六十四の節 鬨の奮え、風の謳い。 その四
それぞれの沈黙を伴う敬礼の姿は、相手への敬意を如実に表していた。テフリタ・ノノメキ都市に所属するヴァリー達の敬礼は、組んだ
メイケイとウンケイは、
カーダーの敬礼は、真珠と香辛料の国での
祖父から父、父から子へと柄や素材。時には修繕を経て受け継がれる、サルダン族として生きる成人男性としての身の証しに相当するからだと、後日カーダーは語った。
一方、アラームと
簡素だからこそ、
そんなアラームと
やがて、戦鼓が
「な、何だよ。良い子ちゃんぶって、おすましか? こんな場面を見せ付けられて、黙っているの方が無理がある」
ラヴィン・トット族の
「昂揚する気持ちも判るよ。ロップス
「やはり、アラーム様は本物の
レイスは
「あぁ、当然だ。だが、伝聞や情報を得る機会がある者は存在する。その者は、ラヴィン・トット族の
応えるアラームの声が届いた者は驚き、あるいは顔色も変えず受け入れる様子が散見される中。
ある者は
「始まったな。移動するぞ」
周囲の
「では、これより作戦行動に入る。見学するなら、それも構わないよ。驚きはするだろうが、実害はないに等しい」
アラームは付近にいた、第二回目の接触交戦指揮官を担うバスカと、その補佐官にあたるヴァリーに上申する。
「この期に及んで、騒ぐのは
歯切れは悪いが、現場を統轄する最高権限を持つバスカから正式な許可を得たアラームは、唯一感情の判別が叶う口元に嬉しそうな弧を描く。
その笑みを確認した
常識の範疇を超えた現実に、バスカと言わずヴァリーや腹心達が説明を求めるべきアラームの姿を見当てる事は、既に出来なかった。
アラームもまた、姿を消してしまったのだから。それが合図であったかのように、一点の雲もなかった快晴の空には重く垂れ込めた暗い雲が滑り込んだ。間もなく、大地を叩き付ける風雨がいくつもの水溜まりを作り出した。
◇◆◇
「お見事に御座いますなのです。さすがはプティ様なのです」
「当然なのである。
遠く、局地的な雨雲を確認する小さな人影の群れの中に、その会話は立つ。
その人影を収容するには大きすぎる間口と純白の天幕を背景にするのは、天幕と同じように透けるような純白の被毛を持つ青年男性のラヴィン・トット族。
「はぁ~。面倒な
「ご期待くださいませなのです。カーダー様を筆頭に、美形揃いの若い男達なので御座いますなのです。一名、全貌は未確認なのですが、間違いなく極上の容姿を持つ男です」
「ポムルの審美眼は信用しているのである。ドドンと、まとめて連れて来るが良いのである」
純白のラヴィン・トット族、プラッティン・マクシム・カネルは、小さな三つ叉の鼻から期待と共に息を漏らしていた。薄く閉じられた瞳は、これから訪れると信じて疑わない趣味の時間に、思いを馳せているようだ。
「それにしても気になりますのが、ポムルの報告にあったツルスベ共の野砲が展開していなかった事です。その上に」
「わぁわぁわぁ、もう聞く必要ないのである! お祖父ちゃまから預かった、風のあかときちゃまがツルスベ共を水浸しにしてくれているし、ニアミノフ達がその周囲を包囲している。故に、何も案ずる事はないのである!」
垂れた耳を上下させる程、駄々を踏むプラッティンは疑問を呈した士官に抵抗して見せた。
周囲にいる士官や世話役の同族達は、互いに見合わせてしまう。
「さてさて、天幕に入って
天幕に引き返そうとしたプラッティンが、動きを止めた。周囲の同族達も、鼻や髭、耳を
「じ、地震?」
「では、なさそうだ。音が連続している。発生源は八カ所、だな」
「山、動いていませんか? それも、二つ」
直後、
◇◆◇
「こ、
「おいおいおい、お、い。ウッソだろ、お前。俺だって知らねぇよ、こん、こんなデカさ!」
ヴァリーと
不自然な現象は、それだけにとどまらない。豪雨の中にあるはずの一帯は、一筋の雨粒も受けていなかった。
反対に、装備から騎乗する
「くっ! な、何と言う事だ。立てる者は、周囲の仲間と引き上げよ! 撤退だ! 撤退する!」
轟雷のような足音と煙る豪雨の天幕に向かい、カネル君主都市侵攻軍の第二波を率いていたニアミノフ騎士団長は、その職務を全うするための矜恃を声に乗せ
「あの兄弟の
激しい雨音を、その身の輪郭で抵抗させる気配とは別に、霞を思わせる男性の低音が言葉を奏でた。
「ニアミノフ騎士団長に間違いありません」
名を当てられたニアミノフと近い位置から、報告に適した男性の声が立つ。
「フォービィ副参謀長も確保しました。交渉の材料としては十分でしょう」
今度は、戦場には不釣り合いな清楚で品のある女性の声が、ニアミノフの聴覚に届けられた。
その一言で、身の振り方を握られた事実を想像したのか、ニアミノフは覚悟を言葉にする。
「私はどうなっても良い。これ以上、部下を蹂躙しないでいただきたい」
風雨に身も心も重く湿らせたらしいニアミノフは、毅然として懇願した。
「承知した。自決をせずに御同行願うなら、あの兄弟も引かせる」
こうして、カネル君主都市の第二波は唐突に終幕を迎えた。巻き起こされた暴風雨は結果として
この天候の通り、爽やかに晴れ渡る大空のような展望があるのかは誰も読めない事だった。
それはまるで、天の気心のように。
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