2007年2月

49,手づくりチョコ(豆から)

 ダダダダダダダダッ!! ウィーン!! バンバンバン!! ガリガリガリガリッ!!


 2月中旬の土曜日、22時の星川家。この季節、我が家では毎年機械による騒音が響き渡る。


 私、星川美空はまもなく訪れるバレンタインデーに向けて、チョコをつくっている。


 市販のチョコを溶かしてテンパリングして固めたものではない。カカオ豆を割るところから始める、正真正銘の手づくりチョコだ。


 2年前、好奇心でつくったチョコがお父さんや学校の友だちに好評で、来年も楽しみにしていると言われ後に引けなくなり、昨年、今年も続けざるを得なくなった。


 しかもこれ、数時間で完成する代物ではなく、一日がかりの鬼の作業だ。だから今夜は徹夜し、明日の昼か夕方に完成予定。


 あぁ、絵や物語、楽曲が描けて歌唱やダンスもできてチョコまでつくれる。もはや私は才能の塊だ。いずれ神をも超越する存在に成りにけるかも。


 無事高校への進学が決まり、最近は休日にひとりで海辺を散歩したり、平日はボランティア部の面々で鎌倉めぐり。その他、部活が休みの日は横浜の山下公園や横須賀のヴェルニー公園といったおしゃれな港でスケッチをしている。おかげで独特なフォルムのビルや船、砲弾などを正確に描けるようになり、技術力が上がってきた。


 絵や物語をつくるにあたって必要なものは人物や動物に限らない。私の行動パターンを例にすると、家には家財道具、外に出ると行き交う様々な種類の自動車、建物、駅、電車、鎌倉の街並み。目にするすべてが創作の材料になる。


 私は絵本作家を目指しているからファンタジックな物語が多くなるかもしれないけれど、仮に現実世界を舞台にリアルな絵や物語を描く機会があるとすれば、こういった小道具は正確に描きたい。


 だから私は日常にある様々なものを注意深く観察し、一握りの観客しか気にしないようなものでも、彼らを納得させられるように、加えて絵でありながら、物語でありながら、一目見ただけでその場所を感じてもらえるような作品をつくりたい。


 ただし現実世界が舞台であってもファンタジックにぼかして描いたり、実際よりシャープで未来的に描く場合もあるだろうから、それは物語によりけり。


 この点については真幸や友恵ちゃんも同じスタンスらしい。


 けれどなにより大切なのは、観客の心に響き、欲を言えば心に残る作品を送り出すということ。


 昨秋の文化祭では、私たちの音楽やダンスを多くの観客が評価してくれたと思う。


 しかしそれは純粋に作品を評価してくれたのだろうか? ‘中学生としては’優秀という但し書きはなかろうか?


 真幸や素直ちゃん、あと珍しく菖蒲沢麗華は私たちの発表会を褒めてくれた。


 では、それをプロの興行と並べたらどうだろうかという話である。


 音楽、絵、物語、ダンス、チョコレートづくり……。なんでも構わない。私にはなにかの分野でプロレベルだと胸を張って言えるものはあるだろうか?


 技術力だけではない。人間としてもだ。


 私は周囲にどれだけ気を配れて、ひとりのときも高潔であるだろうか? 無論、道にゴミを捨てたり歩きながら携帯電話を操作するなど明白な悪事は働いていないけれど。


 一方、菖蒲沢麗華や素直ちゃん、部活のメンバー、真幸に対してはライバルや仲間として、相手を試す意味合いでわざとかんさわる態度をとる場合もある。


 素直ちゃんに対しては甘え、他については今後もしプロとして仕事仲間を募るときが来たときのために、取引先や利害関係者の誰かにそういった態度をとられて癇癪かんしゃくを起こし、プロジェクトから逃げ出す人間であっては困るからだ。認めたくないけれど菖蒲沢麗華は奏者として優秀。故に将来なにかを依頼する可能性がある。


 生きていれば何度かは窮地に追いやられ、つらいことや、対立もある。そういう事態に陥ったとき、我が校のダンス部のように投げ出されては困る。


 我ながら高慢なことをしていると思う。しかしダンス部のような者とのトラブルを未然に防ぐには、いまのうちから人間を見極める能力を養っておきたい。


「ふぅ……」


 さて、色々と考えごとをしたけれど、チョコの完成まではまだまだ先が長い。


 午前3時。まだまだ頑張ってつくらなきゃ。

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