違いされるんですよ、過去に何かを抱えてるって。後、私、単純作業好きなんで気にしないで下さい」


 ほんのちょっと、打ち解けたかなと思った、穏やかな春の日――


 「あと、社長、いろいろネタが古くて私の世代ではちょっとピンときません」


 深めの世代間格差も感じずにはいられませんでした。

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