三十六の節 働くと言う事。 その四
少年・シイナの前方に陣取るマリサ達は空気を介し、カーダーの様子を探っているようだった。
真珠と香辛料の国を代表するサルダン族は、確かに二足歩行の豚に見える。
だが、影でブタと
「それは分かりましたので、一つ質問しても良いですか?」
金持ち喧嘩せず。もしくは、言われ慣れているのか。カーダーは、後ろ手に拘束されるシイナと視線の位置を合わせるため、片膝を着いた。
「な、何だよ」
「私達は、
カーダーの声は穏やかだが、耳で隠れ表情が見えない分、不気味さが増す。上向きの鼻が、目の代わりにシイナを凝視しているように見える。
ほぼ一息で連ねられた、カーダー言葉の勢いと
「質問は、ここからです。貴方は、奪うのは当然だと
「奪う場所を変えるだけだ。俺は、たった一人で生きて来たんだ。俺だって、全部大人達に奪われたんだ! ゴミみたいな場所でしか生きられない。こんな所で、助けなんか求めても無駄なんだよ。だから俺には、一人で生きる道しか残されていないんだよ!」
「貴方、本気で言っているの? 何を言い出すの。ここに来るまでの間、石畳で頭でもぶつけて来たの?」
シイナの身勝手な発言は、マリサの怒りに触れたらしい。石の床に、フローリオで有名な服飾職人・リビーヒお手製、深い紺色のピンヒールが音高く響いた。
「たった一人で生きて来た。ですって? 貴方が盗んだ物は、誰の物だったのかしら。貴方以外の、誰かの物だったでしょう。その時点で、貴方は一人で生きて行けない事が分からないの?」
マリサの静かな剣幕に、周囲のカーダー達は音もなく数歩、後ろに下がった。
「せっかく
シイナは、正論が苦痛だと言わんばかりに、薬の効果で麻痺し始めた動かない足を凝視した。
「奪う相手を間違えたら、こんな風に自由を奪われる。それでも、貴方は自身が持つ可能性を見付けようともせず、環境のせいにして」
茶色の短毛に覆われた太い腕を組み、ワルテルが二人を見守る。
「貴方の行いが、善だろうと悪だとしても、誰かに感謝された? 誰かを救えたの? 何よりも、貴方自身が救われたのかしら」
大きな耳が垂れているが、カーダーは真っ直ぐ二人を見ていた。
「今の生活から脱出したいなら、はっきりとした相手を思って働く必要があるの。何故だか分かる?」
シイナがマリサの言葉に反応した。漫然とシイナが首を上げると、マリサ本人が放つ力強い視線と衝突した。
「日々得られる対価や
幼いシイナは情報過多に陥りながら、マリサの言葉を拾っているようだった。その証拠に、シイナの黒目がちな瞳に生気が宿りつつある。
「奪ったら、奪われるの。でもね、与えると、与えられるのよ。
シイナの雰囲気から察し、マリサは優しく
『力ある者は、力なき者を支えよ。力なき現状から脱した者は、力ある者を支えよ』
若草色の視線を閉じたマリサは、
「そこに、善悪は書かれていないの。世界は、善悪では量れない。陽が照らす光と、月が照らす光。どちらが正しいのか、解答がない事と同じだからですって」
すぐ
この一帯だけが、シイナを救い出すために用意された舞台のようだった。
『払えない闇などない。生命の
「今の貴方が、
一歩。マリサはヒールを着いて硬質な音を立て、シイナへと近付く。
「確固たる意識と決意を持って立ち上がりなさい。貴方は生きている。生きているだけで時間は進んでいる。それだけで意味がある。簡単に、諦めるんじゃないの。生命を張って、私達を守ってくれている兵隊さんに、申し訳ないでしょう?」
マリサが差し伸べた
今夜だけは最小限の被害で済んだとは言え、今回も被害は甚大だった。
「人は、怠惰を
マリサは、人差し指を一本立てる。加えて、年甲斐もなく片目を閉じて
すると
空には
季節は
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