50,友恵のさわやかな朝
「あー、終わったー」
2月中旬、深夜1時。漫画の原稿を進めつつ、チョコもつくらなきゃな季節。私、南野友恵はバレンタイン用のチョコをつくり終え、パジャマ姿で調理台前の床に座り込んで両手を床につき、薄暗い蛍光灯が照らす白い天井を仰いだ。
チョコをつくるって言っても市販の板チョコを溶かしてテンパリングして型に流し込んで固めただけだけど。
ショコラティエでもないのに毎回カカオからつくる人、滅多にいないよね。
それから5時間寝て、大あくびをして目をこすって両手を伸ばし起き上がり、顔を洗って口をゆすいだら、ハム、サニーレタス、目玉焼き(今朝は塩コショウをかけた)、スライスチーズにシラスをトッピングしたトーストを作って食べる。八百屋を営む両親はこの時間、
外では真幸をラブボに誘って、断られたら発狂してクラスの男子全員に呼びかけるような私だけど、家では割と静かで、その日一番に会話する相手は家族以外の人が多い。
冬の長い夜を越えて、茅ヶ崎の街が少しずつ目覚めてゆく___。
7時半、身支度を整えひとり家を出た。クラス全員分のチョコも忘れていない。ペットショップもお茶屋さんも洋食屋さんも床屋さんも、まだシャッターが閉まっている。低い朝陽は狭い商店街にはあまり届かず、東西に伸びる狭い道には黒い影が目立ち、路面はところどころ凍っている。
紫のジャージに赤いマフラーを巻き、ふわあっと広がる白い息で両手を温める。交差点を横切り左の駅方面へ向かう美空ちゃんと同じ学校の子は緑のブレザーにタイツを穿いて、暖かそう。
湘南の中学校では公立校はジャージ登校、私立校はブレザーまたはセーラー服が一般的。学生、サラリーマン、なんなのかわからないスカジャンのアンチャン。行き交う人々のほとんどは対向して駅へ向かい、すぐそばの小学校へ早めに登校する子も何人かいる。
私は信号機のない横断歩道を渡り、クリーニング店とスーパーマーケットに挟まれた南東方向に伸びる裏道を歩く。ここはかつて
裏道を抜けるとサザン通りに負けず劣らず狭い高砂通りに突き当たり、正面に図書館、その南隣に高砂緑地がある。松を中心にモミジや梅などの木々が生い茂る別荘跡地の敷地内には、美術館、平塚らいてうの碑、庭園には茶室や小さな池がある。小川を伝ったその奥ではわずかに水が湧き出ていて、晴れの日が続いても池は干からびない。この一帯は年中木陰になっていて、市街地にいながら森林浴ができる。
「おはよう友恵ちゃん」
「おはよートメさん! きょうも元気?」
「あぁ、元気だよ。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとー! トメさんも気をつけて!」
裏道から右折して高砂通りを南へ向かって歩き出したとき、80代のおばあちゃん、トメさんと会った。真幸や美空ちゃんが住む東海岸地区からほぼ毎朝高砂緑地まで散歩しているアクティブシニア。ここからトメさんの住所までは私の足でも20分かかるけど、歩いても苦でなないそうだ。
さてさて、登校時間まではまだ余裕があるから、遠回りになるけど海岸を散歩しながら登校しよう。
高砂通りをそのまま直進、サザンのライブ会場になった茅ヶ崎公園野球場のスタジアムを横目に、横須賀を起点に鎌倉や片瀬江ノ島を経由して大磯までを結ぶ海岸線、国道134号線を跨ぐ歩道橋を渡る。
道路上に当たる頂点では、左に江ノ島、三浦半島、空気が澄んでいれば房総半島、右に
あぁ、きょうも地球はまるい!
ここはきっと、茅ヶ崎でいちばん明るい場所。砂防林の木々より高く、日の出から日没までずっとお日さまに照らされっぱなし!
歩道橋を渡り切ったら海沿いのサイクリングロードを東へ。朝からサイクリングやランニング、散歩をしている人が多く、仕事や登校前にサーフィンをする人もけっこういる。
アスファルトのサイクリングロードに沿う
うううん! なんだか生きてるって感じがするなぁ! カモメも元気に飛び回ってる!
いつも教室とか塾とか、家では部屋に
幼馴染みの三郎はイラストの仕事で関東以外にもあっちこっち行ってるけど、私はたまに都内の出版社に行くくらいで、基本的には担当編集さんが原稿を受け取りに来てくれるから、特に修羅場期間は引き籠りがち。一歩も外出しないで描いた原稿って、なんだかパッとしないんだわ。なんだろう、あの、ぱあああっ! って感じがしない。
だからこうやってリフレッシュしに来るんだ。
よし! なんだか体調がいい感じになってきた!
きょうも真幸をラブホに誘おう!
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