七十一の節 華麗なる王者、プラッティン・マクシム・カネル。 その一




 王と呼び称される者の居場所とは。権威と権力を表し、見る相手の印象領域に壮麗さと圧倒的な規模を植え付け、覚えさせる。


 頃合いを見計らったかのように、鈍色の空は晴天へとその座を明け渡す。


 色素が薄い種族を意味する無色人種と呼称される、ネイトと名乗った美少年が案内を終えた一際ひときわ大きく白い天幕も、その一つの例と言えた。


 その閉じられた入口いりぐちの手前には、白い帆布の天井を美麗な彫像が支え影を落とす、上がり間口が設置されていた。

 案内された一団は、すぐに気付く。彫像はネイトと同じような年頃の美しい少年達であり、呼吸をし、地上の宝飾を思わせる瞳で来訪者の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを監視している事を。


 この風景が要求しているのは、天幕内が土足厳禁である事。土足が日常である生活様式の文化が多い中、一団は履き物を脱ぐ事を求められ、リネンの靴下を渡されると強制的に履かされる。


「汚い脚で、カネル様の聖域を歩き回るなんて、お客様だとしても許しません」


 リネンの靴下を履かせる必然性を伝えながら、罪から最も遠いネイトの無垢な笑顔が、一団を照らす。


「オイでも余裕で入れるっちゃね。不思議な気分ったい」


 ニンゲン属の中では最も大柄な、デユセス族のインゴが地元のなまりを使用してしまう程に感心してしまった理由。

 ニンゲン属の中では最も小柄なラヴィン・トット族の天幕の入口いりぐち、天幕内部の空間が余裕を持って受け入れてくれたからに他ならないようだ。


 インゴが感嘆した天幕の内部は、快適な温度と室温が保たれていた。白で統一され、灯り取りの頂上部分の天窓から差し込まれる晴天の明度によって、いくつも垂れ下がる透明や複数の色硝子いろガラス細工の帯を通過し乱反射する。屈折と分光は、白い天幕の壁に七色の光が揺らいでは散るを繰り返していた。


「靴下越しでも感じる、密度が高い絨毛じゅうもう。まるで新雪の感触だぞ、これ。もうこの場で倒れ込みてぇよ」


 璜準コウジュンの欲に塗れた感想は、床に隙間なく敷かれている、二重被毛ダブルコートで構成される純白の毛皮。


「怪我などの心配は無用ですね。手入れも丁寧ですし、今となっては禁猟となっているプロークの毛皮です」


「プ、プロークですって!? ウィングロック氏族クランの乱獲で激減したと言われている、あの希少種の? これ程の面積を覆う量を、彼らが維持しているとは大変興味深いです」


 禁猟となってしまった高地に棲息する、プローク種のマフモフの素材の長所を損なう事なく、そのままに敷物として利用している。一歩踏み込んだ者は、その素晴らしい被毛の効果によって底なし沼並みのとりことなる。


 足元が埋まっている様子に視線が釘付けになる璜準コウジュンに、今にも屈んで手触りで確認しそうな勢いのベリザリオやレイスが解説を加える。


 服飾関係に明るいベリザリオや、元々学者気質のレイスなどは、璜準コウジュンの熱が移ってしまったかのようだ。許されるなら、五感を使って情報を得ようとしている気概が垣間見える。


 それぞれが、常識範囲内の観察をしている中で、正面奥を捉えて佇むアラームの姿がある。

 黒い頭巾フーザ越しの視線の先には、天井から下方へと垂れる三種類の長方形の旗だった。


 中央を境に白と、常磐色ときわいろと呼ばれる緑に色分けされているカネル君主都市旗。白地に三分割された一番下の位置中央に、照柿色てりがきいろで円を描く軍旗。茶色の地に、風と炎を模した曲線が白抜きされている、ロップス氏族クラン旗。


 カネル君主都市の誇りが、暖気の巡りによってゆるやかに揺れている。その下の領域は、主が座すると思われる場所と、装填済みの十六丁の長銃、十六本の朱槍が立てられ壁を飾っていた。


