56,一筋縄ではいかない問題

 どうしようかな、誤魔化そうかなと思いつつ、僕は今朝のこととか余計なことは省略し、西方さんの抱える悩みだけを掻い摘まんで友恵と三郎に話した。西方さんの名は伏せている。


「あ~、それは正解のないヤツかな?」


「それはカップル二人の問題だけど、第1段階として彼女は彼と別れたうえで名古屋なごやに引っ越したいのね」


 西方さんの引っ越し先は仙台だけれど、それだと容易に個人特定されてしまうため、茅ヶ崎から仙台とほぼ同じ距離に当たる都市を挙げた。


 そういった配慮をしたからといって本人特定されないとは言い切れないけれど、友恵と三郎なら信頼に足る、しかし西方さんからすれば知られたくないことという、危険な綱渡り。


 僕は自らの発言を後悔したが、打ち明けなければ解決策は見出せそうにない。ただ西方さん自身、解決を望んでいるかは定かでない。複雑に絡んだ事情や感情を還元してゆくと、結局のところ僕のお節介でしかない。


「うん。本当は僕とその人だけの秘密だから、ご内密にお願いできればと」


「そこは大丈夫。守秘義務厳守は社会人の基本。他言したら信用を失って漫画家人生おしまい。それより、なんだか心配だね。その人、この先どうなっちゃうんだろう」


「そうね、普通は別れたくなったら別れてそれでおしまいだし、それを繰り返して色んなことを知って成長していくものだけど、それを許してくれない恋人もどき。ドロドロした恋愛モノみたいな展開が身近で起こっているなんて」


 三人して俯く。僕らにとってそれはあまりにも異次元の問題で、破局経験を積んだ大人に質問したいところ。しかし学生時代からずっと同じ人と付き合って結婚する人が多いこの街で、そういった人を見つけるのは他の街より難しい。まして身の周りにいる大人なんて数えるほど。


 僕の両親や友恵の両親も破局しかねない状況とは聞いているけれど、言い換えれば家庭を持つ責任があるとはいえ、大人でも決断し難い問題なのだ。


 結論として、これは僕らの影響の範囲に及ぶものではなく、答えを断言して解決できることではない。


 己の未熟さを痛感した、という人生経験を得た。


 いまの僕では、その一言に尽きる。


 しかし西方さんには幸せになって欲しい。幸せになって、良い小説をたくさん世に送り出して欲しい。


「お味はいかがですか?」


「あ、お久しぶりです」


 気付かなかった。いつの間にか女将さんもとい杏子ママが僕らの傍らに立っていた。持っているお盆の上には食後の食器が載っているから、空いたテーブルを片付けに回っていたのだろう。


 友恵と三郎は揃って会釈し、僕を除く三人はそれぞれ自己紹介し、漫画家やイラストレーターである旨も告げた。


「ごめんなさいね、立ち聞きするつもりはなかったのだけれど」


 高貴に微笑み詫びる、知性醸す和服美女。どうすればこんな女性になれるのだろうか。


「お話の内容からして、旦那と出逢うまで何人かと交際した私にも、ご本人たちのことをよく知らないとどうもお言葉はかけ難く、場合によっては事件に発展しかねない問題ね。それを中学生が背負うには荷が重すぎるわ。だから解決できずして当然。けれどこういった事情を知ったあなたたちは、彼女の立場になって物事を捉え、時にその彼の立場にもなってみて考え、想像し、そうすることで自身の成長に繋がる。それはきっと、今後描くイラストに深みを与えてくれるわ。譫言うわごとだけではない、本物のプロが創る作品になるの。


 それはそれとして、やはり彼女の問題を解決したいのならば、一筋縄では行きそうにないこのお話においては綺麗事で済まないことにも及ばなければならない場面もあるの。彼女の身の安全を守るためにね」

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