55,友恵と三郎と杏子が知り合った

「で、一体何があったの? 今朝からずっと心此処に在らずじゃない」


 手洗いうがいをし、気を取り直してランチタイム。僕は焼きそばパンと友恵の手づくり弁当のお裾分けをいただいている。三郎はベルギーワッフルと友恵が持ってきた焼きカボチャをつまんでいる。僕らはなんだかんだ、いつも友恵におんぶにだっこ。


 三郎の問いに、僕は答える。


「何がって、友恵にナニをキャッチされて精神的苦痛を味わってるけど」


「いいじゃん減るもんじゃないし! それに真幸はいま、私のお弁当を味わってる。これでおあいこ」


 それはどうかと思いつつ、僕は「あー、うーん」と、曖昧な返事で濁した。


 減るもんじゃないなら、僕は仕返しに友恵の胸を揉んでむしろ体積を増やしてやろうかと思ったけれど、なんとなく気が引けたので出かかった言葉を呑み込んだ。


「えー、そこは友恵のおっぱい揉んで逆に体積増やしてやるって反論しないと」


「喉から出かかったけどやめといたんだよ!」


「はいはい、二人とも痴話喧嘩はそれくらいにして。で、本当は何があったの? 私たちにも言えないようなこと?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、ここでは話しづらいというか」


 ということで、僕らは放課後、学校の目の前にある甘味処に入り、抹茶とみたらし団子をいただきながら時間を過ごすことにした。



 ◇◇◇



「あ、お兄ちゃん久しぶりー! 皆さんごゆっくりどうぞー!」


 三人同時に抹茶を啜ってホッとしたとき、看板娘の杏子あんずちゃんが暖簾をくぐって出てきた。彼女とは夏に美空と来たとき以来の再会だ。


「うん、ありがとう」


「うへへへへ、お嬢さんも美味しそうだねぇ」


「ん?」と、恐らく友恵の言うことを理解できなかった杏ちゃんはにこにこと愛想を振りまきながら、客が去った後のテーブルを清掃して回っていた。純真無垢な女の子に淫猥な眼差しを向ける変態女、南野友恵。


「それで、何があったの?」と三郎が僕に問い、話題を軌道修正。


「ちょっとアニメのシナリオを考えてて」と僕は嘘をついた。


「アニメのシナリオ? どんな?」


 友恵に問われ、束縛の激しい彼氏と別れたいのに別れられない少女が、別れられるかどうかはわからないけど結果的には幸せを掴む話という旨を伝えた。


「重っ!」


「あら、真幸ってそういう一面を持っていたの?」


「う、うん、まぁ……」


 現状は方向性なんかなくて自分がどんなアニメをつくりたいのかもわからない、一面どころかのっぺらぼうだ。


「うーんとさ、じゃあ、そのヒロインは何を望んでるの?」


「そうね、幸せを掴むと一口に言っても、彼女にとって何が幸せなのか。誰かもっといい男とくっつきたいのか、それとも仕事で成功したいのか、単純にイマカレと別れられれば幸せなのか。物語って、目的に向かって進んでゆくものだから、そこを明確にしないとね」


「うーん、そうだなぁ、まずは束縛から解かれて広い世界を知って……」


 最終的には小説家としての高みを目指すのだろうか。西方さんが目指すところは聞きそびれたけれど、ズハリそれを話してしまったら、僕が西方さんのために嘘をついていると勘づかれるリスクがある。なぜなら二人は西方さんが小説家であると知っているかもしれないからだ。ここはどう交わすべきか……。


「最終的にはすごい漫画家になる……?」


「それ私じゃん! 私に脚色してるじゃん! それなら話はカンタン。いまネーム切るからちょっと待って!」


 ネームとは下書きのことで、こういうストーリーにしようと思っているという設計図をラフな画とコマ割りでざっと描くものだ。


 友恵は興奮気味にバッグから自由帳とペンケースを取り出し、電光石火のごとくシャープペンシルを走らせてゆく。


「できた! 見て見て!」


 数分後、できたてホヤホヤのネームを差し出した友恵。僕はそれを受け取り目を通す。


 判別しやすいようにか、キャラクターは棒人間ながらも男はモヒカン、女はツインテールで描かれている。


「どうどう? ネームじゃ臨場感湧かない? しょうがないなぁ、今回は特別に私が音読してあげよう!」


「いや、いいです」


「私、もう太郎たろうくんとは付き合えない!」


 断る僕を無視し、友恵は熱演を始めた。


「どっ、どうしてだ花子はなこ! 僕はこんなにも君を愛しているのに!」


 それがなかなかサマになっていて、太郎の声は王子様のような気品を漂わせている。とても卑猥なことで頭いっぱいの友恵とは思えない。


「私、もう太郎くんのオ○ンチ○に飽きちゃったの! 私はもっと色んなオ〇ンチ〇を知りたい! もっと、もっともっと! こんなのハジメテっていうくらいメガビッグなのが欲しいのおおお!!」


 一方で花子からは演技っぽさが感じられず、友恵そのものだ。


「やめろここは学校じゃないんだぞ!!」


 我慢ならなくなった僕は暴走機関車に非常ブレーキをかけた。


 明らかな迷惑行為で、今後この茶店に出入り禁止となってもおかしくない。


「えー、もうラストなのになんか不完全燃焼」


「続きは学校の屋上ででもやってください」


 ちなみにこの続きは『そうか、なら仕方ない。僕は世界中を渡り歩いて最高のマ〇ピーを探すとするよ』という三流もいいところのオチで完結するのだけれど、現実にそんな別れ話をしたら花子はボコボコに殴られるか血祭りだろう。それか、太郎くんはこんなアバズレ女を好きになってしまった自分に嫌気が差してお遍路さんになるか。


「それで、いまどうなのさ、その子は」


 たったいま、ホントたったいままで妄想劇を熱演していた友恵がパッと素面しらふに戻り、瞬時僕に目を遣り抹茶を啜った。事実を話して欲しいけれど無理にとは言わないよという意図を孕んだ動作だ。


「お見通しか」


「当たり前よ、3年間もあなたを見てきたのよ?」と三郎。


「うんうん、真幸に話しかけても気付かないときは悩んでるとき。人想いなヤツだって、うちらはちゃんと知ってる」


「そ、そうかな」


 褒められると照れ臭くて言葉に詰まる。


「そうだよ! 第三者のことだから慎重なのはわかるけど、三人寄れば文殊の知恵っていうし、良かったら話してみて!」

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