59,久しぶりの江ノ電通学

 きょうはバレンタインデー。徹夜でカカオ豆からつくった鬼の手づくりチョコを学園内の関係各位に手渡し、放課後を迎えた。


 部活はいつものような過重労働ではなく、ボランティア部らしく学校周辺の裏道を清掃するだけの本来あるべき活動内容で、30分ほどで終了した。これぞ私が望む部活動だ。


 最近、私は過労により遠方まで電車を乗り越しているけれど、きょうはこれから茅ヶ崎へ戻って真幸と友恵ちゃんにチョコを手渡そうと思うので、総武そうぶ線や東北とうほく線と直通運転してとんでもないところまで行く横須賀線ではなく、鎌倉から藤沢までの乗り越してもタイムロスの少ない短距離路線、江ノ電を利用する。


 鎌倉駅で混雑している電車を1本見送り、次の電車に乗って運転台後ろの席に腰を下ろした。江ノ電といえば緑とクリーム色の古い電車がよくテレビに映るけれど、実際のところあれに乗る機会は少なく、だいたいそれ以外の車種が来る。大きな窓の運転台から湘南の海を見渡せるヨモギ色の角張った電車は、学生や観光客、買い物帰りの人々などで混雑し、まもなく鎌倉駅を発車した。


 江ノ電通学は久しぶりで、少しアトラクションに乗るような気分。目の前の運転士さんはマスコンハンドルを前後させ、小さな電車を加減速させている。


 カタン、コトン。鎌倉の地をゆっくり南下する電車でしばし寝落ちしていた。


 ふーう……。


 鼻から息を吐き、運転台越しに外を眺めると、そこは徐々に夕空へと移ろいつつある海岸。ソーダとオレンジのシロップをかけたかき氷のように鮮明な空、太陽光を反射してきらめく海に、茅ヶ崎市民としては違和感のある左手に江ノ島という構図。


 並行する国道をゆくジープは、ほんの僅かな速度差で電車を追い抜いてゆく。


 小学何年生だったかな? そういえばお父さんに連れられて鎌倉高校前駅で江ノ電を降り、近くのコンビニでインスタントカメラを買って日が暮れるまでの数時間、写真を撮ったりトンビにサンドイッチを盗られたりしたっけ。


 食料を横取りするとは卑怯なと、頭にきて石を投げたら近くを飛んでいたカラスに当たり、仲間を呼ばれ群れで襲われた……。


 お父さんはフィルム交換に夢中で私の惨事に気付かず、一人で砂をかけまくってなんとか追い払った。いまとなっても良くない思い出だ。


 藤沢駅に着くまでの30分間は、数年前とさほど変わらない景色にたそがれた、そんなひとときだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る