四十九の節 夜明けの綺想曲。 その二
事情を知った、ルリヒエリタの各商館や住民が善意の
恩恵にあずかっている者の中に、ハドとリルカナがいた。
「かなり低い等級だけど、ハドの
「頂戴した物に、そんな言い方しないでよ。僕はそんな立場じゃないから」
雪解けを告げる春の日差しのような声で、リルカナは相手を茶化した。
「それに、スーヤ大陸では
居心地を悪そうにしたハドが言い返す。その手には、少しだけ傷が目立つ金属製の容器。注がれた液体からは、芳ばしい
ルリヒエリタで荷揚げされ、等級から外された
ハドの実家を知るリルカナは、その点に触れたのだった。
「贅沢をしているように見えるのかなぁ。商品であって
ハドは、容器の
ハドは空いている片手で、左の耳朶に触れた。最近は、考え事をする時の癖になっている。
「疲れが出た? それとも、朝一番で起こしたから眠い?」
リルカナが座ったままの状態で、ハドを覗き込むように近寄る。
「ち、近い、近いよ。リルカナ」
古くからの
「驚いたんだよ」
「何が?」
「最初は、あんなに反対していたのに
大きな黒い瞳を見張り、曖昧な笑顔でハドを見るリルカナは、質問の意図を量りかねている様子だった。
「ザファイ、レル。だったっけ。リルカナ達にとっては、大事な場所だったんでしょう? なのに最終的に、リルカナの方が僕を後押ししてくれる形になったから。それに今だって、これからの方針を巡って叔父さん達が揉めているし」
ハドが言う通り、少し離れた天幕からは時折、鋭い声が聞き取れる。ルリヒエリタに到着した年長組が、今までになかった事案の先にある未来図について話し合っていた。
状況を理解したリルカナは、小さく何度も
「セリスは、ハドの大切な家族だもの。アタシ一人がゴネて、助かる者も助からなくなるのが怖かった」
今度は、リルカナが手元の容器に黒い視線を落とした。
「それに、分からなくなったの。ザファイレルは、確かに特別な場所だけどアラームと言う人が、あんなに堂々と言い放つ様を見ていると、生きていたいって、追い詰められて気が付いたのかもしれないわね」
まるで、生き残る事が恥だと言わんばかりの響きが、リルカナの言葉に
「アラームと言う人は、ハドをザファイレルに向かわせたいんだと思うの。きっと、ハドが〝うん〟と言うまで説得したでしょうね」
「そうなの?」
「気付かなかったの?」
ハドは動揺した様子を見せる。
「目的は知らないけど、あれだけ詳しく事情を知っている人が、ハドをザファイレルに導いている。その理由を知りたいの」
「あの人が語った伝承は、アタシ達の口伝。今ではあんなに正確に伝わっていないのよ。なのに、なのに」
正体が分からない者への不審は、領域を侵す不快さえも込められているようだった。だが、それさえも上回るのは好奇心だったらしい。
「それを言ったら、アタシはハドに驚いたわよ」
「え、何が?」
先程とは逆の立場に、ハドは飲もうとしていた
「アラーム? が、言っていたじゃない。クリラを潰してでも生き残りたいのか。って尋ねた時、ハドは迷わず生き残る方を選んだでしょう?」
「ご、御免。そんなつもりじゃなかった。でも、これだって僕の身勝手な願いだったのかもしれない」
ハドは、正面を見据えて言い放った。
「僕は、大切な人達や家族だと思っている人達に死んで欲しくない。生きているなら生きていて欲しいんだ。だから、僕は〝最悪な状況にならないための選択〟をしたんだ」
リルカナは再び、意図が把握出来ないと言った仕草をする。そんなリルカナの様子が視界に入ったハドは、気恥ずかしそうに説明を加えた。
「起きて欲しくない事を置く。その上で、最悪の事態をいくつも想定しておく。起きてしまうと困る事から逆算すれば、夢を語るよりも明確な準備項目へと導かれる。漠然とした理想や、最善策なんて考えるよりも建設的だ」
ハドは、幼い頃の目元が残る黒い瞳をリルカナに向けた。
「って、父さんが教えてくれた。父さんは、恩人から教えて
厳しくも、優しさをもって接してくれた父親を思い出したのか。ハドは懐かしそうに黒い瞳を細めた。
「家族と言うならセリスだけじゃなくて、ユタカやマサメも加えて欲しかったわね」
そんなハドを見ていたリルカナは、気にしていたであろう名を連ねた。リルカナが
「その件につきましては、我々が役割を負っています。御安心ください」
ハドとリルカナの死角から現れたのは、滑舌も良く報告向きの男性の声を
気配を奪われたリルカナだったが、即座に臨戦態勢に入った。しかし、彼女の警戒色は一転する。見開かれた大きな黒い瞳には、朝靄が晴れつつある陽光の破片を煌めかせていた。
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