「お席は、いかがなさいますか。椅子のご用意も可能です」


 連結型の大型天幕でもある現場に、出入口付近にある控え通路と思われる区画の入口いりぐちが割れ、白皙の肌を持つ黒髪の美少年が新たに姿を現した。

 彼も十代前半の雰囲気があり、ネイトと同じく頭巾フーザ付きの外套型がいとうがたの黒い毛皮に身を包んでいる。


「私は床で構わない。他の者は椅子を用意」


「俺も直座りする。椅子なんざ要らねぇよ」


 アラームの発言を遮り、プロークの敷物に理性を奪われた璜準コウジュンの意向に全員が追随し、椅子は一脚も運ばれる事はなかった。


「カネル様が、間もなくいらっしゃいます。皆様、お足を楽にされるのは結構ですが、どうかお控えくださいませ」


 黒髪の美少年の指示を受け、カネル指名組は各々おのおのの判断で座を確保した。


 カネルが座すであろう奥正面に向かって、一列中央にはアラーム。その両翼を雪河セツカ璜準コウジュンが当然のように陣取る。次の列が、カーダーと璜準コウジュンの関係者。更に後ろの列に、レイスと合流したてのヴァリー組、となっていた。


 全員が床座りになった訳だが、毛脚がある同系色の髪と、ただでさえ地に付きそうな新雪色の長髪を持つ雪河セツカの後方に位置する、カーダーとメイケイは難儀が予想された。


 だが、見る者の気を揉ませるには至らなかった。


 互いに無言。互いと、周囲に最適な気遣きづかいを表す気配は、誰よりも上質な衣擦きぬずれの音が、その代わりを担っているかのようだった。

 雪河セツカが白い袴の裾を整え正座の動きに合わせ、アラームがその生きた白い滝の束を操り、雪河セツカが正座をする頃には右肩を通し、飛沫の乱れもなく膝の上で着水させていた。


有難ありがとう」


おんために」


 時折見せる、雪河セツカとアラームにある本来の主従の姿。互いの世界を渡す、締めの囁きは幽艶ゆうえんな異境の演目を思わせた事だろう。

 雪河セツカとアラームの特殊なえにしで繋がれている事を想像させる、新たな一面を見る者に与えたのは、最前列の出来事である事も手伝っていた。


 この小さな演目を経ても、ハニィ達の姿が見えないのは、まだ揉めている最中さなかだと推察される。


 やがて時を待たず、都市旗側の奥にある天幕と別の天幕を繋ぐ通路の出入口が開く。


 先んじて現れたネイトは、黒と赤に染め分けられた毛皮を運んでいる。しかし、よくよく見てみれば、別の白い毛皮を包んでいた。


 更にネイトの後ろには、色は違うが頭巾フーザ付きの上質な毛皮で出来ている外套型がいとうがたの長衣をまとう美少年集団が続く。


「十六人。銃と朱槍の数と同じですね」


 レイスが声を絞って確認を漏らす。


「噂に聞く、直属の親衛隊って所ですかねぇ。毛皮が制服ってのは未確認でしたけれど」


 同じ灰色灰眼と言う事もあり、話す機会にも恵まれていたヴァリーがレイスに答える。


 そのうち、ネイトが奥正面の席に座ってしまう。妙な光景に確認するための問いが投げられる前に、ネイトが抱える派手な毛皮に変化が生じた。


 正確には、黒と赤の格子柄の毛皮から、垂れ耳型の純白な被毛を持つラヴィン・トット族の青年が這い上がって来る。

 被毛の色艶も見事だが、もう一点注視してしまいそうになる特徴がある。


 その瞳は青い月アオイツキと同じ色に染まっていた。


吾輩ワガハイこそ、偉大なる父祖・マクシムの勇猛心と気高き血統を受け継ぐ者。ロップス族を束ねる誇り高きラヴィン・トット族の長、プラッティン・マクシム・カネルなのである。この日、吾輩ワガハイに会えた事を末代まで誉れとするが良い」


 魅惑の白い毛玉が、ネイトの胸元で堂々と口上こうじょうする。その声は意外にも艶やかで低い声音こわねだった。

 目的が脱線しているとしか思えない発言と、敗者の割りに尊大なプラッティンの態度は、なおも加速する。


「さあ、ツルスベ共よ。肌をさらし、その身で吾輩ワガハイを存分にマフるのである」


 偉大なるマフモフの王者は、高らかに愛撫ナデナデの強要を宣告したのであった。





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